36 / 59
下見
しおりを挟む普段は品川や船橋、赤羽の入り口を使っているチームが新宿までやってきた。
そこで初顔合わせとなる自衛隊メンバーとともにダンジョンに入った。
蘭華と有坂さんは、すでに4人ずつ引き連れてダンジョンに入っている。
俺も一直線にゴーレムを目指したが、すでに蘭華と有坂さんに狩りつくされていたので、コボルトを目指した。
魔法を使ってくる相手だが、敵の数にも限りがあるから仕方ない。
「自分たちがダメージを受けても気にしないでください。超回復がありますから」
そう言ったのは山田さんだった。
俺はその超回復とかいう言葉を聞いたことがない。
最近はネットもやってないし、情報を得ていないのだ。
「なんですそれは」
「知りませんか。レベルが上がると、霊力を使って素早く回復できるようになるアレをそう呼んでいるんですよ」
そんなことが出来たのかと思いながら話を聞いた。
できれば使ってほしくないが、それは無理な相談だろう。
加護から得られる自然回復は、かなり時間がかかるので休憩が必要になる。
俺は1チームにつき2回、計4回もダンジョンに入ることになってしまった。
さすがにパワーレベルリングであっても、そんなことをしていれば自分の魔光受量値も4千を超えてしまう。
筋斗雲で簡単に裏庭ダンジョンに行けるようになったのに、まったく手が付けられなかった。
ゴーレムとコボルトを一日に千体以上は倒しただろうか。
参加者のほとんどは、1万を超えるところまで霊力が上がった。
驚いたことに山口さんまでも探索組で、霊力を1万5千まで上げている。
そして山口さんが陰で、探索組のアイドルと噂されていることまで知ってしまった。
どこにアイドル要素があるのかわからない。
どちらかと言えば近寄りがたいオーラを放っている。
相原と桜も無事に霊力2万を超えた。
俺は5万を超えて、蘭華と有坂さんも二万半ばまで届きそうだ。
格下狩りでは上がりにくいはずだが、あまりに倒した数が多すぎて上がったようだった。
魔光受量値を下げるため二日ほど買い出しや準備で消費して、特にお菓子などの間食を革で包んだものを作ったりしていた。
立ち入り禁止区域の周囲では、ほとんどの店が閉まっていて、買い出しなどができるのは初日のみだと言われている。
決行日前日、国が費用を出してくれた飛行機に乗って北海道に向かう。
まるで戦地に向かう兵士のような気分だ。
空の上ではアイテムボックスの使用と喧嘩は厳禁であると言い渡されている。
どちらも墜落の危険性があるから、誰もそれを破らなかった。
俺は誰かが飛行機を壊して、墜落するんじゃないかと思って青くなっていた。
誤って壁を壊すくらいは誰にでもあることだ。
蘭華はそんな間抜けはいないでしょと笑っていて、その言葉に俺は傷ついた。
飛行機から降りると、少し肌寒さを感じる。
東京ではまだむわっとした暑さがまだ残っているのに、こっちはもう秋になったようだ。
「なあ、佐伯はうちで預かれないか」
空港のロビーで京野がそんなことを言ってくる。
「無理だよ」
あそこまで育て上げるのに、どれだけ労したか。
そんな話には耳を傾ける気にもなれない。
「あの有坂ってのはロビンフットだろ。いつの間にスカウトしたんだ」
「講習会で席が隣だったんだ」
京野はへらへらと笑っていて、その緊張感のなさに怖くなる。
北海道の開けた大地でオークと戦い、背丈がビルほどもある怪物までいるというのに何も感じないのだろうか。
ガラス窓は曇っていて、外は寒そうだった。
「ビビってんのかよ」
「まあな。少し怖いよ」
「お前がそんな調子じゃ、こっちまで怖くなってくる」
そんなことを笑いながら言っているから説得力がない。
少しは怖がれよと思うが、根本的に楽天家なのだろう。
もしくは俺のように重要な役割を与えられなかったからか。
山口さんから詳細な日時と作戦を知らせるメールが来た時から、俺は変なプレッシャーをずっと感じている。
そこにはトロールと戦う作戦決行日時まで決められていたのだ。
なんでも、俺がヘイトを買って引きずり回す作戦らしい。
「アイツ、あんな調子で大丈夫なのか」
「平気よ。どうせ戦いが始まれば、誰よりも無謀な行動を率先してやり始めるようになるわ。止めたって聞く気もないんだから」
「戦いが始まるまでは、いつもこんな調子なのか」
「どうだったかしらね」
俺に聞こえるところでなにを言ってるんだと思ったが、口は挟まなかった。
無謀ではなく、現実的に考えて敵を倒すしかない場面になったら、それに集中しているだけだ。
「不満そうな顔をしてるぞ」
「あら、不満そうね」
おちょくって遊んでいるだけかと気づいて、俺は無視することに決めた。
これは戦争以外の何物でもないと思うが、なぜか俺以外は遠足気分である。
「飲むかね」
有坂さんがビールを持ってやってきた。
この人も昼間から飲んでいて大概である。
俺は首を振って断った。
かなり飲んでいるのか顔が赤い。
そんなことで、もし明日までアルコールが体に残ったらどうするのだろうか。
「君がそんな調子じゃ、周りも不安になるよ」
「アドレナリンが足りてないんすよ。伊藤さんは。そっとしておいてください」
相原が勝手にそんなことを代弁している。
こいつは周りが女だらけで、有坂さんから離れられずにずっと付きまとっていた。
この中では、俺しか作戦の詳細な概要は知らされていない。
北海道のダンジョンは、日本にある中では最も厩舎に近い入り口である。
一度はそこから攻略したいとも考えたが、距離的に一日ではたどり着けなくて諦めた。
だから北海道の入り口を開放するこの作戦の成否は、俺の選択肢を広げる意味でも他人事ではない。
「空港のそばに知り合いがやってるレンタルバイク屋があるんだ。借りてみないか」
「借りてみないかって、有坂さん酒飲んでるじゃないですか」
それに今はホテルの割り振りを決めている最中で、ロビーから出るなと言われているのだ。
「北海道は道が空いてるから平気だよ」
「いや、俺免許持ってませんよ」
いいからいいからと、有坂さんは俺を連れ出して、本当にバイクを二台借りてしまった。
買い取るのかというくらいの額をバイク屋に渡しているのはなぜだろうか。
飲酒運転をする口止め料かと思っていたら、バイク屋は丁寧に乗り方を教えてくれる。
有坂さんは、事故っても死なないからほどほどでいいよなんて言っている。
かくしてギアを変えるたびにガッコンガッコンと吹き飛ばされそうになりながら、バイクに乗る羽目になってしまった。
有坂さんが前を走っていて、それについていくだけでも精いっぱいだ。
あの空港はオークの砦に近すぎて普段は閉鎖されているような場所だから、下手したら帰れなくなるなんてことがあってもおかしくはない。
なんでこんなことになっているのだと思いながらバイクを走らせた。
バイクのことはよく知らないが、やたらと力があって簡単に百キロ出る。
しばらくして、やっと慣れてきた頃には全身が汗だくになっていた。
なにか通行止めの検問のような場所を越えたと思ったら、有坂さんは本気でスピードを出し始めた。
先ほどまでのノロノロ運転とは違って、本気でスピードを出さないと背中も見えなくなってしまう。
いったい何なのだと思いながら必死でついて行ったら、何もない道の真ん中で急にバイクを止めた。
二百キロ以上出していた俺は、力ずくで止めようとしてブレーキを壊し、止まり切れずに横転して、バイクを捨てながら腕の力だけで飛んで着地した。
バイクは火花を上げながら地面の上を滑っていって、草むらに突っ込んでしまった。
さっきから人通りもなくて、走り出してからここまで、まだ車を一台も見ていない。
こんなところじゃロードサービスも呼べないんじゃないかと不安になる。
辺りは鬱蒼とした森の中だ。―――いや、もとは畑だったのが放棄されたのか、生えている草木の高さが同じになった藪だった。
「なにを考えているんですか」
「来たよ」
有坂さんの指さした先には、でかいイノシシ、ではなく二足歩行のオークがいた。
そのオークは前足を下ろして、こちらに突っ込んできた。
見ればオークの後ろには、砦のように組み上げられた木が遠くに見える。
俺は慌ててヘルメットを投げ捨てると、アイテムボックスから剣を引き抜いて、オークに叩きつけた。
オークはそれで倒したが、その後ろでは森から頭が出るほどのトロールがこちらを向いていた。
いつの間にか、俺たちは砦を見下ろすような位置の丘の上にいたのだ。
立ち入り禁止区域だから車を一台も見なかったし、放棄された大きな畑があるのだ。
有坂さんが放った三本のマジックアローは、トロールにぶつかったところではじけ飛ぶ。
「やはり魔法は効かないようだね」
トロールはでかいが、動きは早くない。
毛むくじゃらの猿のような巨体が、のしのしとこちらに向かって歩いてくる。
当然ながら俺の放ったアイスランスも弾かれた。
こんなものを魔法の引き撃ちで倒すことは出来ない。
だが、剣なら倒せないこともないように感じた。
「下見はこれくらいにしよう。さ、早く後ろに乗って」
有坂さんのバイクの後ろに乗って、俺たちはその場から逃げた。
途中で道を歩いていたオークの魔弾を食らって、有坂さんのバイクも粉々になり、俺たちは筋斗雲に乗ってその場から去った。
追われないように、上に高く上がってから逃げたので、空港の方までやってくることはないだろう。
何考えてんですかと憤る俺の前で、まずは敵を知ることさと言って有坂さんは笑っている。
下見などしなくても、自衛隊の撮影した映像がテレビで何度も流れているのにだ。
それでも、いつの間にか最初に感じていたような不安はなくなっていた。
人間は詳細のわからないものに対して、不安や恐怖を感じるのだ。
トロールの詳細を知ってしまえば、今まで倒してきたモンスターがでかくなっただけに過ぎないと思えるようになっていた。
10
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
追放された荷物持ち、【分解】と【再構築】で万物創造師になる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーから「足手まとい」と捨てられた荷物持ちのベルク。しかし、彼が持つ外れスキル【分解】と【再構築】は、万物を意のままに創り変える「神の御業」だった!
覚醒した彼は、虐げられていた聖女ルナを救い、辺境で悠々自適なスローライフを開始する。壊れた伝説の剣を直し、ゴミから最強装備を量産し、やがて彼は世界を救う英雄へ。
一方、彼を捨てた勇者たちは没落の一途を辿り……。
最強の職人が送る、痛快な大逆転&ざまぁファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる