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第三章 運命の勇者

第三十一話 報われず

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「ところで、そのアジトの情報ってどこから仕入れたの?」
「関係筋《かんけいすじ》だよ」

 アズボンドは、時に誰も知りえないようなことを口走ることがある。そのとやらも怪しいが、彼の言うことで誤った情報を聞いたことは一度もない。
 気になるけどあまり詮索しないでおこう。

「この辺りのはずなんだけど」

 地図が書き示す盗賊団のアジト。それはギルドや憲兵舎からそう遠くない場所にあった。周りは貴族や商人などの屋敷がある住宅街。そこに一棟だけある大きな宿屋がアジトのひとつだという。
 一見しただけではここに悪党がいるとは思えないが……。

「とにかく入ってみないことには分からないよね」

 そう言って、アズボンドはその宿屋に入っていった。
 内装から見ても普通の宿屋。しかし、拭えない違和感が僕を不安にさせる。

「いらっしゃい」

 ゴツめの主人が受付台越しにこちらを見ている。
 挨拶もほどほどに、アズボンドが宿泊したい旨を主人に伝えたところ、彼は首を大きく横に振り一言「満室です」と答えた。

「そうなのですか。でも、知り合いに勧められてこの宿が一番と聞いたのですがね」

 それを聞いた主人の眉がピクリと動く。
 やはり、彼も盗賊団に肩入れしている共犯者なのだろうか。

「……お客様はここがどんな所かご存じで?」
「確か相応の対価を払えば泊めてもらえるとか」
「ええ、その通りです。例え重罪人であろうとね……」

 主人はそこまで言うと、『三階、窓が無い部屋』と書かれた小さな紙を受付台に滑らせた。

「ありがとう、ご主人」
「まいど」

 アズボンドは鍵を受け取るわけでもなく、反対に主人にチップを渡した。
 僕は蚊帳の外で、今何が行われたのか状況を把握できずに、ただ彼に誘《いざな》われるがまま三階の角部屋の前に立った。

「後でちゃんと説明してね」
「もちろんさ。でもその前に仕事をしなくちゃね」

 恐らくこの向こうには凶悪な盗賊たちがいる。用心に越したことはない、と、僕は魔物用催眠スプレーを取り出した。
 アズボンドとアイコンタクトを取り、一気に部屋の扉を開ける。僕はスプレーを向けつつ、部屋にはいる。しかし、そこにいたのは盗賊ではなく、目と口を覆われ、手足を縛られた幼い子どもが数人突っ伏すように倒れていた。

「大丈夫!? 今助けるからね」
「シント、応援を呼ぼう……」

 子どもたちの拘束を外そうとした僕の手を、アズボンドが止めた。その時はなぜ止められたのか分からなかった。でも、ゆっくりと確認するように一人の男の子に触れた瞬間、手に伝わった冷《ひん》やりとした感覚が止めたその理由を教えてくれた。

「クソっ!」
「遅すぎたようだね」

 頭に血が上るのを感じる前に、僕は階段を駆け下りていた。

 あの男を一発、いや二、三発殴らないと気が済まない。
 
 そう思ったからだ。
 そんな燃えるような思いも直ぐに消えることとなる。なぜなら僕が殴ろうとした相手は、受付の後ろ側で首から大量の血を流して死んでいたからだ。
 受付台の上には「償い」とだけ書かれた紙切れが置かれ、彼の手には小型のナイフが握られていた。

「ガキどもの死因は極度の栄養失調だったらしい」
「胸糞わりぃ話だぜ」

 あの後、僕とアズボンドは憲兵を呼び、今回のことを細かく説明した。そして数時間ほど取り調べを受け、学園に設置された会議室へと戻った。

「お前らが第一発見者らしいな。ふとすると、この錬金術師の仕業じゃねえのかぁ?」

 本当にやめてほしい。
 反射で魔剣を取り出しそうになったのを、辛うじて理性が止めてくれたから良かったものの、あと少し遅れていたらこの部屋ごと吹き飛んでいただろう。
 
 なぜそんな物を持っているか。
 一応のさ。

「シント、落ち着いて。相手はたかが冒険者だよ」
「僕は落ち着いているよ。ちょっと危なかったけどね」

 苦笑を浮かべるアズボンドを見て、「僕だけならまだしも、彼に迷惑はかけられないしな」と再認識した。

「オッホン……今回の件、二人の偵察によりアジトの一つを潰すことができた。しかし、攫われた少年らは死亡。加えて共犯者と思われる宿屋の男も自死。このような結果は今回限りにしたいところである」

 何故か睨まれる僕とアズボンド。
 僕は怒りを抑えるので精一杯だったが、アズボンドは怖い笑顔で意見した。

「ひとつ申し上げますと、私たちの行動は何も誤りはありませんでした。皆様方が呑気にお喋りに講じる中、たった二人で盗賊がいる可能性の高いアジトに向かったのです」

 憲兵団、騎士団、学園の教師、冒険者たちはまさにぐうの音も出ないといった雰囲気だった。

「ありがとう。アズボンド」
「君を罪人にするわけにはいかないからね」
「僕ってそこまで信用ない?」

 彼は意地悪気に笑う。
 
「よく言った小僧!」

 声を張り上げたのはベテラン冒険者のルーカスだった。彼は立ち上がり、騎士団長の前に立つと、

「事態は一刻を争う。俺たちが揉めている間に盗賊《やつら》は罪を犯し続ける。基本はアンタの指示に従うが、俺たちを蚊帳の外に追いやる言動だけはやめてくれよ」
「……ああ、分かった。改めて、これより盗賊団のアジトを殲滅する! 協力してくれるな」

 頷くルーカス。
 盗賊連中には少々同情さえ覚える。
 この国が団結したら一体どうなるのか。

 楽しみだ。

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