白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

文字の大きさ
14 / 156
出会いと別れ編

〈閑話〉

しおりを挟む
 東京都心のど真ん中にありながら、家賃は月々二万円、8畳1Kの風呂トイレ別、オートロックまで完備した火野崎大学医学部附属東京病院の寮は、病院の敷地内に併設されている。

 寮は二十四時間管理人在中で十五階建て、一階はエントランスと管理人室、メールボックス。

 二階から八階は男性スタッフフロア、九階より上は女性スタッフフロアとなっている。各部屋にはシングルベッド、エアコン、洗濯機、テレビが備え付け。よって独身の若いスタッフにはそれなりに人気がある。

 今年入職した新米看護師の雨宮雛子、市ヶ谷夏帆、入山悠貴は、夏帆の居室に集まって各々教科書と睨めっこしていた。雛子が十階、悠貴が八階に住んでおり、中間の九階にある夏帆宅がちょうど集まりやすいという単純な理由である。

「うーん……全っっ然分かんない……」

 雛子は教科書から一変、天井を見上げて溜息を吐いた。先程から何度読もうとしても目が滑り、内容が全く頭に入ってこない。

「なんの勉強してるの?」

 夏帆が雛子のノートを覗き込む。

「悪性リンパ腫。桜井さんのプライマリーなの。終末期ターミナルなんだけど、今度サブプライマリーとして担当に付けるから、勉強しとくようにって言われて……」

 夏帆が少し意外そうな顔で、切れ長の目を丸くする。

「まだ入職して二ヶ月なのに、そんな難しい患者さん担当するの? 血液内科ならまだしも、8Aなら整形とか耳鼻科とかもっと軽症な症例の患者さんいるでしょ?」

 プライマリーというのは、言わば患者一人一人に付く担当の看護師である。他のスタッフに情報を共有したり、患者や家族、他職種との連携を図る橋渡し的役割を担っている。

 故に疾患の病態から治療内容はもちろん、患者の性格や病気の受け止め方、今後の方針まで、他のどのスタッフよりも詳しくなるのがプライマリーナースである。

「夏帆の言う通りなんだけど、軽症の人はパスや短期入院ばっかりだからあんまりプライマリーとして付く意味がなくて……」

 夏帆はペンを置き、冷蔵庫から麦茶のボトルを出してきて雛子のグラスに継ぎ足す。雛子は礼を言い、一口こくりと冷たい麦茶を喉に流し込む。それを見届けたあと、夏帆も同じようにグラスに口をつけた。

「なるほどね~。そう言えば桜井さんってさ、 最初にメロンパン買い占めてた話を聞いた時はやばい人なのかなって思ったけど、実物は結構イケメンだよね?」

 この前見たよ、と夏帆。

「まぁ若干不思議な人なのは否めないけど……顔は格好良い、かなぁ~」

 雛子はにやける顔を隠すように、両手を頬に当てる。それまで参考書に集中しており一言も発さなかった悠貴が、そこで初めて深い溜息を吐いた。

「……ったく何にやけてんだ雨宮? あんなスカしたヤローのどこが良いんだよ? もしかして好きなの?」

「べ、別にそんなんじゃないよ! 確かにちょっと変わってるけど、仕事出来るし褒めてくれるし良い先輩だよ!?」


『頑張ったじゃん』


 頭に乗せられた手の重みを思い出し、雛子は再び釣り上がりそうになる口角を必死に抑える。

「だからにやけてるっつーの」

「あいたっ」

 恭平のようなポーカーフェイスは難しいようだ。悠貴にペンで頭を小突かれ、雛子はむぅっと唇を尖らせる。

「そういう二人はどうなの? 仕事、もう慣れた?」

 流れを変えようと、雛子は話題を振る。

「私は元々消化器希望してたし楽しいわよ。パスが多いから業務自体は慣れれば難しい事ないし。……ただドレーン自己抜去されたら最悪だけど」

 ゾッとしたような表情の夏帆に、「何かあったな」と察する二人。

「ゆ、悠貴は?」

 話を振られた悠貴は、少し得意げな顔をする。

「おう。最近は急患がいない時は少しずつICUの機械類も触らせてもらってる。ERは忙しい時と暇な時で差があるからなぁ」

 夏帆は消化器病棟、悠貴はER/ICUにそれぞれ配属されている。同じ新人でも、配属先によって業務内容も学ぶ疾患も全く異なる。

「はぁ……それにしても、毎日毎日立ち仕事で足がパンパン……ねぇ雛子ぉ、足マッサージしあいっこしよ」

 記憶の淵から戻ってきた夏帆が、短いルームウェアから伸びた雛子の足に触れる。

「んん……きもちー」

 雛子が終わると、次は雛子が夏帆の足を揉む。女子特有の甘ったるい雰囲気を尻目に、悠貴は再び参考書に視線を落とす。

「ほらほら入山ー。サービスショット」

 そんな悠貴に、夏帆がマッサージを受けながら茶々を入れる。

「アホか。そんな大根みたいな足のどこがサービスだ。あ、タイムサービスか?」

「はぁ? 失礼なやつ! ばーか!」

「悠貴と夏帆、やっぱり付き合えばいいのに……」

 何だかんだ、仲の良い三人である。結局勉強もそこそこに、貴重な休日は終わりを告げるのだった。








閑話【fin.】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

処理中です...