誰か私を愛してください

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_________えらい目にあった!!


というのがクランの感想である。
この数日、寝る間も惜しんで働く彼に労いの言葉をかけて、すぐ部屋を出るつもりだった。けれどそれで終わらないのが彼である。雰囲気的に口づけられそうな気はしたし、クラン自身もそれを望んだ節はあった。だがまさかあんな貪るように口づけられるなんて誰も思わない。

「舌までいれるなんてキャパオーバー!!」

クランが酸欠になりかけてくたりと体から力が抜けたところでやっと解放されたという具合である。

そんな彼女は恥ずかしさを逃すために唇に手の甲を当て、耳まで真っ赤な顔を俯かせた状態で足早に廊下を歩いていた。口元に手を当てていないほうの手はニヤニヤとした笑みを浮かべるロザリアに引かれており、コツコツというヒールの音が二人分蝋燭の灯りに照らされた廊下に響いている。
向かっているのはセイランの私室だ。どうやらロザリアは日も落ちきったこの時間まで怪我人の治療に追われていて、酸欠気味でクランがくったりしたころようやく報告のためにジークフリートの元を訪れることが出来たらしい。

一方的に報告をすると、「クラン様もらっていきますね~」とそのまま彼女はクランの手を取り連れ出してくれたのだった。

二人は歩調を緩めることなく歩き続け中庭の見える渡り廊下を抜けると、少し行った先の階段を上った。
踊り場からはセイランの私室が見えている。

コンコンコンと控えめなノックをロザリアが3つ鳴らすと、クランが声をかけた。

「クランだけど、入って平気かしら?」

返事はないものの、扉の向こうで人が動く気配がする。それから少しして、内側に扉が開きセイランが顔を出した。

「お待たせしました」

少し申し訳なさそうな顔で二人を迎え入れたセイランの後頭部の髪がぴょこぴょこと所々跳ねている。
本人は気づいていないらしく特に気にした様子もない。女性陣は「もしや」と顔を見合わせた。

「もしかして寝てた?」

クランの言葉に若干びくりと肩をふるわせて振り返った彼の顔は若干引きつっている。
しまった、という顔だ。

「...なんかついてます?」

「髪の毛跳ねてる」

それを聞いて慌てて髪に手を当てて撫で付け始めた彼は恥ずかしそうで、こういった部分は自分の旦那と良く似ているなとクランは思った。

髪をささっと撫で付け終えたセイランはコホンと咳払いをひとつ。
こちらへ、と彼女たちをベッド近くへと連れて行く。
一人で眠るには大きそうなそれの上には、小さく丸くなり、スヤスヤと穏やかな寝息を立てるアイリーンの姿があった。

「少し前に起きたんですけど、また寝てしまいまして」

クランが掛布をめくりアイリーンの顔がよく見えるようにして額や頬に触るが全く起きる気配はない。そんな姿にクランは優しく笑うと、ロザリアに「後はお願い」と彼女の診察を任せて自身はセイランに向き直った。

「今日一日、この子はどんな感じだった?」

「そうですね、昼過ぎくらいまではかなり苦しそうでした。吐き気は明け方には収まったらしく、どうにか水は口にしてくれてましたけど熱はずっと下がらなくて。義姉上に昨夜治療してもらった傷も相当うずいたらしく、時折気が狂ったように叫んで、暴れて...正直大分疲れました」

「暴れたのか...一通り全部みたんだけど、流石に体の内部に関しての診断は今の私には限界があるから。せめて2回に分けるべきだったかしら...」

「どちらともいえないですね。結局治療によって苦しい思いをするのなら、私なら1度で終わらせてしまうことを選びます。度合いは違えど、何回も耐えるのは精神的に辛い。それから、体の内部を見るのに限度があるっていいますけど、普通の医者や魔力持ちじゃそもそも見ることすら叶いませんからね?落ち込む必要なんてないですよ」

「そうは言ってもね...」

昨夜、アイリーンの体を触ることでクランは彼女の体の内部の状態をみていた。これに関しては科学的な原理や根拠があるわけでもなく、完全なる彼女のであるため他の人間が行うことが出来ないのだ。一度、クランと同じく治癒魔法に長けたとある魔力持ちが修得しようとクランの元に毎日のように通ってきていたが結局出来ずに終わっている。半年も良く通ったものだと早々に諦めたロザリアが笑っていたのも記憶に新しい。
普通の医者は基本的に疾患や損傷が目に見えない場合、それらの疑いのある箇所を触り、時に圧迫して原因を探し出す。人の知識や経験に基づくため、場合によっては重大な誤診を起こすこともしばしば。それに対しクランの魔力による疾患・損傷部位の捜索は限りなく100%に近いのだ。とはいえ、ここ数年の間に起こった様々な出来事の代償として魔力が低下していることもあり、部位は見つけられてもその重症度については多少の誤差が生じるようになりつつあった。

「前なら全部ひっくるめて100%の自信があったんだけどなぁ。...嘆いたところで仕方ないか。
ロザリア、その子大丈夫そう?」

パンパンと自身の頬を叱咤して気持ちを切り替えたクラン。

魔女が落ち込むなんてらしくないわ。

「クラン様が治療してるんだからそれはもう完璧。骨は全部ついてるし、痣も綺麗に消えてます。流石クラン様!!」

微妙に落ち込み気味のクランを元気づけるためなのか戯けて見せた彼女に苦笑しつつ、クランはアイリーンの腹部を軽く露出させて手を当てた。前触れもなしに始まったため、セイランは慌てて後ろを向くことでさらけ出されたアイリーンの白い肌を視界から外す。そんな彼の姿を気配で感じ取りつつ手際よく昨夜同様に一連の確認を行うと、さっさと服を元に戻して掛布もきっちり掛けると「もういいよ」と声をかけセイランを呼んだ。

「どうなんです?」

「うん。大丈夫。とはいえこのままだとまた骨折するわね。それだと治した意味ないから、まともな食事と適度な運動が必要かな。あとは日光浴。世のご婦人方は日差しを毛嫌いするけれど、今のこの子には大分必要」

「なんだかんだ日の光は骨を丈夫にする為に必要ですもんね。ただ、視力がねぇ...栄養失調もあるだろうけど暗所に長いこと居たことのほうが大きそうだから、暫く目が慣れるまでは遮光カーテン引いて屋内で生活してもらう方が無難かと」

成長過程でろくな物を食べていない上に太陽の光が差し込まない部屋に何年もいた彼女。そのせいで視力はほぼないに等しく、骨ももろくなっているのがうかがえた。その上ストレスが常にたまるような環境のせいで声は出ないし、本来女性の体に出るべき変化も見られない。本来クランの治療は細胞を活性化させることで患部の回復を究極なまでに高める。そのためには人の体にあるエネルギーをある程度使うのだが、余程弱っていない限り特に苦しむこともなく完治する。しかし、アイリーンの場合はそもそもエネルギーとして使えるような物が全くないに等しかったのである程度苦しむことは予想できた。しかし、それはクランの想定以上だったのだ。結果として、自分の判断が甘かったとクランが軽く落ち込んだわけであるが。

「んっ.....」

クランとロザリアが今後の治療方針をどうするか、アイリーン患者が寝ているにもかかわらずその場で話し合いをしていると、その話題の中心であるアイリーンが身じろいだ。はっとしてベッドに近づいて様子を見るが、相変わらずスヤスヤと眠っている。軽く寝返りをうっただけのようだ。

「...私の執務室に移動しよう。起してしまってはかわいそうです」

セイランの言葉に女性陣が頷くと、何かあってもいいように侍女を一人寄こして3人は部屋を後にした。


***


「それで、どうするんですか?私に出来ることは?」

執務室に入るなりセイランは言った。
ロザリアはそれを聞いてクランの方を見る。まずはクランの意見を、と言うことなのだろう。

「何度も言うようにまずは食事ね。よく食べてよく眠る。それに限るわ。日差しのほうは、少しずつカーテンの厚さを薄くすることで目を慣らしていく。夕べジークが蝋燭つけたとき、普通に見えてるみたいだったから強すぎなければ平気そうだったし、こっちは案外回復も早いんじゃないかしら?でも声の方は様子見ね...声帯自体に何か原因があるわけでもなかったから、心因的な物だと思う。...そのへんどうなの?私、精神面のことについてはこんなことがあるらしいよ~程度にしか知らないから、正しい対処ってわからないのよね」

「心因性の失声症で間違いないと思います。声が出なくなる原因となったストレスを取り除くことが一番なんですけどけど、あの子がどんな場所でどんな扱いを受けてどんな生活を送っていたか、その辺もーちょい聞き出さないと核心的な対処は出来ないですね。まぁ大体の予想はつきますけど、それで間違ってたら元も子もないですし」

「なるほど。じゃあそしたら一先ずはご飯しっかり食べてのんびりしてもらうことにしましょう」

「それが一番ですね」

「セイランに出来ることは...そうねぇ~ご飯一緒に食べてあげるのがいいと思うわ。もちろん、仕事もあるだろうから可能な限りで構わない。でも、一人で食べるより誰かと食べた方が食事は美味しく感じるし、リラックスもできるわ」

「最後の一言は経験談ですか」

「まあそんなとこ。.......ってことで、方針はいい?」

大きく頷いた二人にクランは満足そうな笑みを浮かべると、腕を組んで頭上に上げ、伸びをした。孤児院とはいえ公務の一環として正式な訪問をする以上、あまり適当な格好は出来ないためそれなりに肩のこる服装だった。ジークフリートに顔を見せたらすぐに部屋に戻って着替え、それからアイリーンの様子を見に行くつもりだったので未だに固っ苦しい服装のままなのである。

「いい加減着替えたいので私は部屋に戻らせてもらうわ。あの子の部屋は私の部屋の隣が空いてるから、起きたらそっちに移ってもらうけどいいわね?」

「............わかりました」

如何にも「本当は嫌です」と言いたげなその声のトーンとしかめっ面に、クランが自身の目の届く範囲にいないとすぐに探し回り始めるどこかの王様を思い浮かべたロザリアは思わず吹き出した。すかさずジロリとセイランからにらまれる。

「何が言いたい」

「いいえ~?やっぱ血は争えないなぁと思っただけですよ~」

「は?」

「あーほら、ローザは煽んないの。セイランは自分の心に聞いてみなさい」

ロザリアの思い浮かべた人物が誰なのか知ってか知らずか、少なくとも、自分の懐に入れた相手に対して独占欲が強くて心配性なところはやっぱり兄弟なんだなぁと思ったクランは言い合いが始まる前に二人を諫めると「それじゃ」と言って部屋を出た。

向かうのはもちろん彼女の私室であり、早いとここのドレスを脱ぎたい一心である。
そしてもうそろそろ出てもおかしくないイレオスキー家に関する処遇と今回の一見で出まくった真っ黒な埃について思いをはせたのだった。








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