裏庭ダンジョン

塔ノ沢渓一

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護衛

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 愚連隊と戦いを始めた時、俺以外は身構えただけで誰も動けなかった。
 あたりまえだが、心構えができていなかったのだろう。
 そうなると相手は荒事になれた奴らだから、俺がなんとかしないとまずいことになる。

 話し合いなど、まったく通じない狂人というのはいる。
 そんな奴に命を狙われた経験がある俺としては、嫌というほどそれがわかっていた。
 そういう奴はためらったりもしないし、完全に無防備な背中を狙ってくる。

 そうなれば実力など無意味で、心構えと事前準備がものをいう。
 俺が愚連隊に対抗できると周囲に知られてしまってから、ボディーガードや警備の依頼などがやたらと来るようになってしまった。
 探索協会を通してやってくるメール通知だけで、一日中携帯が着信音を鳴らしている。

 その中に、断れない依頼が一通来ていた。
 休日になって、桜が外を出歩くのが怖いと言い出したという相原からのメールだ。
 イベントに行くという相原に代わって、俺が一緒に買い物に付き合うことになってしまった。

 渋谷という初めて訪れる街で待ち合わせ、一通りの買い物を済ませて、ファミレスで昼ご飯を食べていると、桜がぽつりと言った。

「あの、私は蘭華さんに謝った方がいいのではないかと思います。伊藤さんにとっては昔のことかもしれませんけど、フラれた蘭華さんは深く傷ついたはずですよ。これはあくまでも私の予想なんですけどね」

 桜は遠回りな言い方でそんなことを言ってきた。
 なんだかメンバーと一緒にいると、いつもその話をされているような気がする。

「有坂さんたちに何か言われたのか。あんなの面白がってるだけだぞ」

「そうじゃありません。誰だって好きな人に裏切られたら傷つきます」

「好きな人? 俺たちは試しに付き合ってみることにしただけだよ。それでダメだったんだから、しょうがないだろ。裏切ったとか、ふったとかいう話でもないぞ」

「お、女の人は好きでもない人に、付き合ってみようなんて言いません!」

 桜の勢いに押されて、俺は少し鼻白んだ。

「いや、それでもさ、上手く行かなかったんだからさ。しょうがないだろ」

「それで連絡を絶つなんて酷いですよ。少しくらい追いかけてもいいじゃないですか。その時、蘭華さんは裏切られたような気持ちだったと思いますよ」

 蘭華の奴は、どこまで桜に喋っているのだろうか。
 そんな話は俺から周りにしたことはない。

「その割りには、普通に再会したけどな。確かに少し怒ってたけどさ」

「きっと、まだ伊藤さんのことを諦めきれなかったんですね。だって、ダンジョンに入るのなんて命がけですよ。そこまでして追いかけてきてくれた蘭華さんの気持ちをわかってあげてもいいじゃないですか。伊藤さんはその気持ちに応える義務があると思います!」

 ヒートアップしてきた桜に、相原の面影が見えたような気がした。
 しかし、言っている内容は、お花畑ワールドを展開しているようにしか思えない。
 それでもこれほどの気迫で言われると、そうなのかもという気がしてくるから不思議だ。

「だけど桜だって、危険なダンジョンに入ってるだろ。蘭華も流行りに流されてるだけなんじゃないのか」

「そんなわけないじゃないですか。放っておけばお兄ちゃんは勝手に死にます。伊藤さんも放っておけば死ぬタイプです。普通は心配しますよ」

「酷い言われようだな」

 いいかげん、こんな話ばかり聞かされるのも嫌になってきたので、白黒つけてやろうという気になってくる。
 ホテルに帰ってくると、蘭華は俺の部屋でテレビを見ていた。
 隣に座って一緒にテレビを見始めるが、ちっとも面白くない。

 それで言いだそうと思っていたら、なんとなく恥ずかしくて、結局夜になっても言葉が出てこなかった。
 そろそろ裏庭ダンジョンに向かわなければ、朝までに着くことができなくなってくる。

 しかし蘭華は魔力酔いも弱くなって、深夜になっても元気なままだった。
 俺が払うと思って、高いルームサービスまで使っている。
 さすがに時間が押し迫ってきて、もう言うしかないかと腹を決めた。

「あのさ、周りがうるさいんだよな。蘭華がまだ俺に気があるってさ」

 顔を上げると、蘭華がこれまで見たこともないような冷たい視線で俺のことを見ていた。
 それまでの和やかな感じは吹き飛んで、空気が張り詰めたのがわかる。

「さ、桜ちゃんがそんなことまで言ったの」
「いや、桜だけじゃなくて全員がだよ。だからさ、寄りを戻したってことにしておいてくれないか。そんな話ばかり聞かされるの嫌だしさ」

 あまりの雰囲気の変わりようにたじろいで、話の方向性がずれてしまった。
 蘭華はそうなのと言って、少し考えるそぶりを見せた。
 これだけレベルを上げた俺ですら殺気を放つなんて芸当は獲得していない。

 それを、俺よりもレベルの低い蘭華が会得しているというのが気に入らない。
 今のは本気で殺されるかもしれないと感じるレベルの殺気だった。
 これまでマンガでしか見たことのないスキルである。

「別にいいわよ。恋人のふりをするくらいね。それにしても、剣治がそんなめんどくさい提案をしてくるなんて珍しいじゃない。私がわがまま言っても、めんどくさいからってはいはい言ってるような男のくせにね」

「それがわかってるなら、わがまま言うのをやめろよ」
「それは無理な相談よ」

 そう言って蘭華が俺に寄りかかってくる。

「重たいよ」
「これも練習のうちよ」

 なんの練習だかわからない。
 俺は口裏を合わせてくれることしか頼んでいないのだ。

「さっきのスキルはどこで手に入れたんだ」
「なんのことかしら」
「殺気を放つ奴だよ。マジで肝が冷えたぞ」
「殺気なんて放ってないわ。子供みたいなこと言ってるわよ。私の恋人を気取りたいなら、もう少し大人の雰囲気を心掛けなさい」

 もともと微妙だった関係が、さらに微妙なものになった気しかしないが、面倒になったので、もうこれでいいやと考えることにした。



 電車を使って裏庭ダンジョンを往復し、夜になって帰ってきた。
 オークゾンビの奥には、鎌を持った死神のような敵がいたので、今回はそれも倒してきている。
 その奥にいた杖を持った方は、やたらと強い雷の魔法を使ってきたので、クリスタルを消費しなければ倒せそうになかったから、今回は見送ることにした。

「どこに行ってきたのよ」
「ほら、やるよ」

 俺は言い訳がわりに、庭の金の成る木に生えていた金の実を投げる。

「これは、みんなで出したものだから、私だけがもらえないわよ。後で換金しておくわね」

 どんぐりほどもない小さな奴なのに律儀な奴だ。
 朝になるとロビーに山本からの小包が届いていた。
 ライトの魔法が二つと、索敵の石が一つだ。

 二つも頼んでないのに、値段を問わずに買うなんて言ってしまったから無理やり売りつけられてしまったのだろう。
 問題は光源をどうするかだが、前にあると逆光になって見えない恐れもあるから蘭華に持たせるというのはない。

 後衛の二人に持たせるか、広く照らすために相原と桜に持たせるかだ。
 皆に相談すると相原と桜でいいという事になった。
 有坂さんは光源を持たせるには動きすぎる。

「本当に寄りを戻したんですか」
「そうだよ」
「その割りには変化が感じられませんね。デレた佐伯さんを見るのも、楽しみの一つにしてたのですが」

 相原のくせに鋭いこと言う。
 そんなことはもうどうでもいいだろと言いたくなるがそうもいかない。

「確かに、そんな雰囲気には見えないね」
「そんなことないわ。私たちはうまくやってるわよ」

 そう言って、蘭華が抱きついてきた。
 俺も合わせておこうと思って、腰に手を回したら思いきり尻をつねられた。

「へー、そんな感じなんですね」
「よかったですね」

 茶番が終わったところで、俺は気持ちを切り替えてダンジョンに入る。
 問題はトラップをどう回避するかである。
 俺の猫目には、トラップを見破る力もあるはずなのだが使い方がわからない。

 瞳孔を開くだけじゃなくて、動く物にも視点が合いやすくなる。
 図書館の知識を調べても、具体的なことは何も書かれていなかった。

「高い魔法まで買ったのに、敵が見つけられなかったらと思うと、結構なプレッシャーになるね」
「きっと伊藤さんが、ミラクルラブパワーでなんとかしてくれますよ」

 相原の一言に、その場の空気が凍りついた。

「……本当に馬鹿なのね」
「お兄ちゃん、それ恥ずかしい」
「そんなことないだろ。何が恥ずかしいんだよ」
「お兄ちゃんは、変なアニメの影響を受けすぎなのよ」

 なんの嫌がらせだという会話である。
 寄りを戻したなんて言わなければよかったと、一瞬で後悔させてくれる相原はさすがだ。
 俺は猫目で何が見えるようになっているのか確かめながら歩いているのだが、敵が現れると急激に視界が明るくなった。

「その眼はなんなのよ。怖いわよ」
「そういうスキルなんだよ」

 たぶん驚いたり闘争心を燃やしたりという感情に連動しているのだろう。
 つまり普段は力を発揮してないわけだから、力を発揮するのは罠が発動してからという事になる。
 どうやら期待していたような能力ではなく、あくまでも回避能力であるようだ。

 これで罠を見つけようと思ったら、自分でかかってみるしかない。


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