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魔王
しおりを挟む洞窟はどこにあるんだと歩き続けること一日、ボスを5体以上倒しながらやっとの思いで洞窟の入り口を見つけた。誰がどう見たってこれが入り口であろうという、悪魔の顔のような岩があって、その口のところから、魔王の洞窟に続いているであろう階段が下に伸びていた。
森の中はもう真っ暗で、時間的には夜の6時くらいといったところだろうか。
「どうするのよ。今日はもう帰りたいわ」
悪魔岩の口を覗き込んでいたアイリが、こちらを振り返って言った。魔法をいくつか覚えたので、言葉ほど不機嫌な様子はない。
「だけどよー。ここで帰ったら、明日もまた一日中森の中を歩くことになるんじゃないのかぁ。そんなの嫌だぜー」
森からの脱出は簡単に出来るだろうが、森の中がテレポートできない地域になっているので、一度出てしまえばまた同じ道を歩いて来なければならなくなる。
まさか洞窟の入り口を探すのにキャンプするための道具が必要になるなど、夢にも思わなかった。だから泊まるような道具も何も持ってきていない。
「リカ、ちょっとこの先だけ見て来てくれないか」
「了解」
せっかくここまで来たのだから、階段の先に何があるのかは見ておきたい。いきなり魔王がいてくれたら、それで用事は済ませられるのだ。
そんなことを考えていたら、5分もしないうちにリカが戻ってきた。
「大丈夫、来て」
「なにがあったんだよ」
「いいから来て」
不明瞭なことしか言わないリカについて階段を降りると、赤紫のフィルターでもかかったような世界が広がっていた。薄気味悪いことこの上ない景色だ。
天井は真っ赤に染まり、変な形の木がそこらじゅうに生えている。地名が表示されるところには魔界の入り口と書かれていた。
不意にアイリがテレポートの魔法を使って、俺たちは3メートルほど後ろに移動した。
「ここはテレポートが使えるみたいよ。よかったわ。今日はもう帰りましょう」
「ははっ、よかったなー。また歩くことになるのかと思ったぜ」
俺たちはリコールスクロールを使って街に帰った。
ボスから装備とゴールドが大量に出ているので、自分たちで使えないものは全てリカに渡して売ってもらうことにする。
市場をみんなで歩いていたら、周りの視線に気まずそうな顔をしていたクレアが顔を上げた。
「ねえ、こんなふうに周りから変な視線を向けられていて、よく平気でいられるわね」
「もう慣れたよ」
「ハーレム豆電球って、もしかしてユウサクの事じゃないかしら」
と、アイリが俺の顔を覗き込んだ。
「もしかしなくても俺の事だろ」
「私がユウサクのハーレムメンバーだと、噂されているってことで間違いないわね」
アイリの顔に不機嫌の色が射してきて、噂されている内容に不満を募らせているのは明らかだ。現に、周りから聞こえるひそひそ声の中にはアイリという単語が含まれているのが聞き取れる。
「どうして馬鹿にされて平気でいられるのよ。私はアイリがユウサクのおもちゃみたいに言われているだけで腹が立つわ。悔しくはないの」
俺がアイリにどんなプレイをしているのかと噂する周りの声がクレアの耳に入ったらしい。そのことに腹を立てたクレアは、今にも周りに抗議活動を始めそうな勢いである。
二人が今にも不満を爆発させそうだったから、俺は説得を試みることにした。
この二人が不機嫌になると、決まって俺にとばっちりが飛んでくるのだから、なんとか機嫌を直してもらうよりほかにない。
「そりゃあ俺と一緒にやってたら、悪評の一つくらいは立つよ。でも、そんなのしょうがないだろ。俺は好き勝手にやってるんだからさ。お前もつまらないことを気にするのはやめて、好きに生きろよ。周りの馬鹿どもは、馬鹿として生まれた天命をまっとうしようとしているだけなんだ。実に自然なことだよ。自然ってのはな、ありのままが一番美しいんだぜ。言わせておけばいいじゃないか。どうして蝶々の羽化を見守るような気持で聞いてられないんだよ。黙らせようなんて思うんじゃないぞ。自然のありのままの姿に手を加えようなんて、傲慢が過ぎるってもんだからな」
俺の言葉が届いているのかいないのか、アイリとクレアは機嫌の悪そうな顔で俺のことを睨んでいるだけだ。
「あの黒髪の子の方は、アナルを開発されつくしているに違いないぜ。胸はないけど尻はいいもんな。畜生、うらやましいぜ」
「俺なら金髪の方の手足を縛って……」
無神経な話し声が聞こえてきて、俺たちを包む空気はなんとも気まずいものになった。クレアは顔を引きつらせているし、アイリは青ざめたような顔をしている。
うーむ、なんと言って機嫌を直してもらうのがいいだろうか。
「それにしても豆電球って奴は、こんなにスカした男だったんだな。馬鹿みたいに全身を光らせてやがるぜ。あれで恥ずかしくねーのかよ。よく、こんな男によくあれだけの美女が集まるもんだ」
「おい! 噂話は聞こえないようにやれ! 次に聞こえたらぶっころすぞ!」
俺が魔剣を片手に怒鳴ったら、噂話をしていた奴らは蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げて行った。いきり立った俺に冷たい声が投げかけられる。
「蝶々を見守るような気持はどうしたの」
「リカもなかなかの嫌味が言えるようになってきたな」
クレアもアイリも青い顔して黙っているから、わざわざリカが俺の言動にケチをつけてきた。ワカナとモーレットだけは難を逃れて、平気な顔で歩いている。
そもそもモーレットは俺よりも悪名高いので、陰口など叩かれることはない。
リカはわざわざスキルを使って影の中に潜ってまで、周りからの視線を外している。
「ちんちくりんと、阿呆と、陰湿」
「なんだよ、それ」
「いや、お前らも悪口を言われないと不公平かなと思ってさ」
「ちんちくりん……?」
足元の陰の中からリカのつぶやく声がした。
「まあ、お前を評したら、その言葉が一番当てはまるだろ」
すこんと音がして俺の後頭部に手裏剣が刺さった。パーティーに入っているので、痛みもダメージもない。
「なら私が陰湿なのかな。そんな風に思ってたんだね。ひどい話だよ」
「そんなに怒るなよ。本当の事だろ」
「じゃあアタシがアホかよ! ひでーぞ!」
「ユウサク君が悪口を言われるのは日ごろの行いだよ。私たちのせいにするのはおかしいよ」
一緒に歩いているだけでやっかまれるほど美人なのが悪いだろうに、それはもうこいつらのせいだと思うのだが、つけ上がらせるだけなのでそんなことは言わない。
外食するような空気でもなかったので、俺たちはそのままギルドハウスに帰って晩飯を食べた。
そして、風呂の順番を待つ間にテレビを見ていたら、さっきの外野の声が何となく思い出された。たしかに、そんな方法もあるよなあ、そんな方法なら妊娠しないよなあ、と思いながらクレアのケツを眺めていたら、それを見とがめられて心底軽蔑した目で睨まれてしまった。
「最低よ」
俺は視線をテレビに戻すと、つとめて冷静な声で言った。
「いや、俺はそういう特殊プレイには興味ないよ」
言った後でしまったと思ったが時すでに遅く、クレアは青い顔をして俺から離れて行った。
俺が尻を眺めていたことに対して、クレアは最低と言ったのだ。まさか変なプレイを想像していたとは思わなかっただろうに、わざわざそんなことをバラしてしまった。
そのやり取りを見ていたアイリたちまで、俺に冷たい視線を浴びせてくる始末だ。
「俺にだって気の迷いくらいあるんだよ。仕方ないだろうが。ふと馬鹿どもの言葉を思い出しただけだ。そんな目で見られるいわれはないぞ」
そう弁解してみたが、アイリたちは俺の言葉を理解しようともせず、ただただ冷たい視線を向けてくるのみだった。
このギルドハウスも居心地が悪くなってきたものである。そんな扱いを受けていると、魔王なんてさっさと倒して、もとの世界に帰りたくなってくる。
俺は明日のために早めに寝てしまうことにして、自分のベッドに潜り込んだ。
次の日は朝から魔界の攻略である。攻略と言っても朝から昼まで歩いても魔王の姿は見えてこない。魔王どころかモンスターの一つも現れない。
魔界だというのに、下手な地上よりもよっぽど安全なところである。
昼飯を食べてしばらく歩いたら神殿のようなものが見えてきた。大きな入り口が正面に一つある。とっさにパルテノン神殿という言葉が出てくるような建物だ。
中を覗くと大きなコウモリに尻尾が付いたようなモンスターが中央に鎮座している。視点を合わせていると『魔王』と表示された。
ひねりがないにもほどがある。
「やっと見つけたわね。早く用事を済ませましょう」
「まて、アイリ」
「なによ。ここまで着て、なにを怖気づいてるの」
俺自身なんでアイリを止めたのかわからなかったが、しばらくしてこの世界に未練のようなものがあるのだと気が付いた。
ゲーム自体は攻略しつくして、もはや遊んだり考えたりする余地は残っていないように思える。それなのに何故かこの世界から離れたくないと思っているのだ。
その感情の原因はわからないが、ここまで来たらもう行くしかないのだろう。ぐずぐずしていたら願いをかなえる権利をみすみす誰かに譲り渡すことになる。
ならばもう迷っている暇などないはずだ。
「心の準備は出来たかしら」
この世界に何の愛着も感じてないかのようなアイリの冷たい態度に急かされて、俺は仕方なく頷いた。どうして、こいつはこんなにも心まで凍りついているのだろうか。
これだけ、この世界で冒険してきたのだから、猫だってもう少し愛着を持ちそうなものだ。
「それじゃ行くか。これで倒しきるつもりでやるんだぞ」
俺の言葉に5人は神妙な顔で頷いた。
俺が顎をしゃくって合図すると、クレアは一気に神殿内の魔王に向かって走り寄った。振り上げた剣でメイヘムを使い、掲げ上げた剣をそのまま魔王の腹をめがけて振り下ろす。
クレアの剣は魔王に浅く刺さって、わずかな血を流れさせた。
どうやらダメージを与える部分において、何らかのギミックが用意されているような感じではない。普段通りのクレアのダメージ量といったところだ。
俺はクレアの隣に駆け寄って、あいさつ代わりのデストラクションを魔王に放った。俺の攻撃は魔王の上腕二頭筋あたりに当たって、そこに亀裂が走り、青黒い血が噴き出した。
なんとなく行けそうな雰囲気を感じる。
その後放たれた、アイリの単体攻撃魔法もしっかりとダメージを与えたエフェクトが出たし、敵の裏に回ったリカも手裏剣でダメージを与えている。
そして、モーレットの攻撃によるダメージエフェクトも十分な効果があることを俺たちに伝えていた。
そこにきて、ここまでやられるがままだった魔王が動いた。
魔王の突きだされた右腕から、氷を含んだ吹雪が放たれる。
俺こそ大したダメージを受けてないが、リカを除いた後衛はHPを3割ほど持っていかれ、しかも体を凍りに氷に包まれて移動阻害のデバフが付いた。
しかし、このパーティーは機動力を生かして戦うような聖騎士を中心とするパーティーではない。
リカに移動阻害のデバフが付いていないのなら、何の問題もないはずだ。
魔王は拳を青白く光らせて、格闘家のスキルに似た何かを発動させてクレアに殴りかかってきた。
一発二発と攻撃を受けたところで、ワカナのフルヒーリングがクレアにかけられた。
一発でクレアのHPは半分近くも吹き飛ばされていたので、ワカナもよく反応できたものである。しかし、魔王の攻撃はそれで終わらずに、さらにクレアを追撃しようとする。
次の一発の後に、ワカナはグレーターヒーリングをクレアに使った。いくら知力に全振りしたワカナでも、クレアのふざけたHP量を半分以上回復できるのはこの魔法までである。
次の一発に合わせて、ワカナがフルヒーリングオールを使い、連続してグレーターヒーリングオールも使った。これで俺たちはクレアを回復する手段をほぼ失ったことになる。
クレアのHPは1800かそこらである。だから一撃で800以上のダメージを受けている計算になった。このHPを回復できるのはワカナでも二つの魔法しかない。
「もう回復がないよ!」
次はもう完全回復できないことを悟ってワカナが叫んだ。
クレアは魔王から次の攻撃を受ける時に、カウンター気味にチェインリーシュで魔王を縛った。そのまま転げるようにして魔王から距離をとった。
しかし、クレアによって地面に縛られた魔王は、間髪入れずに自分自身に対してデスペルの魔法を使った。
鎖から解放された魔王は、まだクレアに狙いを定めて襲い掛かる。
この間、俺とモーレットは攻撃を入れ続けているが、そんなもの意に介さずに魔王は前進を止めない。
自信のデスペルによって、魔王の拳を覆っていた青白い光は消えていた。
その間にワカナは持ち得るすべての回復魔法をクレアに使って、なんとかHPを9割くらいまで戻している。
しかし、通常の拳に戻った魔王の攻撃は、特殊称号持ちであるクレアに対してもしっかりとダメージを入れてきた。
ガンガン削れていくクレアのHPにアイリも回復魔法を使ったが、アイリの魔法ではクレアのHP量に対して効果が弱すぎた。
俺は有効なアドバイスも思い浮かばずに、ただクレアのHPが消えていくのを見ているしかできなかった。
そして、とうとうクレアのHPは三分の一を下回った。
クレアにHP回復ポーションを使いながら、これはもう逃げるしかないだろうなと、俺の中では結論が出ていた。しかし、クレアでも大した時間は稼げないだろうし、リカでも移動阻害にやられて時間稼ぎは無理だろう。
そんな俺の敗北感をよそに、魔王は多段フレアのようなモーションに入った。しかし、今回のターゲットはワカナではなくクレアである。
あくまでも正攻法で、俺の作ったパーティーを崩しに来るつもりらしい。
いくらクレアでも、ここで魔法攻撃など食らえばイチコロである。
もはや回復手段を持たないワカナは、やぶれかぶれにリザレクションの詠唱に入った。それを見てモーレットはクレアに対してリプレースポジションを使い、立ち位置を入れ替えた。
俺はやめろと叫びたかったが、叫んだところで結果が変わらないことはわかっていた。
魔王の目の前でクレアに入れ替わったモーレットは、多段フレアを受けて戦闘不能状態に陥る。当然ながら魔王の通常攻撃が届く範囲にいるのだから、ワカナのリザレクションは間に合わずに、モーレットは魔王の攻撃を受けて光の粒子となった。
それを見てクレアが激情を爆発させる。
「こ、こんのっ!」
「やめろ、クレア!」
俺のアドバイスむなしく、クレアは魔王に突っ込んでいって光の粒子に変えられてしまった。
クレアをロストさせた魔王が次にとった行動は、翼で上に飛び上がり、リカを含む俺たち全員に移動阻害魔法をかけることだった。
そしてリカに向かって、今度はメテオの魔法を使ってきた。
俺は詠唱をやめさせようと、持っていた詠唱阻害付きのナイフを引き抜いて飛びかかろうとした。しかし、このゲームではモンスターの使う魔法に詠唱などない。そもそも魔法扱いですらないだろう。だから俺の行動など、はなから何の意味も持たないし、間に合いもしなかった。
メテオは凍りついたリカの上に落とされて、リカは一撃で戦闘不能状態にされた。行かせまいと尻尾に飛びついた俺を引きずりながら、魔王はリカにとどめの攻撃を入れる。
ここまでくればもう時間稼ぎの手段すら残されていない。
魔王に振り払われた俺は、切り札で持っていた最高級の回復ポーションを自分に使った。
その間に魔王はアイリに続いてワカナまでも光の粒子に変えてしまった。
残された俺はMP回復ポーションを自分に使った。そしてエンフォースドッジのスキルを発動させる。
魔王の攻撃はクレアのダメージ軽減ですら受けられないのだから、残された道は回避で受けるだけであろうという考えからだ。
だから攻撃を食らうために、わざと使っていなかった回避魔法を自身に使ったのだ。こいつはリバイバルからのデストラクション対策のためか、俺にだけは攻撃をしてこなかった。
だから、回避でどれほど戦えるのか試してみたかったのだ。
やっと俺を攻撃する気になったらしい魔王が、こちらに飛びかかってくる。とてつもないスピードだが、攻撃を当てられないほどじゃない。
剣を振り下ろすと、サンドバッグを木刀で叩いたような心地よい手ごたえが伝わってくる。
そして魔王の攻撃によって強制的な回避が起きた証である加速感が体を襲った。
魔王の攻撃モーションが早すぎて、風に舞う木の葉のように俺の体は左右に振れた。
俺はもう一度剣を振り下ろしたが、その攻撃が当たったところで同時に魔王の攻撃を受けた。せっかく回復したHPもその一撃だけで消し飛んで、俺は地面に倒れることになった。
そして倒れてしまっては回避など起こるはずもなく、俺は教会に飛ばされることとなった。
見たことのない教会で尻もちをついた俺に、懐かしの白い服が被せられた。ここはいったいどこの教会だろうか。セルッカ以外の教会でも、この服が配られているらしい。
「あんなの倒せるわけないじゃない。もうずっとこの世界から帰れないんだわ!」
アイリの涙にぬれた叫び声が聞こえて、俺はさっきの戦いを思い返した。
たしかに、あれは俺たちだけで倒せるようなものでもない。しかし、どれだけ人数を集めてもあれは倒せないんじゃないかという気がする。
俺たちがランクを尋常ではないほど上げれば可能かもしれないが、回復魔法の手数と相手の攻撃力のバランスが崩れているようにも思える。
どう考えても正攻法でなんとかするような相手じゃないだろう。
俺が途方に暮れていると、俺を見ていたワカナが不意に呟いた。
「ねえ、ユウサク君の称号がなんか変だよ」
言われて急いでステータス画面を開くと、それまで『歩み始めた冒険者』と表示されていた部分に『神託の大英雄』と表示されていた。
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