妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第3章 配信者「姫宮みこと」

第49話 拗れる

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 深夜一時。
 都内のラジオ局は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。蛍光灯の白い光が、廊下の床に冷たく反射している。

「……ここ、か」

 スタジオ前の扉には、番組名と「本番中」の札。
 深呼吸をひとつしてから、ノックをする。

「どうぞー!」

 軽快な声に背中を押され、中へ入る。
 マイク、ミキサー、ガラス越しのブース。いかにもラジオ局らしい光景だ。

「こんばんはー! 姫宮みことさんですね!」

 真っ先に声をかけてきたのは、人気お笑いコンビ「するが自慢」のボケ担当、松坂モリだった。テレビで見るより、ずっとラフで、ずっと距離が近い。

「は、はい。よろしくお願いします……」

 ボイスチェンジャーはすでに装着済みだ。
 少し機械的で、それでいて柔らかさの残る声が、自分の耳にも返ってくる。

「いやあ、ついに来てくれましたよ! 今いちばんホットな存在!」

 モリが大げさに手を叩く。

「そんな……まだまだです」

「その謙虚さ! ラジオ向き!」

 隣で相方が笑う中、モリはマイクの前に座った。

「さてさて、深夜の皆さん、こんばんは! するが自慢のオールナイトジャパン! 本日のゲストは――姫宮みことさんです!」

 ジングルが流れ、赤いランプが点灯する。
 本番だ。

「こんばんは、姫宮みことです。よろしくお願いします」

 声が、思ったより落ち着いていた。
 胸の鼓動は早いのに、不思議と頭は冷えている。

「いやあ、まずは聞きたいですよね。配信のこと!」

 モリが前のめりになる。

「姫宮さん、改めてなんですが……どうして配信を始めたんですか?」

「えっと……最初は、趣味でした」

「趣味!?」

「歌うのが好きで……でも、人前に出るのは苦手で。だから、顔を出さずにできる配信なら、って」

「なるほど! それが今や、テレビ出演、ストリーミング爆伸び!」

 話は自然と流れていく。
 なぜ今こんなに人気が出たのか、秘訣はあるのか。
 正直に答える。

「秘訣……うーん……たぶん、続けたこと、ですかね」

「地味だけど強い!」

 日常の話題にも移る。

「姫宮さん、普段はどんな生活してるんです?」

「トレーニングとか……ボイトレとか……」

「え、鍛えてるんですか?」

「一応……体力、大事なので」

「リスナーさん、聞きました? 歌姫、筋トレしてます」

 スタジオが笑いに包まれる。

「あと、娘がいるので……」

「おお! 娘さん!」

「はい。まだ学生です」

「どういう関係なんです? 仲いいんです?」

「たぶん、良好ですね」

「たぶん!? そこは自信持って!」

 モリのツッコミが軽快だ。
 緊張が、笑いに溶けていく。

 そして、問題のボケが飛んだ。

「お聞きの方はラジオなので顔は出ていないですし、ボイスチェンジャーも使ってるから分からないと思うんですが――」

 一拍置いて、モリがニヤリとする。

「姫宮さん、かなりイケメンです」

「……ちょっと待ってください」

 即座に言葉が出た。

「何を根拠に言ってるんですか」

「オーラ!」

「ラジオでオーラ使わないでください!」

 スタジオがドッと沸く。
 笑い声、机を叩く音。

「いやあ、いいツッコミ! さすが!」

 胸の奥で、何かがほどけた気がした。
 ――ああ、楽しい。

 収録はあっという間に終わった。

「ありがとうございました!」

 マイクを離し、頭を下げる。

「楽しかったです! またぜひ来てください!」

 モリが本気の声で言う。

「……こちらこそ、ありがとうございました」

 スタジオを出る頃には、外の空がわずかに白んでいた。
 夜明け前の、静かな時間。

 スマホを見ると、すでに反響が出始めている。

〈面白い〉
〈モリの雑なボケにツッコんでくれてありがとう!〉
〈こんなにおもろい人やったんや〉

「……すごい、な」

 動画配信以外でも、通用した。
 その事実が、胸の奥に静かな自信を灯す。

 さらに、嬉しい知らせが続く。
 桐立が作詞作曲した、姫宮みことの楽曲。
 ストリーミングの再生数が、目に見えて伸びていた。

「……届いてる」

 歌が。
 声が。

 そして、追い打ちのように届くメッセージ。

〈朝の情報番組、ゲストで少しだけご出演お願いできませんか〉

 短い時間。
 紹介がメイン。
 条件は悪くない。

「……受けよう」

 空は、もう明るい。
 新しい一日が、始まろうとしていた。

 姫宮みこととして。
 そして、一人の人間として。

 確かに、ここへ来た。

◇◆◇◆

 朝のスタジオは、深夜のラジオ局とはまるで別世界だった。
 天井から降り注ぐライトは明るく、スタッフの動きもきびきびしている。コーヒーの匂いと、どこか甘いヘアスプレーの残り香が混ざり合って、独特の空気を作っていた。

 俺はスタジオの端、カメラの死角になる位置に設置されたデスクに座っている。
 顔出しはもちろん無し。目の前には大きなディスプレイが置かれ、そこには姫宮みことのアバターが映し出されていた。モーションキャプチャーに合わせて、瞬きをし、わずかに首を傾げる。

 ……不思議な感覚だ。
 ここにいるのは確かに俺なのに、画面の中にいるのは「姫宮みこと」だ。

 耳元のヘッドセットを調整し、ボイスチェンジャーを起動する。
 いつもの声。配信と同じ、少し高くて柔らかい声が返ってきた。

「それでは次のゲストです!」

 MCの明るい声がスタジオに響く。

「先日の音楽番組出演で一気に話題沸騰! 顔出しをしない配信者、姫宮みことさんです!」

 拍手。
 ディスプレイの中で、アバターがぺこりと頭を下げる。

「おはようございます、姫宮みことです。よろしくお願いします」

 自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
 心臓は相変わらず忙しなく動いているが、昨日のラジオのおかげだろう。こういう場の空気に、ほんの少し慣れてきている。

「いやあ、朝からありがとうございます。緊張してます?」

 MCが笑顔で問いかけてくる。

「そうですね……でも、昨日ラジオにも出演させていただいて、少しずつ環境に慣れてきたところです!」

「さすが! 大物の風格!」

 スタジオが和やかに笑う。
 MCは手慣れた様子で、これまでの経歴や音楽番組出演の反響を簡単に紹介してくれた。画面には配信の切り抜き映像や、例の歌番組のワンシーンが映し出される。

 ……改めて見ると、やっぱり現実感がない。

 そんな空気の中だった。

「でもなあ」

 不意に、低く渋い声が割り込んだ。
 スタジオの一角に座る、大御所俳優。長年テレビで見てきた顔だ。

「中身、男なんやろ? それ。オカマってことかいな?」

 一瞬、空気が止まった。
 時間が、ほんの一拍遅れて流れ出す。

 ――ああ、来たか。

 正直、胸の奥で小さくため息はついたが、怒りやショックはなかった。
 配信を始めてから、似たような言葉を投げられたことは一度や二度じゃない。

 ただ、その前に――。

「いやいやいや!」

 MCが即座に身を乗り出し、声を張り上げた。

「それ、時代錯誤すぎでしょ! 朝の番組ですよ!?」

 スタジオに笑いが起こる。
 カメラがMCに寄り、俳優も「おお、怒られたなあ」と苦笑いを浮かべた。

「今はいろんな表現の形があるんですから!」

「ははは、冗談や冗談」

 その一言で、空気は一気に緩んだ。
 俺もディスプレイ越しに、小さく笑顔を作る。

「大丈夫ですよ。お気になさらず」

 そう言うと、MCがほっとしたように頷いた。

 結果的に、そのやり取りは「朝のちょっとしたハプニング」として処理され、番組は滞りなく進行した。
 歌の話、配信の話。短い出演時間は、あっという間に終わる。

「姫宮みことさん、ありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

 赤いランプが消え、スタジオに安堵の空気が広がった。

 ――大したことじゃなかった。
 本気で、そう思っていた。

 だが、それは俺だけの感覚だったらしい。

 帰宅してスマホを開いた瞬間、異変に気づく。
 通知の数が、明らかに多い。

〈モラル無さすぎ〉
〈みことさん可哀想〉
〈今どきあの発言はアウト〉
〈歳だから仕方がない? いや違うでしょ〉

 大御所俳優の発言が、切り抜かれてSNSを駆け巡っていた。
 名前は伏せられているものの、誰のことかは一目で分かる。

「……燃えてるなあ」

 思わず、独り言が漏れる。
 自分が矢面に立っているというより、周囲が勝手に燃料を投げ込み、火を大きくしているような感覚だった。

 その夜。
 いつも通り、配信をつける。

「こんばんは、姫宮みことです」

 コメント欄は、いつも以上の勢いで流れていた。

〈大丈夫!?〉
〈朝の番組見たよ〉
〈嫌な思いしてない?〉

「えっと……たくさん心配してくれてありがとうございます」

 一拍置いて、正直な気持ちを口にする。

「正直に言うと、私は全然気にしてなかったんですけど……思った以上に燃えちゃってましたね」

 画面の向こうで、リスナーたちがざわつくのが伝わってくる。

「なので、あんまり心配しないでください。私は元気です!」

 そう言って、笑った。

 ――それだけのつもりだった。

 だが翌朝。
 スマホを開いた瞬間、目に飛び込んできたネットニュースの見出しに、思わず固まる。

【大御所俳優の“煽り”に屈しないバ美肉Vtuber】

「……誰が煽られたことになってるんだ」

 しかも、やたら大袈裟だ。
 写真付き。昨日の番組のアバター映像まで添えられている。

 コメント欄も賑やかだった。

〈この人強いな〉
〈好感度上がった〉
〈大人の対応〉

「大変なことになっちゃったな……」

 そう呟きながら、スマホを伏せた。
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