妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第4章 取り戻せないもの

第55話 日常は続く

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 受験日当日の朝は、まだ外が薄暗かった。

 本当なら、少し緊張して、目覚ましよりも早く起きるはずだった。
 だけど実際は、パパの叫び声で目が覚めた。

「やばっ……!」

 時計を見る。

「ちょっと! 何時だと思ってるの!?」

 私はベッドから飛び起きた。
 前日に、何度も確認した集合時間。持ち物。受験票。筆記用具。

 なのに。

「パパ急いで!!」

「ごめんごめん! アラーム止めた記憶ないんだけど!」

「言い訳いらないから!」

 心臓が、どくどくと早く打つ。
 頭の中が真っ白になりそうなのを、必死で抑える。

 こんな日に。
 よりによって、今日。

 車に乗り込むと、パパはいつもより少し荒い運転で走り出した。

「間に合う、間に合うから」

「間に合わなかったらどうするの!?」

 自分でも、声が尖っているのが分かる。
 でも、止められなかった。

 信号待ちのたびに、時計を見る。
 赤信号が、やけに長く感じる。

「ごめん、ほんとに」

 ハンドルを握りながら、パパが小さく言う。

 謝られても、今は許せない。

 高校受験。
 私にとっては、人生で初めての大きな分かれ道なのに。

 なんとか、開始時間の十分前に到着した。

「ほら、間に合った」

「……」

 私は無言でシートベルトを外し、ドアを開ける。

「頑張ってこいよ」

 その言葉に、振り向きもせず、勢いよくドアを閉めた。

 バン、と音が響く。

 分かってる。
 八つ当たりだってことは。

 でも、怒りと不安がごちゃまぜになって、うまく整理できなかった。

 校門をくぐると、同じように緊張した顔の子たちが並んでいる。
 私は深呼吸を一つして、気持ちを切り替えた。

 今回受けるのは、私立高校の推薦入試。
 テニスの推薦があるから、一般入試は受けない。

 面接もない。
 筆記試験だけ。

 教室に入り、席に座る。

 机の木目が、やけに鮮明に見えた。

 試験が始まる。

 最初の問題を読んだ瞬間、少しだけ安心した。

(いける)

 筆が、思ったよりもスムーズに進む。
 昨夜まで繰り返し解いた問題と、似た形式。

 数学も、英語も、手応えがある。

 途中で一瞬、パパの寝ぼけた顔が浮かんだが、すぐに振り払った。

 今は、集中。

 時間いっぱいまで見直しをして、答案を提出した。

 終わった。

 廊下に出た瞬間、肩の力が抜ける。

(たぶん、大丈夫)

 そんな予感があった。

 校門の外に出て、スマホを取り出す。
 迎えに来ると言っていたパパは、まだ見当たらない。

 少し待つ。

 五分。十分。

 寒さが、じわじわと足元から上がってくる。

「……遅くない?」

 電話をかける。

 数コールのあと、繋がった。

『もしもし?』

「今どこ?」

『え? あっ……今から向かう!』

 一瞬、言葉を失った。

「……今から?」

『ちょっと、時間勘違いしてて』

 頭の中で、何かがぷつんと切れた。

「最低」

『え?』

「今日が何の日か分かってるよね?」

『もちろん分かってるって』

「分かってないから忘れるんでしょ!」

 声が震える。
 怒りなのか、悔しさなのか、自分でも分からない。

「もういい」

 それだけ言って、電話を切った。

 朝のこともあって、余計に腹が立つ。

 大切な受験なのに。
 私にとっては、ずっと前から準備してきた日なのに。

 寒空の下で、腕を組みながら待つ。

 ようやく車が見えた時も、素直に安心できなかった。

「ごめん」

 助手席のドアを開けながら、パパが言う。

 私は何も言わずに乗り込み、窓の外を見た。

 帰り道、ほとんど会話はなかった。

 家に着いても、私はそのまま自分の部屋へ直行した。

「……雪乃」

 廊下から声がする。

 返事はしない。

 しばらくして、ノックの音。

「本当に、ごめん」

 分かってる。
 わざとじゃないってことくらい。

 でも。

「……今は、話したくない」

 それだけ言うと、足音が遠ざかった。

 ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。

 スマホが震えた。

〈宏夜くん〉

 通知を開く。

〈受験どうだった?〉

 私から送ったメッセージに、すぐ返信が来る。

〈まぁまぁかな。俺もスポーツ推薦だし、受かったらまた同じ学校だね〉

 少しだけ、頬が緩む。

〈うん。たぶん大丈夫だと思う〉

〈さすが。雪乃なら余裕でしょ〉

〈そんなことないよ。今日パパに振り回されて最悪だったし〉

〈あー……なんとなく想像つく〉

〈どういう意味!?〉

〈大事な日に限ってやらかしそうなタイプ〉

 思わず、笑ってしまった。

 怒っていたはずなのに、少しだけ気持ちが軽くなる。

〈でも、ちゃんと迎えに来たんでしょ?〉

 その一文に、指が止まる。

 ……来た。
 遅れたけど、ちゃんと。

〈まぁね〉

〈じゃあ、いいじゃん〉

 簡単に言うな、と思いながらも、その言葉が胸に残る。

 スマホを置いて、天井を見上げる。

 パパは、完璧じゃない。
 むしろ、抜けているところだらけ。

 それでも。

 テニスの練習に付き合ってくれたのも、
 夜遅くまで送迎してくれたのも、
 全部、パパだ。

「……ばか」

 小さく呟く。

 怒りは、まだ少し残っている。
 でも、それだけじゃない。

 結果が出るまで、落ち着かない日々が続く。

 それでも今日、私は、自分の力を出し切れた。

 それだけは、誇っていい。

 スマホがもう一度震える。

〈受かったら、またお昼一緒に食べよ〉

 そのメッセージに、強く頷いた。

〈うん。絶対〉


◇◆◇◆

 合否の結果は、来週末に学校に届く。

 朝のホームルームも、授業も、いつも通りに始まる。黒板の文字も、先生の声も、受験前と何も変わらない。

 変わったのは、私のほうだ。

 休み時間、友達に囲まれて、私はようやく受験当日の話をした。

「ねぇ、聞いてよパパがね」

 それだけで、みんなが「あー」と察した顔をする。

「やらかした?」

「やらかしたの。しかも盛大に」

 私は身振りを交えて、あの日の朝のことを話した。

「アラーム止めた記憶ないんだけど、って。いや、知らないしって感じで」

 みんなが笑う。

「パパ急いで!!って叫んだんだから」

「想像できるー」

「で? 間に合ったの?」

「ギリギリ。十分前」

「それはセーフじゃん」

「でもさ、終わった後も迎え忘れてて」

「えぇー!」

 教室に、また笑い声が広がる。

「最低って言っちゃった」

「言う言う、それは言う」

 ひとしきり笑ったあと、由佳が少し真面目な顔で言った。

「きっと忙しくて頭がいっぱいだったんだよ」

 その言葉に、私は少しだけ言葉を詰まらせる。

「まぁ、そうかもだけど……」

 完全には納得していない。けれど、完全に否定もできない。

 あの人は、いつも仕事で走り回っている。帰りが遅い日も多い。私の受験のことだって、きっと気にしてくれていたはずだ。

 ただ、ちょっと抜けているだけ。

「でもネタとしては最高だよね」

「うん、それは間違いない」

 結局、笑い話に変わる。

 あの日は、本気で腹が立ったのに、こうして話すと、どこか可笑しい。

 放課後、私は久しぶりにテニス部のコートへ足を運んだ。

 引退はしたけれど、体を動かさないと落ち着かない。高校でも続けるつもりだから、なおさら。

「雪乃先輩!」

 後輩が駆け寄ってくる。

「ちょっとだけ混ざっていい?」

「もちろんです!」

 ラケットを握ると、不思議と気持ちが整う。

 ボールを打つ感触。足の踏み込み。ラリーのリズム。

 まだ、動ける。

 息は少し上がるけれど、体はちゃんと覚えている。

 スマッシュが決まった瞬間、コートに乾いた音が響いた。

「さすがです」

「まだまだだよ」

 けれど、胸の奥が熱くなる。

 高校でも、もっと強くなりたい。

 そう思えた。

 日が傾き始めたころ、練習を切り上げて校門へ向かう。

 そこに、見慣れた姿があった。

「宏夜くん?」

 校門の脇、フェンスにもたれて立っている。

「おつかれ」

「どうしたの?」

「ちょっとサッカー部の練習、顔出してた」

 彼もまた、引退したはずなのに。

「まだやる気なんだ」

「体なまるしな」

 そう言って笑う。

 なんだか、似ている。

「待っててくれたの?」

「まぁ、ついで」

「ふーん」

 並んで歩き出す。

 冬の空気は冷たいけれど、隣に人がいるだけで、少しあたたかい。

「試験どうだった?」

 私が聞くと、宏夜くんは少し肩をすくめた。

「まぁまぁ、かな」

「それ、前も聞いた」

「いや、ほんとに。雪乃より頭は良く無いからなぁ」

 少し照れたように笑う。

「頭以外は完璧なのにね」

「そんなこともないけど」

「運動神経いいし、優しいし」

「優しいかは怪しい」

「少なくとも、受験の日に迎え忘れたりはしないでしょ」

「あー、それはないな」

 二人で笑う。

 取り留めのない会話。

 今日の授業の話。後輩の失敗談。好きな動画の話。

 どれも大したことじゃない。

 でも、こうして並んで歩く時間が、やけに大切に思える。

「なぁ」

 宏夜くんが、少し真面目な声で言う。

「落ちてたら、どうしよ」

 足が、わずかに止まる。

「落ちないよ」

「でもさ」

「大丈夫」

 私は、はっきりと言った。

「受かってる。絶対」

 自分に言い聞かせるみたいに。

 彼は、少し驚いた顔をして、それから笑った。

「雪乃が言うなら、信じるか」

「うん。信じて」

 信号が青に変わる。

 並んで、同じ歩幅で渡る。

 まだ結果は出ていない。未来も、はっきりしない。

 それでも、こうして同じ方向を見て歩いている。

 それだけで、少しだけ安心できた。

 冬の空は高く、夕焼けが薄く滲んでいる。

 青春って、こういう瞬間のことを言うのかもしれない。

 胸の奥が、静かに温かかった。
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