白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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出会いと別れ編

ライバル?? 3

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 状態をリーダーの大沢に報告する間、恭平に舞の相手をしてもらおう。そう思い、恭平の姿を探す。

「桜井さんどこ行ったのかな~」

 その姿は、案外すぐに見つかった。ステーション近くの個室の中に、恭平の明るい色の癖毛を見つける。

(桜井さん発見! と思ったけど、他の患者さん対応中なら仕方ないか~)

 そう思い、雛子が病室を通り過ぎようとした時だった。ちょうど恭平が振り返り、雛子の姿に気付くと少し慌てたように手招きをした。

「??? 失礼します」

 恭平の慌てる姿に首を傾げつつ、雛子はドアをノックして入室する。恭平の向かいでベッドに座る患者の藤村翔太が、自身の鼻付近を両手で押さえて俯いている。その指の隙間から、止めどなく血が流れているのが分かった。

「ごめん、処置室からアドレナリンで浸した綿球取ってきてくれる?」

「は、はい!」
 
 雛子は言われた通り慌てて綿球を持ってくると、それを恭平が翔太の鼻に詰めて止血していく。

(カルテは読み込んでるけど……病室に入るのは初めてだな)

 藤村翔太、十五歳。病名は悪性リンパ腫。

 恭平のプライマリー患者で、雛子がサブとして付くことになっている患者だ。鼻に綿球を詰め終わると、それ以上血液が流出してこないのを確認して恭平がベッドから離れる。入れ替わるようにして雛子はベッドサイドに膝をついた。

「初めまして、翔太くん。雨宮雛子です」

「……」

 翔太は雛子を一瞥すると、不機嫌そうに顔を背けた。

(うわー。噂通り、塩対応)

 何せ思春期であり、他のスタッフにも愛想が良くないことはカルテやスタッフ間の申し送りで把握済みだ。そんな本人のキャラや感染予防の目的もあって、関わるスタッフはなるべく制限しているのだ。

「……血で汚れちゃってるし、着替えしよっか?」

 気を取り直し、雛子は立ち上がると備え付けの棚に手を伸ばす。

「勝手に触んな!」

 突然大声で叫ばれ、雛子はびくりと肩を揺らした。

「……恭平さんにやってもらうからいーよ。お前出てけよ。恭平さん、やってくれるよね?」

 雛子に向けるのとは違う、信頼の眼差しが恭平に注がれる。

「おう」

 恭平もまた、田中や舞に向けるのとは違う、素の笑みを浮かべていた。雛子は小さく会釈をして、ベッドのカーテンを閉めて病室を後にする。

 病室から出てステーションへ向かう中、雛子は一つ小さく息を吐く。

(桜井さん、色々な患者さんに好かれてて凄いな……女性からは恋愛対象として、男の子からは憧れのお兄ちゃん的存在、おばあちゃんからは自慢の孫……いや、あれも恋する乙女の瞳だったか……)

「それに比べて私は……はぁ……」

 さすがに少し、落ち込む。

 経験年数や患者との付き合いの長さの違いはあれど、こうも拒絶される事が続くと自分の存在価値が危うい。

「いやいや、それは桜井さんが魅力的過ぎるってのもあるし!」

 自分と比較するには、恭平はあまりにも人に好かれる事に長けていた。女性からはもちろんの事、不思議な事に男性患者からもよく可愛がられている。ナチュラルボーンとは、恭平のためにある言葉のような気さえする。

(とにかく落ち込んでいられないよね。私も頑張らないと)

 ステーションに戻ると雛子は大沢に報告を済ませ、気を取り直して舞のカルテを読み直す。

(対応が難しいって……やっぱりそういうことね……)

 先程は時間が無くて読めなかった部分をドラッグし、雛子は心の中で納得する。

 そこには本人から発せられた数々の我儘な言動が載せられており、所謂モンスターペイシェントとして一部のスタッフの間では有名なようだ。恭平の前では一応可愛いふりをしているようだが、残念ながらこれでは筒抜けだろう。

 そして舞の疾患、『PHAFA症候群』というのは、扁桃炎を周期的に繰り返す疾患だ。

 体質的なものであり、外科的に扁桃腺を取り除いてしまう事で発熱を防ぐ事が可能になる。

 舞のカルテを延々と読み続けていると、やがて恭平がステーションに戻ってきた。雛子の姿を見つけると、ポンと一回、雛子の頭に掌を乗せる。

「さっきはサンキュ。助かった」

「いえ。むしろあれくらいしか出来ずにすみません」

 触れられた頭を意識しないよう、雛子はカルテに目を落としたままそう返した。

「あ、篠原さんが呼んでましたよ。桜井さんじゃないと嫌だから探してこいって」

「またか……もう疲れた……」

 舞の名前に、恭平が心底嫌そうな顔をする。

(二人の雰囲気、まるで恋人みたいだったけど……あれ、桜井さんの営業スマイルだったのか……)

 その事実に、雛子は何故だかほっとする。

「あ、そうそう。翔太のプライマリーの件だけど」

「はい?」

「話しただろ。サブに付けるって」

 もちろん雛子もそのつもりでいたものの、ファーストコンタクトがあの様子だった事に不安を覚える。

「確かにそう聞いてましたけど、でも本人があんなに拒絶してるのに本当に付くんですか?」

「ああ、あれは拒絶ではない」

 雛子の不安を、恭平は事も無げに一蹴する。

「鼻に綿詰めてるところ見られて恥ずかしかっただけ。ましてや着替えで裸見られるなんざ思春期ボーイにとっては万死に値するんだよ。まぁ俺なら嬉しいけど」

「っ……桜井さんの変態っ!」

 雛子は何故か、ナースコスプレの舞が恭平の服を脱がせるシーンを想像し、慌てて頭を振った。

「まぁ思春期なのは本当だし。女性スタッフにはみんなあんな感じ。とりわけ新人のお前には当たりが強いんだろ、気にするな」

 恭平の言葉に、雛子は少しだけ胸を撫で下ろす。

「じゃあ、私が嫌われてるわけじゃないんですね」

「ああ、女がみんな嫌いなんだそうだ。警戒心はマーモットくらい強い」

「……マ、マーモット……? それって、嫌われてるんじゃ」

……やはり不安は拭いきれない。

「まぁうちの病棟は俺以外みんな女性スタッフだし、少しは妥協してもらわないとな」

 それだけ言うと、恭平はステーションから出ていく。恐らく舞の元へ向かったんだろう。なんだかんだ言って、患者のニーズにはなるべく応えるのが恭平のスタンスだ。
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