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第8章
第376話 テスト前日③(ちょい※)
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あっという間に壁に追い詰められ、両手を頭上にまとめられてしまった。膝を隠していたバスタオルは取り上げられ、脱衣所の床に投げ捨てられている。
「なぜ明日なんだ。今すぐ教えろ。どこでどうやってこんな怪我をした? 隠すってことはただの怪我じゃないんだろう?」
(やばい。とっさに隠してしまったことが仇となっている)
「これは…大事なテストが終わってからクライスに相談しようと思ってて……」
「ああ、なら明日と言わず今聞きたい」
「でも……。明日絶対絶対言うから。お願い、今日は聞かないで」
「…………」
長い沈黙の後、はあ。と大きなため息が聞こえた。
この一週間、クライスに相談しようか何度も考えた。
青フードが関わっているとしたらすぐに言うべきだ。奴らは魔獣だってドラゴンだって使うのだから、僕だけじゃなくて周りに被害が及ぶかもしれない。
とはいえ実際は僕への小さな嫌がらせが続いているだけ。あんなに小さな文字を書く相手なのだから、小心者に違いない。なら自分でなんとかできるかもしれない。ただでさえ悩み事を抱えている今のクライスにはできれば言いたくない。大切なテストの前に心配をかけたくない。
だけどクライスは隠し事が嫌いだと知っている。
一体どうしたら……。
さんざん悩んだ結果、テストが終わったら相談しようという結論に達した。だから明日いうはずだったのに、怪我のせいで台無しになるなんて。
怒らせてしまったかもしれない。さっきのため息には明らかに失望の色が混ざっていた。
『お前には失望した』
お父様にかつて言われたことばが頭の中に蘇る。もうずっと昔の話なのに。お腹がちくちくする。
(ああ、早く言わなきゃ。黙っててごめんって謝って、学園でみんなに無視されて嘲笑されて嫌がらせされてるってちゃんと伝えなきゃ)
でも、
好きな人に惨めな自分を知られたくない。
至近距離にある彼の瞳から逃げるように顔を背けてしまった。
クライスは無言で僕を抱き上げて運び、大浴場のマッサージ台に寝かせると、寒くないように体に大きなバスタオルをかけてくれた。目の上にも柔らかいタオルをかけられ、僕は瞼を閉じる。
「ん……」
ぴちゃりと膝に温かい感触。
舐めて治すというのはいつもなら恥ずかしいからやめてほしいと思うところなのだけど、今日はそう思わなかった。そこから伝わってくる温かさが、今の僕の拠り所だった。
「っふぅ…っ……」
治療される間、僕はずっと声を殺して泣いていた。泣いているとバレたかどうかはわからない。クライスはそんな僕に何も言わず、黙って治療を続けてくれた。
部屋に戻ると彼のアドバイス通り、一時間だけ暗記科目を復習してベッドに入る。
「ごめんね、クライス」
「……謝るのはよせ。いいから。もう今日は何も聞かないからよく眠れ」
結局辛そうな顔をさせてしまった。どっちにしても心配をかけてしまうなんて、僕はなんて馬鹿なんだろう。
(明日はちゃんと話をしよう。どんなにしんどくても)
自分のことを話すのはすごいエネルギーがいる。そして、今のことを話すのは、小さい頃公爵家の使用人にされたことを話した時以上に辛いし怖かった。
いじめる方が悪いってわかってる。平気で人を傷つける人間が悪いのだから、堂々と助けを求めればいいって。
だけど心のどこかで。
公爵家だけじゃなくて、学園でもこんな目に遭うというのは自分に原因があるんじゃないか。
僕のせいなんじゃ? という思いが消えない。
テストでいい点を取れば、認められるかもしれない。そしたら、『役立たず』『落ちこぼれ』『消えろ』とはもう書かれないかもしれない。自分がもっとマシな人間になれば、いじめられなくなるんじゃ?
強く賢く非の打ち所がない人に、例えばユジンみたいになれば……。
消しゴムで消したはずのたくさんの文字が、廊下で言われた数々の悪口が、ちくちくと体を突き刺す。
(痛いっ……)
クライスの胸に顔を埋めた。慣れ親しんだその香りを吸い込むと、嫌なことを全部忘れられる。黙って抱きしめてくれる彼の優しさが、痛みを癒してくれる。そんな気がした。
「なぜ明日なんだ。今すぐ教えろ。どこでどうやってこんな怪我をした? 隠すってことはただの怪我じゃないんだろう?」
(やばい。とっさに隠してしまったことが仇となっている)
「これは…大事なテストが終わってからクライスに相談しようと思ってて……」
「ああ、なら明日と言わず今聞きたい」
「でも……。明日絶対絶対言うから。お願い、今日は聞かないで」
「…………」
長い沈黙の後、はあ。と大きなため息が聞こえた。
この一週間、クライスに相談しようか何度も考えた。
青フードが関わっているとしたらすぐに言うべきだ。奴らは魔獣だってドラゴンだって使うのだから、僕だけじゃなくて周りに被害が及ぶかもしれない。
とはいえ実際は僕への小さな嫌がらせが続いているだけ。あんなに小さな文字を書く相手なのだから、小心者に違いない。なら自分でなんとかできるかもしれない。ただでさえ悩み事を抱えている今のクライスにはできれば言いたくない。大切なテストの前に心配をかけたくない。
だけどクライスは隠し事が嫌いだと知っている。
一体どうしたら……。
さんざん悩んだ結果、テストが終わったら相談しようという結論に達した。だから明日いうはずだったのに、怪我のせいで台無しになるなんて。
怒らせてしまったかもしれない。さっきのため息には明らかに失望の色が混ざっていた。
『お前には失望した』
お父様にかつて言われたことばが頭の中に蘇る。もうずっと昔の話なのに。お腹がちくちくする。
(ああ、早く言わなきゃ。黙っててごめんって謝って、学園でみんなに無視されて嘲笑されて嫌がらせされてるってちゃんと伝えなきゃ)
でも、
好きな人に惨めな自分を知られたくない。
至近距離にある彼の瞳から逃げるように顔を背けてしまった。
クライスは無言で僕を抱き上げて運び、大浴場のマッサージ台に寝かせると、寒くないように体に大きなバスタオルをかけてくれた。目の上にも柔らかいタオルをかけられ、僕は瞼を閉じる。
「ん……」
ぴちゃりと膝に温かい感触。
舐めて治すというのはいつもなら恥ずかしいからやめてほしいと思うところなのだけど、今日はそう思わなかった。そこから伝わってくる温かさが、今の僕の拠り所だった。
「っふぅ…っ……」
治療される間、僕はずっと声を殺して泣いていた。泣いているとバレたかどうかはわからない。クライスはそんな僕に何も言わず、黙って治療を続けてくれた。
部屋に戻ると彼のアドバイス通り、一時間だけ暗記科目を復習してベッドに入る。
「ごめんね、クライス」
「……謝るのはよせ。いいから。もう今日は何も聞かないからよく眠れ」
結局辛そうな顔をさせてしまった。どっちにしても心配をかけてしまうなんて、僕はなんて馬鹿なんだろう。
(明日はちゃんと話をしよう。どんなにしんどくても)
自分のことを話すのはすごいエネルギーがいる。そして、今のことを話すのは、小さい頃公爵家の使用人にされたことを話した時以上に辛いし怖かった。
いじめる方が悪いってわかってる。平気で人を傷つける人間が悪いのだから、堂々と助けを求めればいいって。
だけど心のどこかで。
公爵家だけじゃなくて、学園でもこんな目に遭うというのは自分に原因があるんじゃないか。
僕のせいなんじゃ? という思いが消えない。
テストでいい点を取れば、認められるかもしれない。そしたら、『役立たず』『落ちこぼれ』『消えろ』とはもう書かれないかもしれない。自分がもっとマシな人間になれば、いじめられなくなるんじゃ?
強く賢く非の打ち所がない人に、例えばユジンみたいになれば……。
消しゴムで消したはずのたくさんの文字が、廊下で言われた数々の悪口が、ちくちくと体を突き刺す。
(痛いっ……)
クライスの胸に顔を埋めた。慣れ親しんだその香りを吸い込むと、嫌なことを全部忘れられる。黙って抱きしめてくれる彼の優しさが、痛みを癒してくれる。そんな気がした。
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