そうだ、魔剣士になろう

塔ノ沢渓一

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チュートリアル①

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 ゲームの世界に行けたら、なんて誰もが考える夢だろう。
 レベルを上げただけで何でも手に入る。いや、レベルを上げただけで『自由』を手にすることができる世界だ。なんと魅力的な世界だろうか。
 ゲームばかりしてきた俺は、そんな世界に強い憧れがあった。そして、何でもできる自信もあった。もし行けたなら、すべてを手に出来るのか挑戦してみたかった。

 ひょんな事から、俺はその挑戦に取り組める境遇を手に入れた。
 だからもし今いる世界がゲームなら、俺はすべてを手に入れよう。
 この時、俺はそう強く誓った。

 気が付いたら、俺は砦の守衛だという赤毛の女から剣と魔法の使い方について説明を受けていた。視界の端には見慣れた、HPとMPを表すであろうバーと、ステータスやインベントリを表示させるであろうアイコンのようなものが見えている。さっきから、いろいろな方法でそのボタンを押そうとしているが、どうやら、そのボタンはアクティブになっていないような感じだった。

  まずはハーレムなんてのもいい。大きな家で美女に囲まれて暮らすのだ。それに、どうせやるなら最強も目指さないとなあと、視線の先にいる美女に見とれながら考えた。

「ようするに、お前らは、この砦を守り抜かない限り、ここから離れることもできないし、逃げ出すこともできない。戦い方だけは教えてやるから、しっかりと聞いておけよ。それと腰抜けにくれてやる金はないから、命は惜しまずに戦え。それでは、武器と魔法を支給する」

 赤髪の女は、俺に剣と本の束をよこした。
 どうやら俺は砦を守るために送られてきた傭兵か何かという設定のようである。女から渡された本の表紙には、クラスⅠの文字と魔法の名前が書かれていた。たぶん、この本を使って魔法を覚えろということだろう。

 本を開くことはできなかったので、俺は使うと念じてみた。そしたら確かに魔法を覚えたようなエフェクトが現れる。俺が覚えた魔法は『アイスダガー』『ファイアアロー』『ライト』『ナイトサイト』の四つである。なぜ魔法の名前がわかったかと言えば、視界の端にそう表示されていたからだ。

 俺は試しにと思って地面に向かって手を伸ばし、アイスダガーと念じてみた。
 手のひらから勢いよく氷の塊が飛び出して、踏み固められた地面に突き刺さった。突き刺さった氷の塊はすぐに消えてしまったが、氷があった場所は少しへこんでいる。氷がいきなり消えたことは不自然だが、ゲームとして見れば極めて自然なことに思えた。

「おい! 勝手なことをするんじゃない。魔法は、私が使えと言ったら使え!」

 相手のことをNPCだと思ってなめていたら、いきなり胸ぐらをつかまれて怒られてしまった。仕方がないので、俺はすみませんと謝った。そしたら女は、それ以上なにも言わずに魔法の説明に戻った。

 彼女の顔を見ていると、顔の横に文字のようなものが見えていることに気が付いた。その文字は『ロイヤルガードの神聖騎士 アン・フランソワ』と読める。神聖騎士とか、そんな文字を頭の横にぶら下げていて恥ずかしくないのだろうか。

「それでは崖に向かって魔法の練習を始めろ。お前たち、一人ずつ見てやれ」

 アンに命じられて、元気よく返事した兵士たちは、その場にいる薄汚れた男たちに魔法の使い方を教え始めた。
 魔法の使用許可が出たので、俺も使ってみようとナイトサイトの魔法を使ってみた。そしたら、視界が黄緑色におおわれてしまって、何も見えなくなった。
 困っていたら横にいたやつが俺の肩をたたいた。

「これ、どうやって覚えたらいいんですかね。ページも開けないし……」
「その本を使うと念じてみなよ」

 黄緑色の男にそうアドバイスしていたら、なんだか怒った感じのアンがこちらにやってくるのが見えた。

「暗視の魔法は使うなと言っただろうが!! 何を聞いてたんだ。昼間にそんなものを使ったら、この後の練習はどうなるんだ」

 どうやら俺はミスを犯したらしい。暗くなってるところは色が付くが、光に当たっている部分はホワイトアウトしていて何も見えやしない。確かに暗視魔法のようだ。

「お前はあっちにでも行っていろ!」
「あっちとはどっちでしょうか。真っ白で見えません」

 周りから、クスクスと笑い声が漏れる。アンは仕方ないという感じで、さっき俺にアドバイスを求めてきた男に、連れて行ってやれと命じた。
 俺はさっきの男に手を引かれて日陰になっている場所へと連れてこられた。それで少しはましにものが見えるようになる。
 俺が日陰の中に腰を下ろすと、俺の手を引いていた男も隣に座った。

「訓練に参加しなくてもいいのか」
「少しサボらせてもらうよ。こういうのは慣れてないから緊張して疲れるんだよね」

 あの厳しそうなアンの前でサボりとは、この男もなかなか肝が座っているなと思って、その緑の横顔を眺めていたら『貴族の冒険者 クリストファ・コピネル』と表示される。
 たぶん貴族だから、アンのことを恐れていないのだろう。

「へえ、貴族なんだな。それにしても、神聖騎士だなんて表示されて、恥ずかしくないのかねあの騎士様は」
「珍しいことを言う人だね。もしかして、職業を持つ人に会うのは初めてなのかな。それと、あの人は騎士ではなくて聖騎士だよ」

 どうやら、この世界にはジョブシステムがあるのかもしれない。もしそうなら、本当にゲームなんだなと実感させられる。
 俺の野望を達成するためにも情報は必要だ。ここで、この男からなるべく聞き出しておこう。

「どうして聖騎士だとわかるんだ。騎士って職業はないのか」

「はあ、驚いたな。本当に何も知らないんだね。聖騎士の場合、最初は修道騎士と呼ばれるんだ。そこから高位の聖騎士になると神聖騎士と呼ばれる。つまり、彼女の称号は修業した高位の聖騎士に与えられるものだってことさ。騎士の場合は、戦士、守護者と進化するんだ」

「聖騎士ってのは、回復魔法が使えたりすんのか」

「いいや、魔法は使えないよ。クラスIの魔法ですら覚えられないそうだよ。騎士と名の付く職業は魔法が使えないんだ。そのかわり、唯一、盾を装備することができる。だから、盾は味方を守るシンボルなのさ」

 なにが、だからなのかわからないが、俺はなるほどなと頷いておいた。そして、他にもいろいろと聞き出すことができた。
 全部で17種類の職業があり、侍や忍者、武闘家、盗賊など、ロールプレイングゲームに出てきそうな職業は大体揃っている。そして、どの職業にも属していないのを冒険者と呼ぶらしかった。現に、俺には『冒険者 ユウサク・コシロ』と表示されているらしい。

 この、貴族でありながら、砦の守りに参加しにきた物好きな男は、ここに来る前に予備知識としていろいろと勉強してきたそうである。その勉強に使ったという解説書という本が、この世界の戦闘システムを学ぶのに最適であると言っている。どこにでもあるというから、この砦の中にないか後で探してみようと思う。まずはそれを読むことを最優先課題に据えた。

 しばらくすると暗視魔法の効果が切れて、俺たちは訓練に戻った。
 訓練というよりはチュートリアルみたいな感じで、武器と魔法の使い方と、簡単な胸当て程度の鎧の付け方を習っただけだった。それが終わると休憩が与えられて、俺たちは埃臭い砦の中に入った。砦は学校のような横長の建物が、渓谷をふさぐ壁のように建てられている。

 太陽の位置から昼過ぎくらいかなという時間になって、俺たちはいくつかの隊に分かれ、森の見回りを命じられた。アンを先頭にして、砦の先にある森の中をひと回りするということだ。計六人を一つの隊として作戦にあたる。
 アン以外にも騎士や魔導士などが率いている隊もあった。
 俺の隣には、クリストファが俺と同じような恰好で歩いていた。鉄の胸当てと片手の剣だ。魔法を使うために左手は開けてある。

「この世界には、レベルもあるんだよな。あんたはいくつなんだ」
「そのレベルというのがランクのことだとしたら、僕のランクは1だよ。当然だけどね」

 視界の端にR.1の表示が見えるから、俺もランク1ということだろう。まだモンスターも倒していないのだから、そりゃ1だよなと思う。HPもMPも120と表示されている。これが一体どれほどのものなのか想像がつかない。決して高いわけじゃないだろうから、即死しないかと不安になる。だけど、なんでクリストファはランク1でも、不安そうな様子がないのだろうか。

「この森って、モンスターも出るんだろ。もし攻撃でも受けたら即死なんじゃないか。お前はよくランク1で平然としていられるよな」

「そりゃ、隊長がいるからね。彼女のそばにいる限り危険はないよ。聖騎士はパーティーに盾の加護を与えられるんだ。それによって、ダメージは彼女がほとんど肩代わりしてくれる。だから、めったなことじゃ即死なんてないね」

 そんなことを話していたら、さっそく敵が現れた。
 アンが「散れ」と叫んで敵に向かっていく。俺たちは、接敵したアンと敵を取り囲むように散らばった。俺たちは教わった通りに、アンが最初の攻撃を加えたところで、アイスダガーとファイアアローを敵に向かって撃ちまくる。クラスⅠの魔法は連発できるのが強みだと聞かされていた。

 それはつまり、魔法のランクが上がればクールダウンタイムのようなものが設定されているということだろう。さすがにクラスⅠの魔法でも同じ魔法を連発しようとすると多少の待ち時間を感じるので、俺はアイスダガーとファイアアローを交互に使うことにした。そうすると、より短い間隔で魔法を使うことができる。

 魔法を命中させるのは、それほど難しくはない。周りの奴らがアンにも魔法を当てているが、特に怒られたりしていないので、きっと味方にはダメージが通らない仕様になっているのだと思われる。アンのHPもほとんど減っていないから、きっとそういうことなのだろう。

 しばらくするとクロウラーと表示された、太ったムカデのようなモンスターは、光の粒子となって消え去った。アンに集合を命じられて、俺たちはまた同じように歩き出した。俺は初めての敵を倒したというのに、特別な感動などなく、ただただ本当にゲームの世界なのだなという感慨を噛みしめていた。

 途中で何度か他の隊にも遭遇したが、騎士や魔導士などの戦いを見ることはできなかった。日が完全に落ち切る頃になって、暗視の魔法を使えとアンから命じられた。そして、前回失敗した俺のところへやってきて釘を刺していく。

「今度は、ライトの魔法を使うようなヘマはしなかったようだな。そんなものを使う奴がいれば、魔物に狙われて大変なことになっていたぞ。その時は魔法が切れるまでなんて悠長なことは言っていられないから、お前を殺さなきゃならなかった」

 なにも命まで取らなくてもと思うが、そういったアンは割と本気で言っているように見える。いくら俺がゲームに自信があると言っても、ランク1でこのアンに勝つのは無理だろう。せっかくこんな世界に来たというのに、早々とゲームオバーになるのだけは避けたい。

 ナイトサイトの魔法を使うと、確かに日の暮れかかった森の中でもよく見える。完全な暗闇になっても15メートルくらいは視界が確保されていた。
 それから何匹か敵を倒したが、結局レベルは上がらなかった。砦に帰ってきた俺たちは、スープとパンを与えられて、汚いタコ部屋に放り込まれた。薄汚れた簡素なベッドがいくつかあるだけの、実に汚い部屋だった。しかもベッドには赤黒い染みまでついている。

「今日は初日ということもあったけど、僕は本当に疲れたよ。夜中に襲撃されることもあると言っていたから、とにかく今日は早めに寝よう」

 貴族だというのに、クリストファは小汚いベッドの上で伸びをしながら、この境遇に文句はない様子だった。俺ですらこの境遇には不満しかないというのに。

「昼間にお前が言ってた解説書ってやつを読みたいんだけど、ここにはないのか」
「どうだろうね。たぶんあるとしても書斎のようなところにしかないと思うよ。さっきの隊長に聞けば貸してくれるんじゃないかな」

 俺は部屋から出て、アンの姿を探した。そこら辺にいる傭兵たちに聞いてみると、隊長室にいるだろうということで、その隊長室とやらを探した。両開きのちょっと豪華な扉があったので適当にノックをしてから、その扉を押し開けた。

「何の用だ──。なんだお前か。勝手な行動は慎んでくれないか」
「解説書ってのを読みたいんですけど、ここにはないですかね」
「あるが、どうして今さらそんなものを読みたがるんだ」
「戦いのために必要な知識を学ぶためです」
「ここでの戦いに必要な知識はもう教えたはずだ。それ以外に戦う予定でもあるのか」
「ライトの魔法を使っただけで命まで狙う人がいますから、そういう人から身を守るすべが必要になるでしょう」

「面白いことを言う奴だな。いいだろう、それなら私の解説書をお前にくれてやっても構わない。せっかくくれてやるんだ、よもや読まずに捨てるなんてことはあるまいな」
「俺の知りたいことが書かれているなら、ちゃんと読みますよ」
「そうか。部屋で読んでも構わないが、暗いところで読めば目を悪くするぞ。その椅子を使っていいから、ここで読んでいったらどうだ。ここならライトの魔法を使っても誰の迷惑にもならないし、私が知っている範囲なら質問にも答えてやろう」

 俺はその申し出を受けて、部屋の隅にあった椅子に腰かけた。そしてライトの魔法を使う。電球の何倍も強い光の玉が頭上に現れて、部屋の中を照らし出した。洞窟の中で使うなら、このくらいの光量がなければ使い物にならないのだろうが、部屋の中で使うにはいくらなんでも光が強すぎる。

 俺は椅子の背にもたれると、白飛びして読みにくいことこの上ない本の文字を追った。
 それは解説書というよりも、このゲームの仕様書に近いものだった。職業の説明から、スキルの説明、そして魔法の説明に、果てにはダメージ算出の計算式まで書かれていた。俺がそれらの項目を夢中になって読んでいるうちに、いつの間にかアンがうとうとし始めた。質問は早いうちにしておいた方がよさそうだ。

「隊長が今までに見たことのある短剣の中で、最も攻撃力の高いものはいくつでしたか」
「ん、そうだな。28だったか、31だな。だが、伝説では38の数値を持つものがあると聞いたことがある」
「なら、今までに受けた一撃のダメージで、一番大きかったのはいくつですか」
「確かじゃないが、600か800くらいのものだったろう。そこまで大きなダメージは、ほとんどが魔法によるものだったな」
「隊長のランクとヒットポイントを教えてください」
「そんなことまでは教えられない」
「なら隊長の防御力はどうです」
「240だ」
「この世界での最高レベルは?」

「たぶん50を超える人が、数えるくらいに存在するだろう。だが、そこから必要になる経験値はとてつもなく跳ね上がるとされている。そんなつまらないことばかり聞いてどうする。それで私に勝てるようになるとは思えないな」

 俺が気になったのはそのくらいだった。
 アンが寝てしまった後も、俺は解説書を読み続けた。最初はワクワクしていたが、読んでいるうちにどうしても穴が見つけられなくて嫌な気持ちになってくる。この世界のシステムは、俺が思っていたよりも、かなりカチカチに作り込まれている。

 アラがないというのは、ズルのしようがないということだ。俺は四回目のライトの魔法が切れたところで読むのを切りあげてタコ部屋に戻った。遅くまで起きていたこともあって、ベッドの不潔さなど気にもせずに寝てしまった。
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