そうだ、魔剣士になろう

塔ノ沢渓一

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主人公

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 どうやら俺はこのゲームの主人公であったようだ。
 歩み始めた冒険者の称号を得た時から、この称号にたどり着くことは決まっていたような感じである。『神託の大英雄』の称号の説明欄には、一人で魔王に挑みし者に与えられる称号とあった。
 そういえば最後にちょろっと一人で戦ったなという考えが浮かんだ。

 効果は『魔王に対抗する力』とあって、ステータスを確認すると、HPは50000MPは80000となっていて、他にも、防御力数値などがふざけた数字になっている。
 俺はなるほどと思った。たぶん願いを叶えられる者を一人だけにする製作者側の都合のようであった。これはもうゲームをクリアしたも同然なのだ。

「ねえ、どうしよう。帰れないわ……」

 理由はわからないが、なんとなく隠しておきたい気持ちが湧いてきたのだが、こんなふうに本気で狼狽えたアイリに泣きつかれては、それもできないという気持ちになってくる。

「いや、クリアはできるよ。いつでも帰れるから安心しろ」
「慰めるために、嘘をついているの……」

 狼狽えすぎて、なにを言っても聞きそうになかったから、俺は自分のステータス画面を開いてアイリたちに見せた。
 はじめはよくわからないようだったが、次第に理解が広まっていく感触があった。
 確かにこれだけの桁違いなステータスがあれば、魔王くらい俺一人でなんとでもなるだろう。
 一人で戦うために必要になるであろう、HPを回復できる武器も持っているので、いつでも倒しに行ける。

「はー、そういうことかよ。じゃあ後はユウサクに任せておけばいーんだな。だけどさ、アタシはちゃんとお別れしときてー奴らがいるんだ。だから、ちょっとだけ待ってくんねーか。今日はクリアできるかどうかわからなかったけど、クリアできるならちゃんと挨拶しておきてーからな」

 俺は「あぁ」と何かが喉に詰まったような返事を返した。
 クリアできるとわかったらアイリたちも悲壮感がなくなって、デザートのメシの実でパーティーしましょうなどと騒いでいる。

「ゴールドを使ってからじゃないともったいないわよね。着替えたら買い物に行きましょうよ」
「そうね。本当によかったわ」
「デザートも市場にあるの買い集めちゃおうよ。ゲームをクリアするのはその後でもいいよね。なんだか、これで終わりかと思ったら名残惜しい気持ちだよ」
「本当ね」

 俺はアイリのテレポートでギルドハウスに戻った。
 ゲームをクリアしてしまったら、この世界のNPCたちはいったいどうなるのだろうか。それも最後に願いをかなえる者に委ねられているのだろうか。
 俺はなんだか眩暈がしてきて、自分の部屋のベッドの上に倒れこんだ。
 しばらくして俺のことを心配したのか、クレアが部屋にやってきた。

「こうなることはわかっていたでしょう。もうお別れなのよ。せめて一緒に過ごしてあげなさいよ」

 クレアはニャコたちのことを言っているのであろう。ニャコたちはクレアたちの開いたパーティーに参加していたのだ。
 彼女たちと普段から接している俺には、ニャコのようなコンパニオンは、そこら辺のNPCとは違うと感じている。
 なんとなく亜人という設定で誤魔化しているが、用意されたセリフ以外、どちらかと言えば動物そのものである。

 それに比べて、クリストファやアンのようなNPCは俺たちとの差異があまりないように思える。
 そんなことをうだうだ考えながら、俺はベッドの上で数日を過ごした。
 もはや考えることは残されていないように思えるほど考えて、それでやっと何をお願いすべきか見えてきた。

 そこにきてやっと、俺はこの世界に何の未練を残していたのか悟ったのだ。
 どうやら俺はクレアたちと過ごす時間が楽しすぎて、この世界と離れたくなかったようである。しかし、そればっかりは考えたところでどうにかなるものではない。
 寝不足の頭でふらふらと街を歩いていたら、噂話を耳にすることになった。

 魔王討伐のために討伐隊を組むという話である。最大手のギルドが、他のギルドも束ねて魔王に挑むという内容の話であった。
 それで倒せるようなものではないと思うが、万が一倒せてしまうという事も考えられた。
 焦った俺はPKしてやめさせようかとも思ったが、あいにくそいつらの居場所もわからない。

 すぐさまテレポートスクロールで飛んで魔王の神殿に確認しに行くと、魔王は部屋の隅で小さくなって、俺たちとの戦いの傷を癒しているような雰囲気であった。
 間に合ったかと胸をなでおろしながら、悩んでいる場合じゃないなと思い至った。

 俺は覚悟を決めてレッドドラゴンブラッドソードを引き抜くと、魔王の神殿に入った。
 ステータスのおかげで、とんでもない攻撃力を手に入れた俺は、与えたダメージによる回復のおかげで難なく倒すことができた。
 そして俺の頭の中に声が響いて、願いを述べよという言葉を聞いた。
 俺は考えていた願いを簡潔に述べた。次の瞬間には視界が暗転して、意識が急速に遠のいていった。



 俺は暗闇の中で目を覚ました。周りを確認すると、俺はもと居た場所に戻されたらしい。校舎の隅っこで倒れるようにして意識を失っていたのだろう。立ち上がると体中が痛い。
 俺は学校の制服を着ていた。
 まさかすべて夢だったのかといぶかしむ俺に、猫と狐と兎がすり寄ってきた。妙に懐いたその動物たちは、何か言いたげな瞳で俺のことを見上げてくる。

 まさかこれがニャコたちなのだろうか。俺と契約したコンパニオンだから、こっちの世界に連れてこられたのかもしれない。
 装備などはゲーム中のものだから持ってこられなかったのだろうか。
 俺は壁に向かってアイスダガーと念じてみたが、なにも起こらなかった。

 まさかすべて夢だったのかと、戦々恐々としながら俺は自分の家まで帰った。そしたら母親は特に変わった様子もなく俺を出迎える。
 どうやら日付は、俺が校内で拾ったおかしなディスクをゲーム機に入れたあの日のままであるらしい。
 特にアイリたちから連絡が来ることもなく、本当に夢だったのかもしれないと思いながら、その日は久しぶりに自分のベッドで眠りについた。

 次の日は朝起きて、学校に向かうことにする。
 いつものバスに乗ったら、今日はいつになくまわりが騒がしい。そしていつも通りのバス停で、制服を着て別人のようになったクレアが乗り込んでくる。普段と変わりない様子でバスに乗り込んできたクレアは、いつもながらの毛玉一つない制服に身を包んでいた。

 ああやっぱり夢だったのかと落ち込む俺の前で、クレアは急に立ち止まった。そしてなぜか怒ったような表情を俺に向けてきた。

「どうして相談もなしにゲームをクリアしちゃうのよ。いきなりの事でみんな驚いてたわよ」

 夢じゃなかったのかと思って、何故か俺は泣きそうになった。
 気が付いたら、俺はクレアのことを抱きしめていた。「ちょっ、やめなさいよ」とかなんとか騒いでいるが、嫌なら自分で抜け出すだろうとさらに力を込める。
 しばらくして、ようやくゲームの世界じゃないんだから自力で抜け出すのは無理かと気づいた俺はクレアを開放した。

 恐る恐るクレアのことを確認したら、クレアは真っ赤な顔でこれ以上ないくらい怒った顔をしている。
 パンッと頬をぶたれたが、それほどの痛みもない。

「なにすんのよ!」

 いきなりクレアが叫んで、周りの視線が俺たちに集まった。同時に豆電球の言葉が聞こえてきて、そうかみんなゲームの世界にいた人たちなのだと嬉しくなった。
 いつもクレアが降りるバス停に着くと、モーレットの姿が見えた。
 バスに乗っている俺の方に手を振ったので、俺も手を振り返した。

 それでバスは出てしまって、俺は学校の教室に向かった。教室に入るとタクマが俺のところにやってきた。

「おい、急にゲームが終わっちまったんだ。お前は原因を知らないか」
「俺がクリアしたんだよ」
「そういうことは事前に教えてくれよ! いきなりでびっくりしたんだぞ」
「こっちに帰って来て、羊がいたりしなかったか」
「いたよ。やっぱりあれがメエなのか」
「たぶんな」
「そんなバカなことがあるかよ……」
「それにしても、今日は休んでる奴が多いな」
「そりゃそうだろ。ああ、昨日の騒ぎの時にお前だけいなかったのか」
「なにがあったんだ」
「色々あったよ。ダイスケなんか白鳥を抱えて半狂乱で教室を飛び出していったぜ。あいつ、コンパニオンで買った子にマジ惚れしてたからな。それ以外にも、急に戻ってきたもんだから、皆パニックになってたよ」
「お前は意外と落ち着いてるんだな。メエと別れて辛くないのか」
「なんつーか、いかにも用意されたような言葉しか喋らなくて、ゲームのキャラみたいだなって思ってたんだよ。羊になって、なんか妙に納得できる部分もあるんだよな」

 なるほどと俺は頷いた。長く付き合っていると、なんとなくその不自然さに気が付くのだ。
 しばらくするとアイリたちが寄って来て挨拶をしていった。それでその日はみんな上の空で授業を受けて終わりだった。そして俺たちの事は、その日のニュースにもなった。
 集団で同じ幻覚を見たという、ありえない事態に誰も合理的な説明はできないようであった。

 こうして俺のゲームは終わったのだ。
 俺は最後に願った言葉について考えながら数日を過ごした。
 俺たちがこの世界に帰って来て4日目の朝、ニュースで太平洋上に島が出来たとやっていた。どうやら俺の願いはこれから叶うらしい。

 俺は地球全土をこの国の植民地にして欲しいと願ったのだ。
 その島は現れるなり、世界中に向かって降伏勧告を発令した。最初に日本とヨーロッパの各国が降伏を宣言して、植民地になることを受け入れた。
 降伏を受け入れずに頑張っていた国もあったが、国連の説得などによって、それほど日が経たないうちに全ての国が降伏を受け入れた。

 なにせ降伏さえすれば、食糧問題はすべて解決し、すべての病人やけが人は魔法でもロストでも治すことが出来るようになるのだ。そして何より寿命以外で死ぬことがなくなる。降伏を受け入れないわけがない。
 そして俺は名前も知らないゲームの国だった王都に招かれて、その地を訪れた。

 勇者として呼ばれていたクラスメイトや街の人はすでに招待を受けて島に滞在している。
 すべての国が降伏を受け入れた時から、俺には大英雄の称号も戻り、アイスダガーと念じれば氷の塊を飛ばせる力も戻っていた。しかし、前のようにゲーム的なものじゃなくて、本当に氷の塊が飛び出して簡単に消えたりはしない。

 これで世界平和というクレアの望みも、ゲームの世界に暮らしたいという俺の望みも、おおむねのところ叶ったことになる。
 俺はこの国の姫様にも気に入られているので、俺が世界を支配する王様になる日もそう遠くはないだろう。
 あと一つ足りないのは、あのギルドメンバーたちの存在を手に入れることである。

 それを手に入れたら、本当に俺の望みがかなったことになる。
 この国は一夫多妻でもなんでも、結婚に関して特に決まりはない。
 だから全員俺の妾にでもしてしまえば、また楽しい生活が戻ってくるはずだ。都合のいいことに、彼女たちは愛人にするには申し分のないメンバーである。

 彼女たち、特にクレアなどは多少の抵抗をするだろうが、俺はゲームに関しては隙のない男である。もちろんギャルゲーに関しても、軽く有段者と言えるくらいの知識と経験を兼ね備えているのだ。
 俺くらいのテクニックがあれば、あの程度の女を5人ばかり落とすくらいは、わけのないことであると疑う余地もなかった。

 さっそくクレアあたりから落としてやろうと、俺は彼女たちが滞在しているであろうあのギルドハウスに向かって意気揚々と歩き始めた。
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