この人生はフィクションです。

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一章

一話 ケロイド

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それは
毎日数通程度のやりとりを通して、
なんとなくではあるがフィクちゃんの生活リズムが分かってきた、そんな頃だった。


『フィクちゃんって彼氏とか居るの?』


下心があっての質問ではなかった。
もし恋人がいるのなら、
メッセージのやりとりを快く思われない可能性があるし、
それがきっかけで二人が喧嘩にでもなったら大変だ。

人の助けになりたいと思っていたはずが、
不幸に導いてしまっては本末転倒である。
それに恋人がいるのであれば、
そもそも僕の行動は余計なお世話かもしれない。


メッセージを送ってから暫くの間があった。
いつもの返信時間や間隔を考えると、
少し長いような気もした。
もしかすると、
下心があるという風に捉えられて警戒させてしまったのかもしれない。

彼氏の有無を尋ねるというのは、
恋愛関係に発展させる上で必要なステップであるはずだ。
そのステップを僕は何食わぬ顔で踏んだ。ということになるのか?

まさか、
知り合って間もないのに、こいつ恋愛モードに切り替えようとしている!口説こうとしてる!などと思われたのだろうか。
くそ、それではただのナンパな男ではないか。

今からでも、
恋人がいるのなら僕の存在が迷惑になってはいないかと、心配になり配慮をしたつもりであったと伝えるべきだろうか?
それとも追撃のメッセージは返信を急かしているようで、かえって逆効果なのだろうか?
しつこい男が嫌われるというのはよく聞く話だ。


脳を回転させるという表現があるが実際には脳が回転することはない。
代わりに僕は落ち着きなくその場をくるくると、
円を描くように歩き回りながらそんなことを考えていた。


スマホの画面を開く。
返信は当たり前だがきていない。午前2時4分。
閉じる。
スマホを開く。午前2時4分。
また閉じる。

これはちょっと失敗したのかもしれない。
くるくると歩き回っていたせいなのか、
もしくは精神的動揺のせいか、
僕の脇から汗が横腹を伝い、すーっと落ちていった。


顔も名前も知らない相手なのに、
どうして嫌われてしまったかもしれないなどと、
心配をしてしまうのだろう。

フィクちゃんのことで最近ようやく知ったことといえば、
実家暮らしで犬を飼っているということくらいだ。
チェリーという名前らしい。
フィクちゃんの本名すら知らないのに、飼っている犬の名前だけは知っているというのはなんとも珍妙な気がする。

この人には嫌われたくないなと思う相手と、
嫌われても構わないと思える相手と、
僕はいったい何を基準に判断しているのだろう。

関係性?立場?距離?親密度?
過ごした時間?一緒に経験したこと?

そのどれをとっても、
フィクちゃんと深い仲だとは思えない。
なにせ知り合って間もない間柄なのだ。

単純に、人から嫌われるということを僕が盲目的に恐れているだけなのか?

僕は相変わらず部屋の中をくるくると歩き回り続けた。
最近掃除をサボっているせいだろう、
足の裏にホコリが付いたがあまり気にならなかった。


そうこうしているとスマホが振動した。


少し神経質な僕は、
急に音が鳴るということがあまり好きではなく、
基本的には常にマナーモードにしている。


画面に目を向けると、
フィクちゃんからの返信がきていた。
少し安堵しかけた、が。
返信の内容を確認しないことには、
まだ、安心していいのかどうか分らない。

すぐに内容を確認したい衝動に駆られたが、
少しだけ時間を置くことにした。

既読機能は便利な反面、
メッセージに目を通すタイミングだけで、
こちらの隠したい心情を赤裸々に相手に伝えてしまうことがあるからだ。

今回でいえば返信をずっと待っていたことがバレてしまうような、そんな気がしたのだ。
スマホに齧り付くように待っていたと思われるのは流石に少し気恥ずかしい。
たった数分時間を置くだけでは、
大きく印象が変わるわけではないのかもしれないが、
少なくとも即既読は避けられる。

というより、
先ほどからごちゃごちゃと考え事をしているが、
肝心のフィクちゃんからの返信内容については、
全く頭から抜け落ちていることに今更気付いた。

彼氏がいると言われた場合に僕はどうするんだ?
それこそが一番重要な部分ではなかったのか?

彼氏が居るのであれば、
僕の出る幕ではないと身を引くべきなのだろうが、
急に連絡を途絶えさせるのもおかしいし、なにか一言添える必要があるだろう。
どう伝えるのが適切なんだろうか。

少し考えたが、
後のことはとりあえず内容を確認してから検討すればいい。



僕はようやくメッセージに目を通した。





瞬間。僕は唖然とした。






『去年、殺されたの』





殺された、、?
誰に?なぜ?
それも去年、、?

予想の斜め上をいく回答に僕はその場で凍りついた。
いや、予想の斜め上どころの話ではない。
もはやほぼ直角に近い。


高速回転していたはずの脳は
急激にその回転数を落としていた。

これはまずい。
なんとかそれだけは理解できた。

先ほどまでは、
ちょっと失敗したかもしれないなどと思っていたが、
どう考えてもこれはちょっとのレベルを超えている。

抜き足差し足忍び足というわけではないが、
十分に注意を払ってフィクちゃんに歩み寄っていたつもりでいた。

だがしかし、
気付けば僕の足はあっさりと地雷を踏み抜いていた。
なんとも間抜けな忍者が居たものだ。
いや、忍者というよりは泥棒のほうが近いのか。

とにかくそんなことはどうでもいい。
なにか言葉を返さなければ。

そう思うのだが、
その言葉が全くといっていいほど頭に浮かんでこない。
予想外の出来事に対して臨機応変な対応ができる人を少し妬ましく思った。


『お悔やみ申し上げます。知らなかったとはいえ、きっと触れられたくない部分だったよね。ごめん』


結局僕の頭からは月並みな言葉しか生まれなかった。


『大丈夫だよ。気にしないで。いきなり重い話になってしまって、こちらこそごめんね。嘘をつくのも嫌だったから。ありがとうね。』


フィクちゃんのことを気遣っていたつもりでいたが、
逆に僕のほうが気遣ってもらっているのかもしれない。

去年彼を亡くしたばかりで、
きっと自分のことだけでもいっぱいいっぱいであるはずなのに。

それでも、
ほぼ他人に近いはずの僕に対してこんなに優しい言葉をかけてくれるなんて。
本当に頭が下がる思いだ。

僕がフィクちゃんの投稿を初めて見た時にスクロールする手を止めたのは、
彼女の並べた言葉の一つ一つに、
こういった素晴らしい人間性が垣間見えていたからなのかもしれない。


少しでも彼女の心を軽く出来る言葉はあるのだろうか。
もし、仮にそういう言葉があったとして、
今の僕はその言葉を持ち合わせているのか。

そんなことを考えていると、フィクちゃんから続けてメッセージが届いた。



『満たされることのない欲の終わりはいつだって儚いね』



どういった意味合いを持つ言葉なのか、
僕はフィクちゃんの真意をはかりかねた。

もちろん彼女も、その真意を僕が汲み取ることを期待しているわけではないのだろう。
もしかすると、これが彼女なりの弱音なのかもしれない。

尋ねればその答えを教えてくれるのかもしれないが、さすがに大きな失敗をした直後にチャレンジをする勇気は僕にはなかった。



彼女の言葉が本当に意味するところを
僕が理解出来る日はきっとこない。
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