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第3章 凡人は牙を研ぐ
第94話 暇つぶし攻略
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扉を開けて現れたのは、帝国海軍の白い制服を身に纏ったエリシア。微笑を浮かべながらも、その眼差しは軍人らしい緊張感を纏っている。
「……どうぞ」
促すと彼女はすっと室内へ入ってきた。護衛の兵たちが後方に下がり、気まずい沈黙が落ちる。
「懐かしいわね、あの闘技大会。あなたが人族離れした戦いを見せたのも、私の【星詠み】があったからこそ」
軽い調子で言いながらも、誇らしさを隠そうとしない。
「……あの時は助かった。本当に。今もそうだけど」
「当然でしょう?」
彼女は胸を張る。
「その功績もあって、私は兄上よりも二階級も上。トントン拍子で出世したの。帝国では力がすべて。兄より強い私が上に行くのは当たり前よ」
淡々と語られる言葉に、バルトは複雑な思いを抱く。
「それと同じ理屈でね、あなたのことも殿下は“駒”として見ている。外交の切り札、便利な存在。決して客人ではないのよ」
鋭い一言。
「……つまり、僕の動きも帝国の方針に従うしかない、ってことか」
「ええ。救出も保護も、すべてリューク殿下の指揮下にある。あなたが何を選ぶにせよ、帝国はそれを見届けるだけ」
彼女はそれ以上を語らず、踵を返した。
「星は常に未来を示しているわ。あなたがどんな道を歩むのか、楽しみにしている」
護衛の兵士たちは壁際で控えたまま、冷たい目をこちらに向けていた。
「あ、そうだ。こんな強面がそばに居たら眠れないでしょう?」
「あはは……まぁ、そうだね」
エリシアは護衛の兵士を鋭く睨むと、力強く命令を下した。
「あなた達、下がりなさい」
「し、しかし、准尉殿からの勅命では……」
「では大佐の私が命令します。下がりなさい」
兵士を引き連れ部屋を出る瞬間、彼女はこちらにウィンクをしてみせた。
扉が閉まり、部屋には静寂が戻る。
その瞬間――
『プハァ……やっと喋れるぜぇ』
脳の奥を針で擦られるような、不快で生々しい声。
「っ!? だれだ!」
『オイラですよ。もしかして、忘れたんですかい?』
耳からではない。頭蓋の内側に、直接響いてくる。馴れ馴れしく、図々しい調子。
瞬間、バルトの意識に過去の情景が溢れ出す。
――バジリスクの石化の眼。
――土下座して謝り倒すダークディグラ。
『その……すんませんでしたッ!』
眼帯を巻かれたバジリスクが、しおらしく頭を下げていた。
『攻撃する気なんざなくて……魔眼のせいで、石になっちまっただけでさ』
「じゃあ、何故あの人たちを殺したんだ!」
『そ、それは正当防衛……いや、ちぃと過剰だったかもしれやせんが! でも人族も魔物も死にたくねえのは一緒でしょうが!』
土下座に平謝り。あげくに――。
『オイラたちを子分にしてくだせえ!!』
最初は断った。何度も、何度も。だが彼らは諦めず、ついに〈魔の契約〉を口にした。
本来なら魂ごと縛る呪い。それでも良いと、彼らは笑った。
『もう魔物としての生活には飽きちまったんです。普通に生きてみたい、と!』
必死なその姿に、ついにバルトは折れた。契約の印が結ばれ、バジリスクは〈バジリ〉、ダークディグラを〈グラウス〉と名付け、二つの魂は淡い光となって彼の内に宿った。
――思い出した。
今もその声が続いている。
『ダンナ、覚えてくれて何よりですぜ。オイラたち、ちゃんとここにいやすよ』
背筋に冷たい汗が流れた。けれど同時に、奇妙な安心感もあった。
「……ほんと、普通じゃないな」
視界に浮かんだ新しい文字列を見下ろし、バルトは乾いた笑みを漏らした。
「しかし、なんで今になって出てきたんだ?」
『ダンナの魔力量が上がったんで、自由に声も出せるし、外にも出れるってわけでサ』
「えっ、外に出れるの?」
『ヘイッ! お呼びとあらば今すぐにでも!』
それは困るので拒否した。
「あれ? バジリは?」
『どうやら恥ずかしいようで、奥に引っ込んでますぜ。まったく……おいバジリよ!』
『し、静かにしなさいグラウス!』
微かに、しかし確実に聞こえたそれは間違いなくバジリの声。
懐かしいなぁ、なんてほのぼのしている心の余裕は無いが。
しかしまぁ、ちょうど良かった。しばらくはこのホテルに缶詰めだろうし、話し相手がいた方が助かる。
それが例え魔物だとしてもね。
「……どうぞ」
促すと彼女はすっと室内へ入ってきた。護衛の兵たちが後方に下がり、気まずい沈黙が落ちる。
「懐かしいわね、あの闘技大会。あなたが人族離れした戦いを見せたのも、私の【星詠み】があったからこそ」
軽い調子で言いながらも、誇らしさを隠そうとしない。
「……あの時は助かった。本当に。今もそうだけど」
「当然でしょう?」
彼女は胸を張る。
「その功績もあって、私は兄上よりも二階級も上。トントン拍子で出世したの。帝国では力がすべて。兄より強い私が上に行くのは当たり前よ」
淡々と語られる言葉に、バルトは複雑な思いを抱く。
「それと同じ理屈でね、あなたのことも殿下は“駒”として見ている。外交の切り札、便利な存在。決して客人ではないのよ」
鋭い一言。
「……つまり、僕の動きも帝国の方針に従うしかない、ってことか」
「ええ。救出も保護も、すべてリューク殿下の指揮下にある。あなたが何を選ぶにせよ、帝国はそれを見届けるだけ」
彼女はそれ以上を語らず、踵を返した。
「星は常に未来を示しているわ。あなたがどんな道を歩むのか、楽しみにしている」
護衛の兵士たちは壁際で控えたまま、冷たい目をこちらに向けていた。
「あ、そうだ。こんな強面がそばに居たら眠れないでしょう?」
「あはは……まぁ、そうだね」
エリシアは護衛の兵士を鋭く睨むと、力強く命令を下した。
「あなた達、下がりなさい」
「し、しかし、准尉殿からの勅命では……」
「では大佐の私が命令します。下がりなさい」
兵士を引き連れ部屋を出る瞬間、彼女はこちらにウィンクをしてみせた。
扉が閉まり、部屋には静寂が戻る。
その瞬間――
『プハァ……やっと喋れるぜぇ』
脳の奥を針で擦られるような、不快で生々しい声。
「っ!? だれだ!」
『オイラですよ。もしかして、忘れたんですかい?』
耳からではない。頭蓋の内側に、直接響いてくる。馴れ馴れしく、図々しい調子。
瞬間、バルトの意識に過去の情景が溢れ出す。
――バジリスクの石化の眼。
――土下座して謝り倒すダークディグラ。
『その……すんませんでしたッ!』
眼帯を巻かれたバジリスクが、しおらしく頭を下げていた。
『攻撃する気なんざなくて……魔眼のせいで、石になっちまっただけでさ』
「じゃあ、何故あの人たちを殺したんだ!」
『そ、それは正当防衛……いや、ちぃと過剰だったかもしれやせんが! でも人族も魔物も死にたくねえのは一緒でしょうが!』
土下座に平謝り。あげくに――。
『オイラたちを子分にしてくだせえ!!』
最初は断った。何度も、何度も。だが彼らは諦めず、ついに〈魔の契約〉を口にした。
本来なら魂ごと縛る呪い。それでも良いと、彼らは笑った。
『もう魔物としての生活には飽きちまったんです。普通に生きてみたい、と!』
必死なその姿に、ついにバルトは折れた。契約の印が結ばれ、バジリスクは〈バジリ〉、ダークディグラを〈グラウス〉と名付け、二つの魂は淡い光となって彼の内に宿った。
――思い出した。
今もその声が続いている。
『ダンナ、覚えてくれて何よりですぜ。オイラたち、ちゃんとここにいやすよ』
背筋に冷たい汗が流れた。けれど同時に、奇妙な安心感もあった。
「……ほんと、普通じゃないな」
視界に浮かんだ新しい文字列を見下ろし、バルトは乾いた笑みを漏らした。
「しかし、なんで今になって出てきたんだ?」
『ダンナの魔力量が上がったんで、自由に声も出せるし、外にも出れるってわけでサ』
「えっ、外に出れるの?」
『ヘイッ! お呼びとあらば今すぐにでも!』
それは困るので拒否した。
「あれ? バジリは?」
『どうやら恥ずかしいようで、奥に引っ込んでますぜ。まったく……おいバジリよ!』
『し、静かにしなさいグラウス!』
微かに、しかし確実に聞こえたそれは間違いなくバジリの声。
懐かしいなぁ、なんてほのぼのしている心の余裕は無いが。
しかしまぁ、ちょうど良かった。しばらくはこのホテルに缶詰めだろうし、話し相手がいた方が助かる。
それが例え魔物だとしてもね。
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