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オーディアス攻略作戦

にわか知識でプログラマーっぽい事を言うタイプのJK

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 父の言葉を聞いて、私も改めて構え直す。

「(あれ、何か変だ……)」

 同じ構えを取ったつもりだけど、さっきとはフィット感が違う。重心のバランス、四肢の角度、全てが、数ミリ単位で完璧に制御できている。

 さっきまで感じていた現実で戦う事への不安感が消えて、優しさに包まれる様な、万能感が全身を覆っている。

「(世界って、こんなに心地いい場所だっけ? 思考って、こんなに澄み渡っている物だっけ? 時間って、こんなにゆったり流れていたっけ?)」

 この感覚には、覚えがある。私が初めてAIFをプレイして、私の願望を自覚した次の日の感覚にすごく似ていた。

「(今までもずっとあの感覚のままだったけど、今は更に、何かから解放されたみたいに、世界が澄み渡ってる!)」

 ゆったりとした世界で、澄み渡った思考が駆け巡る。

 父は、与一の説得で納得していたんだ。そして、自分は間違えたんだと考え、その清算をしようとしている。

「(全力の父を私が倒す、そうすれば……父の言っていたことは間違いだったと、私に証明できる)」

「おりゃぁぁああ!!」

 殺す!!!
 そんな殺気を込めて大きく振りかぶりながら父へ踏み込む。

「むぅ!」

 父は即座に反応して、迎え撃つ様に右腕を構えた。また白刃流しをするつもりだ。

「ヒヒ!」

 私は、何もしない。お互いの攻撃範囲が完全に重なった状態で、ただ防御の構えを取った。

「く!」

 私の殺気に当てられて、父が無意識のうちに白刃流しを放ち、それを待ち構えて受け流す。

「キヒ」

 この瞬間、私の中で2つの仮説が立証された。

 父の素早い動きと反応速度の根幹を成しているのは、動きのパターン化による思考時間の削除と、経験による予測と予備動作の察知だ。

「なんっ!」

 私が攻撃しなかったこと、そして攻撃が防がれたことに父が僅かに目を見開き、驚きの声を上げる。

 まず、動きのパターン化。

 彼は熟練の格闘家であり、この場合はそれが唯一の弱点となっている。相手がこうしたら、こう。こうなったら、こう。と、とるべき行動のパターンが全て事前に考慮済みなんだ。
 戦っている間は事前に考え抜いたパターンへ沿って体を動かす事に集中することで、圧倒的な速度を実現している。

 言わば、風間流という名の戦闘システムだ。

「(見える、そして、分かってきた!)」

 予備動作の察知。

 相手がどう動くか分からない状態で動きに反応するより、分かっていた時の方が当然、反応速度は早くなるよね。
 父はそれが極まっていて、相手の力量を測り、経験則で大体の動きを予想し、さらに予備動作を目印にして反応している。

 だから、私の大ぶりな構えと殺気に反応しちゃうんだ。

「(フェイントと殺気で動きを釣りながら防御に専念すれば、今の私なら防ぎ切れる!)」

 至近距離で父の猛烈な攻撃が雨の様に私へ降り注ぐ、私はそれをひたすら弾き、避け、受け流していく。

 風間流裏秘技の1つ、撃雷八方陣げきらいはっぽうじんだ。

「ぬぅ!」

 激戦の中、父の小さな呻きが聞こえた。

 理由は明白で、防戦一方だった私が徐々に反撃を初めて攻防の応酬になりつつあるからだ。

「どうしてだと思う?」

 お互いに技を繰り出しながら、私は父を見上げながら聞く。喋る余裕の無い父は息を上げながら、言葉少なに答える。

「たた、かいの、中で、せい、ちょうしている」

「頭硬いなー」

 物事は全部、一長一短なんだ。

 何かに優れていれば、何かが苦手。一見すると完璧に見える父のシステムだってそうだ。ゲームならともかく、現実世界の格闘戦において全くの0リスクな行動なんて存在しない。

「侵食してるんだよ」

 それはまるで、ウィルスとソフトウェアの攻防の様に。撃雷八方陣で攻撃を防ぎながら父のシステムを解析して、吸収する。

 そして、私の中にそのシステムの裏を突く様なシステムを構築していく。攻防が長引くにつれて、私の攻撃頻度が増えていく。

「(それに、私にはオートブレーキが無い)」

 例えば人が人を本気で殺そうとした時、本当に全力を出せるか? 普通の人間であれば、例えどれだけ憎い相手でも、無意識の内に手心を加えてしまうのを防ぐことなんてできない。らしい。

 私には、それができる。法律が、状況が許すなら、何の感慨も無く、それを実行できてしまう。この差が、私と父の身体的能力、経験の差を埋めてこの状況を成立させている。

「おい、嘘だろ……!」

 道場の端で見学していた兄が、驚愕の声を上げる。攻防を繰り返す度に、私の攻撃頻度が増えていく。

 検証は終わった。
 この状況は、後143手で私の勝ちだ。

「("今なら、殺せるぞ")」

 残り98手。私の心に、不穏な言葉が聞こえた。うん、そうだね。そもそもそういう覚悟の試合だからね。まぁ法治国家において家のしきたりだからって事で殺人が無罪になる訳はない。
 
 だけどこの状況なら、家の人間は納得させられる。あとは、稽古中の事故にすれば良いだけだ。

「("殺せるなら殺したいだろ?")」

 残り44手。

 うん、そうだね。謝罪は受けたし、父にも苦悩があったのも理解した。でも私は納得していないし、私の苦しみが無くなった訳じゃない。

 私は今でも父を憎んでいるし、多分……実行してもちゃんと喜べる。そして、今はそれが許される状況だ。

「奏音、良いぞ」

 残り12手。

 攻防の最中、満身創痍まんしんそういになっている父が優しい視線を向けて、小さく頷く。何と、相手の許可も得てしまった。

「わかった」

 残り1手。

 ここまでの攻防で全ての防御が剥がされ、無防備な頭部が私の前に晒される。私はそこへ、吸い込まれるように回し蹴りを打ち出した。
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