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Ⅱ‐63 残された獣人たち

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■火の国の南海岸

 昼食後も少女たちは飽きずに海へ潜り始めた。大人たちは既にいびきをかいて気持ちよさそうに寝始めている。
 食べる貝はたくさんあるから、獲るなら違うものにするようにサリナに言いつけて、俺は貝料理のメニューをネットで検索しておくことにした。ミーシャには美味しそうな魚の種類を画像で説明して、強そうな魚ではなく地味目な魚を獲るようにお願いしてみた。

「そうか、こういうのが美味しいのだな。うん、わかった。強そうではないが、まあ美味いなら良いだろう」

 やはり強い獲物に興味があるのだろうが、漁は格闘でもないのだから味優先でお願いしたいものだ。

 調べるとアワビは煮る、焼く等の料理もできるようだが・・・、俺が料理して上手くできるものなのか?出来上がりのものをストレージからだせば間違いないが・・・、いや、やっぱりミーシャやサリナと一緒に作ることにしよう。その方が楽しいはずだ。必要な情報をプリントアウトして、調味料や鍋などの用意を始めると、砂浜をこちらに歩いてくる人たちに気が付いた。

 ―獣人だな・・・、多いな・・・。

 遠くには20~30人ぐらいの獣人がこちらに向かってくるのが見えた。ひょっとして漁業権とかがあって、勝手に漁をしたことを咎めにくるのだろうか?だが、槍や剣を持っているようでもないし、見た感じは動きもゆっくりで年寄りが多いように感じた。近づいてくるとやはり年寄りばかりなのが見て取れる。

「お前たちはこんな遠くに何をしに来たのだ?」

 声が届く距離になったところで、向こうが足を止めて声をかけてきた。話してきたのは真ん中にいる虎系の獣人だが、少し警戒している感じが伝わってくる。

「ああ、俺達は海に遊びに来たんです。他に目的は無いですよ」
「遊びに?・・・、だが、ここまで来るには何日も森を抜けねばならなかったであろうが?」
「えーっと、もう少し早く来る馬車があるんですよ」
「早く来る馬車?そこにある大きな箱のようなものか?」

 獣人たちはキャンピングカーを一斉に見ている。突然、こんな大きな箱が現れたのだ警戒して当然だろう。

「これじゃないけど。まあ、もう少し小さいのが他にあるんだ。ところで、ここは皆さんの浜ってことかな?勝手に入ったから怒っているとか?」
「いや、ここは・・・別に構わんよ。わしらも海の恵みはもらっておるが、わしらだけが海を使うというものではないからな」
「そうですか、それなら良かった。このあたりは魚も貝もたくさん獲れるんですね?」
「ああ、魚はいくらでも獲れる。食べ物に困ることは無いのだがな・・・」

 ―食べ物に困ることは無い・・・、って他に困りごとが・・・、聞くと面倒が・・・。

「何か他に困りごとがあるんですか?」

 ―聞いちゃった。

「うむ、わしらの村はこの通りドリーミアのはずれにある。はずれにあるから火の国の奴らもわしら獣人をわざわざ狩りには来ないが、その代わり誰もここには来ん。若い者はみな水の国へ行ってしまい、食料以外の物資が不足しておるのだよ」
「物資って具体的には何が欲しいんですか?」
「うむ、鉄製品がなぁ・・・。鍋とかナイフとか・・・、大工道具のたぐいだな」

 ―鍋ねぇ・・・、渡すのはたやすいが、果たして渡すべきなのだろうか? そういえば・・・。

「そうなんですね。ところで、この獣人の村は勇者が霧の中から解放したと聞きました。それからは勇者の一族がここによく来ていたと・・・、その中にマリアンヌさんって人がいたと思いますけど、知ってますか?」
「もちろん知っています! マリアンヌ様はお父様と一緒に何度もここへ来てくれました。それに、うちにいた孤児を引き取って行かれました。ですが、その後はこの村に訪れることもなく・・・」
「その二人はあそこでいびきかいて寝ていますよ」
「えっ!?」

 俺がテント下で寝そべっている大人たちを指さすと、獣人たちは驚きの目でママさんの寝姿を見て、ささやき始めた。

 ―あんな方だったか? 
 ―10数年は経っているからな・・・。
 ―顔に何か載っておるぞ。それに服も殆ど着ていない・・・。

「今はお酒飲んで酔っ払ってますからね。鍋はママ・・・、マリアンヌさんが起きたらどうしたいか聞いておきますよ」
「いえ、その、実は鍋を分けて欲しいということでは無いのです」

 てっきり物資が欲しくて様子を見に来たと思ったが、それは違うらしい。だったら、何が目的なのか?単に珍しかったのか?それにママさんの名前を聞いて相手の口調がいきなり丁寧になっている。

「わしらはこの村から出て水の国に行こうと考えておるのです。ですが、火の国は獣人を人と認めませんからな、途中で見つかると奴隷にされるか殺されるかのいずれかです。ですので、武器を持ってから水の国へ向かおうと思ったのです。鉄製品があれば武器に加工することもできますので・・・」

 そうか、年寄りもこの獣人の村を出ていくのか。過疎って奴だろうけど、日本なら死ぬまで動かない老人たちが多いのに、よく動く気になったな。

「どうして、ここを捨てて水の国へ行こうと思ったのですか?」
「それは・・・、ここに居れば食べるものには困りませんが、息子や娘たちは既にバーンへ移って行きました。いつまでもここでわれら老人だけで暮らすのも・・・」
「なるほど・・・。いま、村には何人ぐらい住んでいるんですか?」
「ここにいるわしらだけです」

 既に30名弱しかいないのか・・・、それは寂しい話だな。

「あーら、皆さん久しぶりですね」
「おおっ! 本当にマリアンヌ様じゃ!」

 振り向くとビーチチェアで寝そべっていたママさんがサングラスを取って、起き上がっていた。

「しばらく来ることが出来ませんでしたが、ジル長老、それに皆さん、お元気でしたか?」
「ええ、ええ、おかげ様で元気にしております。時に、あそこで寝ているのが・・・」
「ええ、ハンスです。大きくなったでしょ」
「そうですな、立派な体になりましたが・・・、腕はどうしたのでしょうか?」
「勇者のために道具を探しに行ったのですが・・・可哀そうなことをしました」
「そうですか。ですが、勇者のお役に立てるならハンスにとっても大事なことだったはずです」

 周りでの会話など気にせずにハンスは凄まじいいびきで寝たままだった。

「それで、みなさんはサトルさんと何の話を?」
「ええ、実は・・・」

 話しを聞いたママさんは少し悲しそうな表情を浮かべて頷いた。

「そうですか・・・、若い方はここを出て行ってしまったのですね。じゃあ、塩はもう作ってないのですか?」
「ええ、若い者がおらんと塩づくりは難しいです。もともと、ここまで塩を買い付けにきてくれた人たちがいなくなりましたので、若い者が出て行ってしまったのです。やはり、火の国を抜けてわれらの元にくるのは難しいのでしょう」
「・・・ですけど、これからは変わると思いますよ。火の国の王は追放されましたからね」
「えっ!?それは一体・・・」

 ママさんからの話を聞いて、獣人たちは驚きのあまり声を失った。

「それで、王を追放すると決めたのがそこのサトルさん―今度の勇者です」
「おおっ! あなた様が今度の勇者様ですか!」
「いえ・・・、いや、・・・どうだろ?」

 何だか否定するのも無駄な気がしてきたので、中途半端な抵抗になってしまった。

「ならば、やはりこのドリーミアのために力を貸していただけるのでしょうか?」
「え、ええ。そのつもりです。できることはご協力しますよ」

 やる気がないわけではないのだが、正面切って俺は勇者だというのは抵抗があるし、そもそも俺に何ができるんだろうか?
 やはり、ママさんはこの獣人たちに会わせるためにここへ俺を連れてきたのだろうか?
 なんだか、完全に勇者への道を歩まされている気がするなぁ・・・。
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