240 / 304
第8章
第376話 テスト前日③(ちょい※)
しおりを挟む
あっという間に壁に追い詰められ、両手を頭上にまとめられてしまった。膝を隠していたバスタオルは取り上げられ、脱衣所の床に投げ捨てられている。
「なぜ明日なんだ。今すぐ教えろ。どこでどうやってこんな怪我をした? 隠すってことはただの怪我じゃないんだろう?」
(やばい。とっさに隠してしまったことが仇となっている)
「これは…大事なテストが終わってからクライスに相談しようと思ってて……」
「ああ、なら明日と言わず今聞きたい」
「でも……。明日絶対絶対言うから。お願い、今日は聞かないで」
「…………」
長い沈黙の後、はあ。と大きなため息が聞こえた。
この一週間、クライスに相談しようか何度も考えた。
青フードが関わっているとしたらすぐに言うべきだ。奴らは魔獣だってドラゴンだって使うのだから、僕だけじゃなくて周りに被害が及ぶかもしれない。
とはいえ実際は僕への小さな嫌がらせが続いているだけ。あんなに小さな文字を書く相手なのだから、小心者に違いない。なら自分でなんとかできるかもしれない。ただでさえ悩み事を抱えている今のクライスにはできれば言いたくない。大切なテストの前に心配をかけたくない。
だけどクライスは隠し事が嫌いだと知っている。
一体どうしたら……。
さんざん悩んだ結果、テストが終わったら相談しようという結論に達した。だから明日いうはずだったのに、怪我のせいで台無しになるなんて。
怒らせてしまったかもしれない。さっきのため息には明らかに失望の色が混ざっていた。
『お前には失望した』
お父様にかつて言われたことばが頭の中に蘇る。もうずっと昔の話なのに。お腹がちくちくする。
(ああ、早く言わなきゃ。黙っててごめんって謝って、学園でみんなに無視されて嘲笑されて嫌がらせされてるってちゃんと伝えなきゃ)
でも、
好きな人に惨めな自分を知られたくない。
至近距離にある彼の瞳から逃げるように顔を背けてしまった。
クライスは無言で僕を抱き上げて運び、大浴場のマッサージ台に寝かせると、寒くないように体に大きなバスタオルをかけてくれた。目の上にも柔らかいタオルをかけられ、僕は瞼を閉じる。
「ん……」
ぴちゃりと膝に温かい感触。
舐めて治すというのはいつもなら恥ずかしいからやめてほしいと思うところなのだけど、今日はそう思わなかった。そこから伝わってくる温かさが、今の僕の拠り所だった。
「っふぅ…っ……」
治療される間、僕はずっと声を殺して泣いていた。泣いているとバレたかどうかはわからない。クライスはそんな僕に何も言わず、黙って治療を続けてくれた。
部屋に戻ると彼のアドバイス通り、一時間だけ暗記科目を復習してベッドに入る。
「ごめんね、クライス」
「……謝るのはよせ。いいから。もう今日は何も聞かないからよく眠れ」
結局辛そうな顔をさせてしまった。どっちにしても心配をかけてしまうなんて、僕はなんて馬鹿なんだろう。
(明日はちゃんと話をしよう。どんなにしんどくても)
自分のことを話すのはすごいエネルギーがいる。そして、今のことを話すのは、小さい頃公爵家の使用人にされたことを話した時以上に辛いし怖かった。
いじめる方が悪いってわかってる。平気で人を傷つける人間が悪いのだから、堂々と助けを求めればいいって。
だけど心のどこかで。
公爵家だけじゃなくて、学園でもこんな目に遭うというのは自分に原因があるんじゃないか。
僕のせいなんじゃ? という思いが消えない。
テストでいい点を取れば、認められるかもしれない。そしたら、『役立たず』『落ちこぼれ』『消えろ』とはもう書かれないかもしれない。自分がもっとマシな人間になれば、いじめられなくなるんじゃ?
強く賢く非の打ち所がない人に、例えばユジンみたいになれば……。
消しゴムで消したはずのたくさんの文字が、廊下で言われた数々の悪口が、ちくちくと体を突き刺す。
(痛いっ……)
クライスの胸に顔を埋めた。慣れ親しんだその香りを吸い込むと、嫌なことを全部忘れられる。黙って抱きしめてくれる彼の優しさが、痛みを癒してくれる。そんな気がした。
「なぜ明日なんだ。今すぐ教えろ。どこでどうやってこんな怪我をした? 隠すってことはただの怪我じゃないんだろう?」
(やばい。とっさに隠してしまったことが仇となっている)
「これは…大事なテストが終わってからクライスに相談しようと思ってて……」
「ああ、なら明日と言わず今聞きたい」
「でも……。明日絶対絶対言うから。お願い、今日は聞かないで」
「…………」
長い沈黙の後、はあ。と大きなため息が聞こえた。
この一週間、クライスに相談しようか何度も考えた。
青フードが関わっているとしたらすぐに言うべきだ。奴らは魔獣だってドラゴンだって使うのだから、僕だけじゃなくて周りに被害が及ぶかもしれない。
とはいえ実際は僕への小さな嫌がらせが続いているだけ。あんなに小さな文字を書く相手なのだから、小心者に違いない。なら自分でなんとかできるかもしれない。ただでさえ悩み事を抱えている今のクライスにはできれば言いたくない。大切なテストの前に心配をかけたくない。
だけどクライスは隠し事が嫌いだと知っている。
一体どうしたら……。
さんざん悩んだ結果、テストが終わったら相談しようという結論に達した。だから明日いうはずだったのに、怪我のせいで台無しになるなんて。
怒らせてしまったかもしれない。さっきのため息には明らかに失望の色が混ざっていた。
『お前には失望した』
お父様にかつて言われたことばが頭の中に蘇る。もうずっと昔の話なのに。お腹がちくちくする。
(ああ、早く言わなきゃ。黙っててごめんって謝って、学園でみんなに無視されて嘲笑されて嫌がらせされてるってちゃんと伝えなきゃ)
でも、
好きな人に惨めな自分を知られたくない。
至近距離にある彼の瞳から逃げるように顔を背けてしまった。
クライスは無言で僕を抱き上げて運び、大浴場のマッサージ台に寝かせると、寒くないように体に大きなバスタオルをかけてくれた。目の上にも柔らかいタオルをかけられ、僕は瞼を閉じる。
「ん……」
ぴちゃりと膝に温かい感触。
舐めて治すというのはいつもなら恥ずかしいからやめてほしいと思うところなのだけど、今日はそう思わなかった。そこから伝わってくる温かさが、今の僕の拠り所だった。
「っふぅ…っ……」
治療される間、僕はずっと声を殺して泣いていた。泣いているとバレたかどうかはわからない。クライスはそんな僕に何も言わず、黙って治療を続けてくれた。
部屋に戻ると彼のアドバイス通り、一時間だけ暗記科目を復習してベッドに入る。
「ごめんね、クライス」
「……謝るのはよせ。いいから。もう今日は何も聞かないからよく眠れ」
結局辛そうな顔をさせてしまった。どっちにしても心配をかけてしまうなんて、僕はなんて馬鹿なんだろう。
(明日はちゃんと話をしよう。どんなにしんどくても)
自分のことを話すのはすごいエネルギーがいる。そして、今のことを話すのは、小さい頃公爵家の使用人にされたことを話した時以上に辛いし怖かった。
いじめる方が悪いってわかってる。平気で人を傷つける人間が悪いのだから、堂々と助けを求めればいいって。
だけど心のどこかで。
公爵家だけじゃなくて、学園でもこんな目に遭うというのは自分に原因があるんじゃないか。
僕のせいなんじゃ? という思いが消えない。
テストでいい点を取れば、認められるかもしれない。そしたら、『役立たず』『落ちこぼれ』『消えろ』とはもう書かれないかもしれない。自分がもっとマシな人間になれば、いじめられなくなるんじゃ?
強く賢く非の打ち所がない人に、例えばユジンみたいになれば……。
消しゴムで消したはずのたくさんの文字が、廊下で言われた数々の悪口が、ちくちくと体を突き刺す。
(痛いっ……)
クライスの胸に顔を埋めた。慣れ親しんだその香りを吸い込むと、嫌なことを全部忘れられる。黙って抱きしめてくれる彼の優しさが、痛みを癒してくれる。そんな気がした。
275
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。