凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

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第3章 凡人は牙を研ぐ

第93話 忘却の彼方へ

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 海風が頬を撫でる。シャイン大帝国の港は王国のそれよりはるかに整備され、石畳の埠頭には無数の軍船が停泊していた。

 帝国海軍の旗が翻る中、僕は護衛の兵に囲まれながら桟橋を渡る。背後には、エリク大尉の姿はもうない。岸辺で最後に見せた苦い笑みが、焼きついたままだ。

 迎えに立つのは銀髪の騎士――リューク・ウィンドスピア。そしてその隣に、妹のエリシアが立っていた。

 彼女の瞳は星明りのように澄み、再会の喜びが隠しきれない。

「しかし、こんな形で再開することになるなんてね」

「……本当に、久しぶりだね」

 ぎこちなく交わした言葉の裏に、遠い記憶が蘇る。
 騎士学校での闘技大会。観客の歓声に包まれる中、エリシアはスキル【星詠み】を発動させ、僕らを勝利へ導いてくれた。
 あのときの姿は、今でも目に焼きついている。

「覚えてる? あの闘技大会」

「忘れるわけないよ。君のおかげで、僕はあの場で立っていられた」

 エリシアは嬉しそうに微笑む。その横で、リュークが口を開いた。

「妹が優秀で助かるよ。星詠みの力で、すでに彼女は私より二階級も上。だが今回は、私の指揮下にある。救出作戦は私の責任だ」

 柔らかな口調。だがその眼差しは、僕をひとりの友として見るものではなかった。
 外交の駒。王国と帝国の交渉材料。それが、彼の頭の中にある僕の立ち位置なのだと、嫌でも理解させられる。

 上陸してすぐ、僕は帝国国営のホテルへと案内された。

 石造りの荘厳な建物。部屋は絢爛豪華で、ふかふかのベッドに高価な調度品。だが扉の外には常に兵士が立ち、窓の外からは監視の視線を感じる。

 それは正に、保護という名の軟禁だった。

 夕暮れ、遠くから鐘の音が響いてくる。
 僕は窓辺から帝都の街並みを眺めた。尖塔と大広場。行き交う人々のざわめき。王国の荒廃した街とは対照的に、ここには活気と秩序があった。

 そのすべてが、僕のものではない。

「……暇だな」

 思わず呟き、ベッドに腰を下ろす。
 そして、ふと頭に浮かんだ衝動に従って【ステータス】を開いた。


*****
名前:バルト・クラスト
年齢:11(自覚=81)
レベル:17
腕力:49
器用:48
頑丈:47
俊敏:61
魔力:89(適正自覚属性=全属性)
知力:68
運:42
覚醒スキル【普通】(自覚=攻撃系???)
契約(魔物×2)=未発動
*****


「……は?」


 思わず息が詰まった。
 数値は確かに上がっている。だがそれ以上に、見覚えのない表示が視界に食い込んできた。

 契約。魔物。二体。そして未発動。

(いつ……? どうして僕が……)

 心当たりは一切ない。戦った覚えも、契約を交わした覚えも。

 ただ――ザンジリが最後に笑った背中。エリク大尉が剣を振るった瞬間。その光景が脳裏に過る。
 だが、それとこれがどう結びつくというのか。
 額に手を当て、目を閉じる。
 胸の奥で、不穏なざわめきが脈打つように広がっていった。
 そのとき、扉を叩く音がした。

「バルト?」

 扉越しに聞こえる、澄んだ声。エリシアだ。
 僕は慌ててステータスを閉じ、息を整える。

「入ってもいい?」

 その問いに答えながらも、頭から離れなかった。


 ――契約。魔物。未発動。


 スキルが【普通】のままであることに安堵する一方で、知らぬうちに刻まれた新たな項目が、僕をどこへ導こうとしているのか。

 胸の奥で、恐怖と期待がせめぎ合う。


 帝都の夜は、まだ始まったばかりだった。
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