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カマキリ
しおりを挟む相原が頭上に掲げたライトの魔法は、煌々とダンジョン内を照らし出した。
桜も同じものを頭上に掲げる。
二本の影が足元に伸びるが、照らされる範囲は格段に広くなった。
ずっと猫目を使ってきたから気が付かなかったが、肉眼で見てみると、三層は空間が広すぎて天井にある石の光が地面まで届いていなかった。
ライトの魔法で照らしても、光の届かない場所はただの黒にしか見えない。
ほんのり光る地面だけが頼りだ。
「よくこんな暗いところで戦ってたよな」
「ほとんとよ。ただ剣治について行くだけだったもの。おかしいと思ったわ。剣治だけは見えていたのね」
「お前はどうして落とし穴に引っかからないんだ」
「落とし穴があるところは、周りよりも強く光ってるもの。変なスキルに頼りすぎなのよ」
つまり普段は猫目を使っても、瞳孔は開かないようにしなければならない。
もし罠にかかったら、焦ったりする感情によってスキルを発動させるのが本来の正しい使い方なのだ。
今までは強制的に半起動状態で使っていたが、それが間違いだった。
「粘着液は見えないんだろ」
「見えるわけないでしょ。だから、あまり着地しないようにすればいいのよ」
俺にはそんなこと出来ない。
つまり、戦闘前に罠の位置は確認しておいて、記憶で戦えばいいということだ。
有坂さんが蟻を倒せないなら、相原には遠くから槍で攻撃してもらうしかない。
そう思って相原の方を見たら、変な顔をこちらに向けていた。
「なに見てるんだ」
「いや、ラブが感じられないなと思いまして……」
「真面目にやらないと命に関わるぞ」
「有坂さん、今日は大丈夫なんでしょうね。これでだめなら救いようがないポンコツですよ。さすがの僕でも、死因が有坂さんの老眼とかになるのはごめんですからね」
「こんなに明るければ、きっと私にも敵の位置がわかるよ」
あまり信用にならない有坂さんの安請け合いである。
「僕の立ち位置は、有坂さんに命を握られているようなことが多くて嫌になりますね」
「だけど相原君はまだ生かされているじゃないか。私もなかなか捨てたもんじゃないはずだよ」
「まあ、気張らずにほどほどで頑張ってくださいよ。いざという時になって急にお迎えが来たら、周りも迷惑しますからね。地上にいる時にポックリ逝ってもらわないと困りますよ」
「その時は相原君に喪主でもやってもらおうか。死体も残らないだろうからね」
たわいない話をしながらもストーンゴーレムゾーンを抜けた。
最近では二層も混みあってきて、三層までは敵とも会わずに割と簡単に抜けることができる。
相変わらず周りには大きな石柱が立ち並んでいる。
こうやってみると、街並みのようなものなのかなという気がしてきた。
星間移民計画でも考えていたのか。
その割りに宝物などは他星を開発するために持ってこられたものとは思えない。
まるでダンジョンに引き寄せるための誘引剤のようだ。
そんなことを考えているうちに、地面の放つ淡い光がこんもりと盛り上がったみたいに見える場所を見つけた。
わざと振動を地面に響かせるように、魔剣を引きずってその場所までやってくる。
穴はあくまでも入口だから、どっちに飛び出すかわからない。
地面が割れて蜘蛛が飛び出してきた瞬間に、猫目によって影の動きをとらえた。
次の瞬間には頭と胴体の切り離された蜘蛛が宙を舞っていた。
それが地面に落ちたところで、黒い炭になって崩れ去る。
「よく今のスピードに反応できるわね。ナイフもないのに」
「それが、この眼の能力だよ」
「そんな眼で見られたら心臓に悪いわ」
蘭華が持っているナイフは、鞘から引き抜いた瞬間から、まるで水の中を歩くみたいに体が重くなるが、猫目にはそんな感覚がない。
むしろ思考の追い付く余地がないから、勘だけで思い切りよく反応する感じだ。
「なにか崩れかけた建物のようなものがありますよ」
裏庭ダンジョンにもあった、神殿のように見える建物だ。
崩れていて、瓦礫の山のようになっている。
「危険そうね。どうするのよ」
蘭華の言う通り、瓦礫の間に見える地面はそこかしこで光が強くなっている。
考えても仕方ないから、突っ込んでみるしかないだろう。
「蘭華だけついて来いよ。罠を発動させるからな」
「ちょっと待ってくれるかな。今回は私にも見えたよ」
有坂さんが残った柱に上っていき、柱の上に巣くっている蟻に魔法を撃ち始めた。
ひとしきり撃ち終わったところで、俺と蘭華で瓦礫の中に足を踏み入れる。
光が強くなっている一帯から、どんな大物が出てくるのかと思ったら、蜘蛛が山ほど飛び出してくきた。
それを俺と蘭華の二人で切り捨てる。
ネットを吐き出す前に倒してしまえば、とくに手こずるような敵じゃない。
瓦礫の陰に隠れていた蟻が、粘着液を吐いてきたが、それは蘭華の作り出した分身に向かって吐き出されただけだった。
「やばそうなのがいるよ。気を付けて!」
上から有坂さんの声がして、これまで見たことのない暗黒カマキリといった風情の敵が、残されていた天井の辺りから降ってくる。
見たことのない敵には相原をぶつけたいが、瓦礫の中では足手まといになるから置いてきている。
蘭華が挑みかかっていき、刀を振るおうとした時だった。
足場が崩れて蘭華の体が泳いだ。
同時に、空気を切り裂く音と共に、カマキリの腕がとてつもないスピードで振るわれ、蘭華の左腕が宙を舞った。
ナイフを失った蘭華の動きが、目に見てわかるほどに悪くなる。
俺は牽制のために放ったアイスランスと共に突っ込んで、蘭華を蹴飛ばして離脱させた。
しかし今度は俺に向かってカマキリの腕が伸びてくる。
最初の攻撃は、なんとか手甲の金属部分で受けるが、次の一撃を胴体の鎧部分に食らってバランスを崩した。
予備動作もなく、よどみなく次々に放たれる攻撃に、俺は魔剣の陰に隠れるようにして逃げる以外になかった。
「蘭華! 大丈夫か!」
蘭華の飛んで行ったほうにイエロークリスタルを一つかみほど投げる。
「大丈夫よ。クリスタルなら自分のがあるわ」
腕を戻した蘭華が瓦礫の隙間から飛び出してきた。
蘭華はナイフを拾いに行きたそうに、地面の様子をうかがっている。
「待て! 近寄るな。有坂さん、魔法で倒せませんか!」
昆虫の足で石柱を抱えるようにして勢いを殺しながら、有坂さんが下りてくる。
「魔法は跳ね返されたよ。気を付けて」
足のブーツには、大きな穴が空いていた。
どうやら、すでに上でやり合った後らしい。
カマキリはこっちの様子をうかがっている。
距離を詰められたらおしまいだ。
さすがの俺でも、こいつに無策で突っ込んでいく気にはなれない。
「なにがあったんですか」
そこに相原と桜がやってきた。
「アイツの動きを止めてくれないか」
「任せてください」
相原がどたどたとカマキリに詰め寄り、石柱に押し付けるような形を作ってくれて、それで何とか倒すことができた。
カマキリの細い腕では、相原のタワーシールドには傷をつけることもできなかった。
細かい傷をたくさん負っていた俺は、桜に魔法で治してもらう。
そこにナイフを拾いに行っていた蘭華が戻ってきた。
「やはり僕の助けが必要でしたか。伊藤さんの悲鳴が聞こえたんですよね」
「俺は悲鳴なんて上げてないよ」
「なんにせよ、僕がヒーローになりましたね」
「確かにな。助かったよ」
「いやあ、相原君がいてくれてよかった」
「そうね。危なかったわ」
「え、今の奴、そんなに強かったんですか?」
まさか褒められると思ってなかったのだろう。相原は困惑の表情を見せている。
相原から見れば、そこら辺の雑魚と何も変わらないだろう。
しかし俺と蘭華は攻撃を回避できない相手に、もはや近づくこともままならなかった。
「どこに行くにしても、いつもの配置は崩さないほうがいいな。蘭華も分身に頼りすぎるなよ。両方を攻撃してくる奴もいるんだ」
「わかってるわ。だけど、剣治に蹴られた方が痛かったわよ。トラックに跳ねられたような衝撃だったわ」
「そんな酷いことをしたのかい」
「いや、逃がしてやっただけですよ」
命の危険があったというのに、なぜか和やかな感じだった。
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