凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

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王都・近衛騎士団編

第81話 魔界への道

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 地面の振動は次第に強まり、足元の落ち葉が細かく跳ねた。森の奥から吹き寄せる冷たい風が、頬を刺す。

「……待て」

 僕が剣を構え直し、ブルワーたちに視線を向けた。

「今ここで封印に手を出すのは危険だ」

 リノが短く鼻を鳴らし、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。

「我々の任務は、中身を抹殺することだ。王国の命令など知ったことか」

 その冷ややかな声に、背後でイシュクルテの気配が鋭く尖った。

「ふざけないで。ここは王国領だ。勝手な真似はさせない」

 彼女は血の滲む肩を気にも留めず、剣を突きつけるように構えた。

「――待って!」

 甲高い声が空気を切り裂いた。シェスカだ。彼女は魔導書を抱きしめ、慌ただしくページをめくっていた。ランタンの光に照らされた指先が、ある一節の上で止まった。

「これ……今までの話、間違っていたわ」

 僕もイシュクルテも、無意識に息を呑んだ。

「封印されているのは、魔族じゃない」

 リノの眉がぴくりと動いた。

「何だと?」

「“神の欠片”……大昔、神々が滅びる際に残した力の断片よ。魔族も人間も区別なく滅ぼす存在。封印はその暴走を抑えるためにあったの」

 ブルワーでさえ口を閉ざし、険しい視線を森の奥へと向けた。

「じゃあ、あの眷属が言っていた『封印を解く』ってのは……」

「奴らは神の力を利用するつもりだ」

 イシュクルテが歯噛みし、剣先をわずかに下げたが、その瞳の鋭さは消えていない。

「利用? そんなもの、制御できるはずがない」

「制御できずとも、敵を道連れにできれば十分だろう」

 再び地鳴りが森を震わせ、どこかで木々が裂ける音が響いた。その瞬間、森の奥から眩い白光が突き抜けた。夜の闇を押し退けるような光柱が天へと昇り、霧の残滓を一瞬で払った。目を細めると、その中心で黒い影が蠢いているのが見えた。

「……もう間に合わないかもしれない」

 シェスカの声は掠れていた。

 リノが剣を持ち直し、僕に視線を向けた。

「バルト。立場は違えど、今だけは同じ目的のはずだ」

「目的?」

「これ以上、あれを目覚めさせないことだ」

 イシュクルテが僕の肩越しに口を開いた。

「信用なんてしていない。でも、今は戦力が必要よ」

 その声には、怒りと諦め、そしてかすかな覚悟が混ざっていた。

 ブルワーがにやりと笑い、戦斧を肩に担いだ。

「よし、決まりだ。行くぞ、黒の森の奥へ」

 光柱の根元から、空気を裂くような轟音が響いた。木々がなぎ倒され、土煙とともに現れたのは、黒い甲冑を纏った巨躯だった。頭部には獣のような二本の角、胸には脈打つ白い結晶。その存在感は、先ほどの魔族とは比べものにならなかった。

 シェスカが魔導書を握りしめ、必死に声を張り上げた。

「胸の結晶が“神の欠片”! 破壊すれば……!」

 だが、言葉の途中で巨躯が一歩踏み出すたびに空間が揺れ、全身から吹き荒れる魔力が呼吸を奪った。僕が剣を構え、隣でイシュクルテが深く息を吐いた。

「バルト、お前の後ろは任せて」

「頼んだ」

 背後からブルワーの豪快な声が響いた。

「おらぁ! 神だろうが魔族だろうが、ぶっ壊してやる!」

 リノが冷ややかに笑い、シェスカが光球を展開した。

 僕たちは互いの背を預け、迫り来る“神の欠片”に向かって駆け出した。その瞬間、足元の大地が裂け、世界の色が一瞬にして変わった。
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