白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

文字の大きさ
84 / 156
白衣の天使編

血まみれ 2

しおりを挟む
「井上さん、あとで先生がお話に来ますから少しお待ちくださいね」

 道すがらただひたすら傾聴していた事が功を奏したのか、病室のベッドに腰を下ろす頃には不機嫌ながらも大分落ち着いた様子だった。

 その事に一安心し、検温を終えると雛子は声をかけて一度退室する。








「あっ、雨宮大丈夫だった?」

 ステーションに戻ると、リーダーの大沢が切れ長の目を丸くして問いかけた。

「アンタが病棟出てすぐ外来のスタッフから電話があってね、『出来れば男性スタッフで』って。言うのが遅いっつーのよ」

「ああ……」

 確かに、毎回大暴れとの申し送りがあるくらいなので女性、ましてや雛子のように若く小柄なスタッフには向かない相手だろう。

 かと言って、8A病棟に男性スタッフは恭平しかいない。雛子はステーションの端で立ったままパソコンを弾く恭平にちらりと目をやる。

「大変そうだったら今からでも桜井に送る? アイツ今暇そうだし」

 暇そう、とはいっても恭平は雛子より受け持ち人数も多く、重症度も高い。

 何より、井上を申送る時に話しかけなければいけない事がまだ憂鬱だった。

「い、いえ、大丈夫です」

「そう? なら良いけど」

 雛子はあとで鷹峯が病状説明に訪れる事を伝え、他の患者のところを回る。

 一旦は今日の勤務が終わるまでの我慢だ。いずれ消化器病棟に空きが出れば転棟になるだろう。

 雛子がそんな打算をしているうちに、病棟に鷹峯がやってくる。時計を見ると、先程会話を交わしてから一時間も経っていない。

 
「お待たせしました。面談室使わせて貰います」

 休憩もままならないはずだが疲れた様子ひとつ見せず、鷹峯は白衣を翻して面談室に消えていく。

「はい、ご本人呼んできます」

 メンタルもフィジカルもタフだな、など余計なことを考えつつ、雛子は井上を呼びに病室へ向かう。


「井上さん、先生が来たのでこちらに……」

 大部屋の病室に向かうと、井上のベッドの周りだけしっかりとカーテンが閉められていた。雛子は「失礼します」と声をかけ、カーテンの端を捲る。

「……って、ちょっと井上さんっ!?」

「なっ……急に覗くんじゃねぇっ!!」

 雛子の声に驚いて大きな身体を揺らした井上。その手に握られていたのは一升瓶の焼酎だった。

 井上は荷物と一緒に持ってきていた酒瓶を早速開け、入院早々飲酒をしていたのである。

「だ、駄目ですよ! お酒を辞めるために入院したんですから! 入院中は飲酒禁止です!」

 雛子は一升瓶を取り上げようと思わず手を伸ばす。しかし井上も負けてはいない。

 取られまいと抵抗した結果、瓶は病室の床へと叩きつけられ割れた瓶から酒がぶちまけられる。

「小娘がっ! 俺の酒をこんなにしやがってぇ!!」

「っ……!?!?」

 
井上は激昂し、拾い上げた酒瓶の一部を力任せに振り抜く。それは雛子の左の額にクリーンヒットした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

モテ男とデキ女の奥手な恋

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

国宝級イケメンとのキスは、ドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...