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第8章

第408話 ルーナの花探し⑥(ちょい※)

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誰もいない。手を繋いでいたはずなのに、どこへ行っちゃったんだろう。

「どこにいるの? 返事して……」
「ここだ! はぁはぁ、やっと、見つけた」
「ひゃああ、あ……れ……? クライスか。よかったぁ」

突然すぐ近くで聞こえた声にちょっとびっくりして変な声が出てしまう。心細さに震える声で彼を呼ぶ僕の体を、後ろから捕まえて抱きしめてきたのは、肩で息をして苦しそうなクライスだった。どんなに長距離のランニングの後も爽やかで余裕のある彼が、必死の形相で汗だくになっていることに驚く。

「だ、大丈夫?」 
「ああ。はぁはぁ、俺は問題ない」

この疲れっぷり。問題はありそうだけど……

「だが、お前は一体どこに行っていたんだ?」
「どこにって……ずっとここにいたんだけどな」

(妖精の力で僕の姿が見えなくなってたのかな?)

クライスの話によると、花を見つけて話をしている途中で僕は急に消えたらしい。姿は見えなくてもチョーカーで気配だけは感じるからずっとこの周辺を探していたのだって。

「ごめん、僕、ピンクのツインテールの妖精との話に夢中でクライスとはぐれてることに気がつかなくて……」
「妖精としゃべっていたのか」
「うん、えとね……」

今あったことを説明すると、クライスは妖精たちに『ルーナの雫』という痛み止めアイテムを貰ったことをめちゃくちゃ喜んでくれた。


「このペンダントの中身を紅茶に入れたらいいんだな? よし、すぐ用意するから待ってろ」
「え、今? 帰ってからゆっくり飲んだらいいんじゃ?」

クライスだけじゃなく護衛の人たちもバテバテでみんな疲れているのがわかり、そう意見したのだけど。まるっと無視されてしまった。一秒も無駄にできないという姿勢で彼は護衛たちにテキパキと指示を出し、敷物やカップやポットや茶葉を持って来させると、自ら紅茶を淹れ始める。

促されるまま敷物に座ってしばらく待っていると、ほこほこと湯気が立ったティーカップを手渡された。良い香りに導かれ、火傷に気をつけながら口をつける。温かな紅茶が、日の差さない場所に長時間水着姿のままいたせいで冷えた体に染み渡っていく。

「ん~、おいしっ!!」
「それはよかった。が、キルナ……」
「あ…そか。ごめん」

そうだったそうだった。肝心の雫を入れるのを忘れてた。
クライスの視線の圧がやばい。いそいそとペンダントの蓋を開けて、カップに金の雫を一滴垂らす。と、

ポポポポポン!!

(ふええええ、なにこれなにこれポップコーン!?)

雫に反応した紅茶がポムポムと弾けて、金色のポップコーン(よく見ると一つ一つがお花の形をしている)みたいになった。お花と紅茶が混ざり合ったいい香りの物体が、カップを満たしている。

(味の想像はまったくできないけど、なんかおいしそ!!)

クライスが一つ摘んで僕の口元に持ってくる。早く食べてほしいという気持ちが彼の目から伝わってくる。

勇気をだして口に含めば、サクリ、と軽やかな歯応えで、噛めば舌の上でとろりと溶けて液体状になった。飲み込めばなんだか身体に力が漲ってきて、疲れた体が嘘みたいに軽くなっていく。

「どうだ?」
「あ……すごっ。お腹がぽかぽかしてきた」
「痛みは和らいだか?」

こくりと頷く。正確には痛みが三分の一くらいになった、というかんじ。痛みはゼロではないけれど、大分楽になった。僕はまだ残っているそれをクライスの口にも入れてあげる。

「お、これはうまいな。しかも疲れが癒えている……さすが妖精からの贈り物だな。すごい効果だ」
「味も甘い紅茶味でおいしいね。ほらもっと食べて。僕をいっぱい探してくれて疲れたでしょ? あ~ん」
「いや、俺はさっきのでもう回復したからいい。あとはお前が食べろ。少ししか採れない貴重なものなんだろう? ペンダントにももうあと二滴ほどしか残ってない。大事に使わなければ」

クライスはいくら勧めてもそれ以上食べようとせず、もう一つ、もう一つと僕の口に入れてくる。食べるたびにすごくうれしそうな顔をするから、僕はひたすらもぐもぐと口を動かしあっという間に完食した。


こんな綺麗な場所でこんなに優しくしてもらえて、すごく幸せ……。だけど、

ーーきをつけて~~

って妖精に忠告されたことを、まだ言えていない。大切なことだし、彼に伝えなければと思う。

ほら、言わなきゃ。
でも……クライスはこんなにうれしそうにしているのに。
僕のお腹の痛みが減って、こんなに喜んでいるのに。

「あの……」
「ん? なんだ?」
「あ……」

言えない。今言わなくても、今度でいいんじゃ……と思ってしまう自分がいる。はぁ、僕はなんてバカなんだろう。彼の微笑みを奪いたくなくて……また同じ失敗をしそうになっている。

「あの……」
「うん、どうした?」

悲しませたくない、けど、我慢しないで彼を頼ると約束したばかりだ。

(どうしよぅ)

ぐるぐるしている頭に彼が手を置き、そのまま耳のピアスに触れて、ゆっくりでいいから話せ、と言う。
真剣なアイスブルーの瞳には、星々の瞬きと涙を流す僕が映り込んでいる。こんなに僕のことを考えてくれている彼に、もう隠し事はしたくない。

「……あのね……」

僕は妖精から聞いた言葉を隠さず伝えることにした。ルーナの花は死期が近づいたときに咲くということも、何かが僕の体を狙っているということも、全部。

彼は黙って最後まで聞くと、強く抱きしめて僕の耳元に口を寄せる。

「大丈夫、何があっても俺がお前を守るから」
「うん」
「だからずっと一緒にいてくれ。キルナ」
「うん。いるよ。ずっとずっとクライスと一緒にいる」

ーーずっとずっと永遠に一緒にいたい。“今”だけじゃなく、“未来”も一緒に……

「ねぇ、クライス、キス……してくれる? ここは『誓いの湖』って言われているんだよ。ここでキスをしたら永遠に結ばれるのだって」
「永遠、か。なるほど……」

顎に指を当て考え込むような仕草をした彼に、ゲームでは拒まれてしまったけれどどうか受け入れてもらえますように、とあざとい上目遣いでできるだけ可愛いおねだりポーズを続ける。すると彼は言った。

「キルナ、お前に永遠の愛を誓う」
「あ、ぼ、僕も……クライスのこと永遠に愛してる」

ぐいっと体が引き寄せられ、彼の膝の上に座らされたと思うと、唇が重なった。

欲しいものがもらえた喜びに、僕も一生懸命応える。入ってきた舌も迎え入れて、与えられる唾液も飲み込んで……ふぅ……魔力も僕たちの間を行き来して甘く濃厚なハチミツのようになり、体が熱くなっていく。

「ん……ぅ…………っ……………………」

思ってたより熱烈で深くて長いキスは、逃れようとしても彼の片腕にがっちり頭を支えられ逃げられない。ようやく離れたと思ったら向きを変えてまた始まる。

「はぁ、はぁ、ちょっ……クライス? もういい……ってば、んぅうううううう…………」
「ここでキスしたら永遠に結ばれるんだろう? いっぱいキスしないとな」
「ふぇ?」

(まだやる気?? だ、誰かこの王子様を止めてぇえええ!!)

「ふぁ……っ……ん………」

抵抗も虚しく、僕たちはここから何時間もキスをしまくることになるのだった。
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