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48. ピンク教

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 七夕、わたしの誕生日にピンクさんが指輪を強奪しようとした日からしばらくたち、夏らしい暑い日が続いている。
 あれから、ピンクさんは私を見ると睨んできたけど、10日ほど経つと何食わぬ顔をして側に寄ってきた。

「リーナ、あの指輪してないの?」
「あの指輪はノヴァーラさんに聞きましたらかなり高価な物との事でしたから下さった方にお返ししました」
「うそー! 返しちゃったの! だったらあたしにくれたらいいのに。リーナ、バカじゃない! もう、あの指輪を付けてもう一回、桜のとこ、行こうと思っていたのに。誰? あの指輪、くれたのは。 あたしに渡すように言ってくれない?」
「ピ、フレグランス様との面識がないのにそのような事言えません」
「じゃぁ、どうしてあの指輪、貰ったのよ」
「私の誕生日だったので試作品をくださったのです」

「そういえば、誕生日だった。じゃぁ、あたしの誕生日にあの指輪頂戴!」
「ラクアート様から買って貰えばいいじゃないですか」
「わかってない。あの、指輪がほしいの! あれ、どう見ても攻略アイテムなんだもん。好意がカンストした時に貰う奴」
「はい?」
「もう、リーナに言ってもわからないよ。全く、もう役に立たない。だ、か、ら、誰からもらったのか聞いているでしょ!」
「……ノヴァーラ様ですけど」

「ウソ?! 信じられない。あの女! だって、女が女に指輪なんて渡すわけが」
「ですから、試作品ですって」
「アイツ、指輪作るのか……、という事はあの花のデザインは桜じゃない?」
「あの指輪の花でしたら、モチーフはウメンだとお聞きしました」
「ウメン? 何それ?」
「ピンク色の可愛い花を咲かせる樹木です。ウメンの実はお酢とかお砂糖に漬けてよく食べられていますけど」
「うぅーん。もう紛らわしい事しないで! じゃぁ、あれは桜ではなくて梅なのね」
「ウメンです」
「もう、どっちでもいいわ。とにかく梅ならいらない。そういえば、桜と桃と梅は似ているんだった……ああ、もう!」

 ピンクさんはプンプン怒りながら行ってしまった。怖い。
 何というか、むき出しの欲望をぶつけられたような。どうして、赤の他人に対してあんな失礼な言動が出来るのか理解できない。

 本当は桜だけど、聞かれたらウメンと言おうと前持って決めていたのでスラスラと嘘が言えて良かった。あれが本当は桜をモチーフにしたアルファント殿下からの贈り物なんてバレたら何されるかわからない。ピンクさんって常識の外にいるみたいな気がする。

「臭かった……」

 お兄様が力なく呟いた。

「俺、またしても何もできなかった。あいつ見るとムカつくんだけど、最近は近くに来るだけで臭くてたまんない」
「お兄様、硬直していたものね」
「うん。ごめん」
「でも、変な事言っていたわ。攻略アイテムって」
「ああ、桜のモチーフで出来たアクセが好意カンストって奴。確かに俺とか殿下とかのリーナに対する好意はカンストしていると思うけど」
「な、何言っているの! お、おにいさま。あれ、あれは単に神殿に桜が咲いていたから、で」
「そうだけど、何か、桜をモチーフにリーナに贈り物したいってすごく思ったのは間違いないよ。ゲームが関係しているかどうかはわからないけど」
「ラクアート様はピンクさんに桜をモチーフにしたアクセサリーを贈ってないわ」
「ラクちゃん、桜の存在を知らないんじゃないか」
「それもそうね」

 実は桜の指輪は鎖に通して服の下にある。ピンクさんに見られると良くないけど、とても可愛くて気に入っているので時々誰も居ない所でこっそり眺めている。お兄様から貰った髪飾りも寝る前につけて眺めている、けど人前で付けられないのはちょっと残念。

「アーク、リーナ、実は変な話を聞いたんだ」

 アルファント殿下が学生会の執務室で声を潜めて話しかけてきた。
 新学期が始まって新たに3年生になったアルファント殿下は相変わらず学生会の会長で侯爵家のガーヤ・ジートリス様が副会長、魔法庁長官の三男リンドン・マジーク様が書記、騎士団長の三男、トーリスト・ガーター様が護衛を兼ねた庶務、会長補佐がなんと私、になった。

 後の会計と庶務一人は上級生が変わらず勤めてくれることになり、お兄様はガーター様の補佐を兼ねる事になった。
 ランディ様は役には付かず、殿下個人の侍従であるというお立場だけど、本人曰く殿下から良いように使われているような気がするとの事。

「最近、ピンク教が流行っているらしい」
「えっ、何ですか、それ?」
「ピンクの事を崇め奉るカルト教団だ」
「はぁ、カルト……ですか」
「殿下、まだカルトまでは言ってないですよ。行き過ぎたファンとか狂信者が何人かいる程度で」
「それはもうすでにカルトだ」

「ピンク頭が宗教を始めたんですか?」
「1年生を中心にして、後は3年生の下級貴族の一部だな。宗教みたいなものだ」
「ピンクさん、前からそんなに、その、モテていましたか?」
「いや、どちらかというと敬遠されていた。ラクアートと常に一緒に居たから他の連中との接点がなかったようだ。ただ、今はいないがガーヤとリンドンはピンクに好意的だ。他の面では普通だし、仕事も真面目にしているから何とも言いようがない」

「一部ではピンク教と言われているようですし、着々と信者を増やしているようです」
「集会も開いているらしい。信者は男ばかりだが」
「ラク、ラクアート様も一緒ですか」
「最近、ラクアートと一緒に居ないこともあるらしい」
「そういえば「3年生は恋の季節」って前に言っていました。「本番前に練習しとかないと、手練、手管」とも」
「なんだよ。本番ってゲームのことか」

 殿下とお兄様はとてもイヤな顔をした。二人は攻略対象だからゲームが始まったらピンクさんが突撃して、まさか、撃ち抜かれるなんてこと……。

「リーナ、嫌な事考えるな! 俺は嫌だ、あんなのありえない!」
「そうですよ。ゲームと現実は違います」
「俺もピンクを見るとゾッとする。けれど、ピンクが臭くなってからピンク教という話が出始めたことを考えると」
「そうですよ。あの臭い臭いが平気な人間が何人もいるっていうのが」
「まさか、あの臭いに惹かれているのか?」

「殿下、多分ですけど殿下とアーク様、リーナ様が特別、あのピンクの髪とか香水に過敏に反応していると思います。それは『聖女の加護』が関係しているのではありませんか。確かに香水をつけすぎて臭いとは思いますけど、殿下たちほど物凄く臭いとかイヤな臭いとまでは思えないのです」

 ランディ様の言葉に殿下とお兄様は渋い顔をした。
 そうだった。
 私とお兄様、アルファント殿下は三位一体の聖女の加護を持っているのだった。

 でも加護のおかげで臭い思いをするというのは、どうなんだろう。
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