顔面最強、戦力最弱男は今日も戦わず逃げ出したい〜容姿に全振りした僕が、なぜか最強扱いされています〜

小林一咲

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第10話 辺境伯聖騎士団

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 クラーケン討伐から数日後、王都の空気は明らかに変わっていた。

 慌ただしく行き交う使者、増える警備兵、城門の検問強化。戦場の匂いが、じわじわと街に染み込んでくる。

 理由は、すぐに知らされた。

 帝国が、魔王軍との全面戦争に突入した。

 報告を聞いた瞬間、背中に冷たいものが走った。帝国が本気で動くということは、戦線が長期化し、被害が広範囲に及ぶという意味だ。そして、公国は帝国の南側に位置する。つまり、北から流れ出てくるものを、受け止める立場になる。

 公王は即座に判断を下した。

 北側防衛の強化。

 そのために、乙女騎士団と、北方辺境伯領の聖騎士団による合同戦略会議が行われることになった。

 ……その話を聞かされる前に、僕は呼び出された。

 王城の奥。公王の執務室。

 この部屋に来るたびに思う。場違いだ、と。

 僕は、元々庶民だ。成り行きで騎士になり、気づけば団長になっていただけの人間だ。豪奢な調度品も、格式ある空気も、未だに慣れない。

 公王は、静かに僕を見た。

「ロイク。ヒガケー海岸での働き、見事だった」

 そう言われても、どう返せばいいのか分からない。

「いえ……多くの犠牲が出ました」

 正直な感想だった。

 公王は首を振る。

「それでも、最悪は防がれた。国として、民として、その功績を無視するわけにはいかん」

 そこで、初めて違和感を覚えた。

 褒賞の話にしては、雰囲気が重すぎる。

「ロイク。そなたは、自分が今どの立場にあるか、理解しておるか?」

 ……いや。

 理解していなかった。

 団長という役職に追われ、戦いに追われ、自分の身分について考える余裕なんてなかった。

「そなたは庶民だが、乙女騎士団長だ。そして、今回の戦果は、もはや個人の功績として扱えぬ規模になった」

 公王は、はっきりと言った。

「ゆえに、貴族位を与える」

 一瞬、意味が分からなかった。

 頭の中で言葉を反芻して、ようやく理解する。

「……え?」

 間抜けな声が出た。

「騎士爵だ。形式的なものではない。正式な叙爵とする」

 耳鳴りがした。

 貴族。

 自分が?

 公王は続ける。

「これは褒美であると同時に、責任だ。これから先、他国、他領との交渉の場に立つことも増える。庶民のままでは、不都合が多い」

 つまり、逃げ場はない。

 覚悟を決めろ、ということだ。

 僕は、深く頭を下げた。

「……お受けします」

 そう答えるしかなかった。

 その日、僕は騎士爵となった。

 式は簡素だった。剣を捧げ、誓いを立て、名を呼ばれる。実感は、ほとんどない。

 ただ一つ、分かったことがある。

 もう、「ただの団長」ではいられない。

 数日後。

 北方辺境伯領の聖騎士団が、王都に到着した。

 噂は聞いていた。精鋭揃い、規律厳守、信仰心が強い騎士団。その団長は若くして任を任された、剣の名手だと。

 実際に対面して、第一印象は――整っている、だった。

 背が高く、無駄のない体躯。顔立ちは端正で、いわゆるイケメンだろう。だが、表情が乏しい。こちらが挨拶しても、短く頷くだけ。

 無口な男だ。

 それが、第一印象。

 戦略会議が始まる。

 地図を前に、北側の防衛線、補給路、想定される魔物の流入ルートを確認する。内容自体は、真っ当だった。

 だが。

 聖騎士団長は、ほとんど発言しない。

 部下が説明し、彼は頷くだけ。こちらの意見にも反論しない。かといって、積極的に賛同する様子もない。

 ……正直に言えば。

 拍子抜けした。

 強くない。

 そう感じてしまった。

 策略があるわけでもなく、威圧感があるわけでもない。ただ、黙って立っているだけの男。

 心のどこかで、下に見ていた。

 それが、完全な勘違いだったと知るのは、その後だ。

 合同訓練。

 乙女騎士団と聖騎士団による模擬戦。

 僕は、最初、調整試合程度のつもりでいた。互いの動きを確認し、連携の癖を知るためのものだと。

 結果は――圧勝だった。

 乙女騎士団が。

 隊列の組み替え、指示の伝達速度、柔軟な対応力。どれも、聖騎士団を上回っていた。個々の剣技は互角か、やや向こうが上かもしれない。だが、集団戦では話が違う。

 聖騎士団は、型が綺麗すぎた。

 正確だが、硬い。

 想定外への対応が遅れる。

 結果、押し切られた。

 模擬戦終了後。

 聖騎士団長が、こちらに歩み寄ってくる。

「……見事だ」

 それだけ言って、深く頭を下げた。

 その姿を見て、ようやく理解した。

 この男は、強さを誇示しない。

 必要がなければ、語らない。

 自分が強くないことも、理解した上で、それを恥じてもいない。

 だからこそ、部下は彼についていく。

 僕は、内心で自分を恥じた。

 見た目や態度だけで、人を測った。

 騎士爵になったばかりで、浮ついていたのかもしれない。

 彼は、最後に一言だけ言った。

「北は、任せられない」

 それは宣言でも、虚勢でもなかった。

 事実としての言葉だった。

 僕は、はっきりと答えた。

「一緒に守りましょう」

 戦争が、近づいている。

 帝国と魔王軍の戦いは、他人事じゃない。

 その中で、僕は団長であり、騎士であり、そして――貴族になった。

 責任は、確実に増えている。

 それでも。

 逃げるつもりは、もうなかった。

 守ると決めたからだ。

 この国も。

 ここにいる人たちも。

 そして、自分自身の選んだ立場も。
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