訳あり能力者達の云々

ラプタ

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異彩録【2039年12月25日〜】

捌 【術式展開】


『先生、貴方は⋯なんでそんなにも強いんですか』

 聖夜百鬼夜行から半年が経ったあの日、俺は先生と稽古をしていた。刀の扱い方、受け身のコツ、単純な筋肉の増強トレーニング⋯何時間もし続けて、俺は血反吐を吐く思いでひたすらに励んだ。
 それでも先生には手も足も出なかった⋯その日も何も出来なくて、やけくそ気味にそう質問したのは今でも覚えている鮮明な記憶だ。

『⋯⋯それを知ったとして、何になる』
『俺だって、強くなりたいんですよ⋯尊敬している貴方のように。師を己にトレースしたいというのはおかしな事ですか?』

 俺がそう言うも、先生は相変わらず表情を変えない。やはり自分のことを話したがらない先生のことだ、何も言うはずがなかったのだ。
 ⋯⋯そう諦めていた時、一つの声が響いた。

『⋯⋯お前とワタシは、ちがう』

 その言葉に、思わず俯いていた顔を上げる。

『辛い過去も、苦しい思いも、仲間を想う気持ちも、そして⋯⋯強くなろうとする理由も』

 一つ結びにしていた長い髪を解きながら、ゆっくりとこちらを振り向いてくる先生。
 窓から差し込む夕日に当たっているその姿は、どこか神秘的で⋯哀愁漂っていた。

『その関連で私からお前に教えられることなんて無い⋯教えられない。個々によって背負っているものは違うからだ⋯でも』


『過度に焦るな、怒るな、狼狽えるな』


『どんなことがあっても、感情に支配されれば人間なんて簡単に壊れる⋯お前の妹も、本能よりも感情で動いたせいで死んだようなものだ。⋯⋯だからこそ、これは言える』

 先生は床にへたり込んでいる俺に合わせて屈んできたかと思うと、口端に手を当てて⋯言った。


『欺け、世界を⋯⋯自分自身を』








 
「⋯⋯うひゃ、楽しそうだなぁ⋯」

 俺の様子に気がついた目の前の男が、先程よりも機嫌が良さそうに笑みを浮かべる。
 そうだ、欺くんだ⋯自分自身を。俺は誰よりも強くて、勿論目の前の男よりも強い。そう自分に言い聞かせることで自信を持ち、動きに磨きをかけろ。


 だからこそ俺は、口許に弧を描くのだ。


 この程度で状況なんて変わらない、依然厳しい状況だ。だから結局、これは気持ちの問題。
 本当に命の危機が起きた時はどうか分からないが⋯この程度の危機を危機と捉えている時点で、俺は変われないのだ。

 ⋯⋯沈黙が流れる。お互いがお互いの目を見て不気味に笑い続け⋯そして。


 相手よりも先に、俺が動いた。


 待ちの姿勢を取るよりも、俺みたいな近接タイプは先手で動いた方が立ち回りやすい⋯アクアのような遠近両方得意なタイプは分からないが。

 先程の動きを見る限り、目の前の敵はスピードもパワーもある⋯それに加えて、こいつが人々を暴走化させている犯人の可能性だってあるんだからそれも警戒しなければならない。

『戦闘は将棋みたいなもんだ⋯自分に有利な盤面をじっくりと作っていくんだ。頭脳戦でもある』

 先生が常日頃から教えてくれた言葉を思い出す⋯全くもってその通りだが、如何せん今は情報が少なすぎる。
 とにかく、俺がいま作れる有利な盤面⋯それは。

(動きを制限する⋯⋯!)

 その為にまずは脚を狙う。切断出来なくてもいい、少しでもダメージを与えるんだ。
 そう考え姿勢を低くし一直線に脚へと刀を凪いだ⋯はずなのだが。

「チィッ⋯⋯!」

 まただ、また人間とは思えない防御。俺の刀はそいつを切断するどころか、またしても形が変形してそいつの体にめり込んでしまった。
 数ある異能を見てきたが、こんな芸当は知らない。そもそもとして、どういう身体の作りなのだろうか。骨は、肉はなぜ元の形に戻せる?

 最大限に思考を巡らせ、とにかく一旦距離を取ろうと後方に飛ぼうとしたのだが。

「逃がさねぇよォ!!」

 そんな叫び声がしたかと思えば、地面から生えていた雑草や周りの草木がみるみるうちに変形し⋯俺の足に絡んで動きを封じてきた。
 倒れそうになる身体をなんとか堪え、邪魔な草木を切り刻もうと刀を振り下ろした⋯が。

(⋯⋯っ、切れない!?)

 刃が草木を貫通することはなく、逆に刀までもが絡まれいよいよ動けなくなってしまった。

「うっひゃァ!!」

 相変わらず狂ったように叫び続けるそいつは、アクアの時と同じように凄まじいスピードで俺との距離を縮めてくる。
 このままだとやられる⋯だから、賭けだ!

「──陸式『塗牢』!」

 目の前に透明な壁が展開される⋯だがアクアと戦った時とは違い、六重に重ねがけしているためそうそう破壊されることは無い。

「⋯⋯邪魔くせぇなぁ⋯!」

 案の定、そいつは真正面から俺に突っ込んで来て壁を破壊しようとしてきた⋯が。アクアの防御魔法とは違い俺のこれは硬いため、三重程度壊されたくらいで済むことができた。
 一撃で壊せなかったことにようやくそいつの顔が歪む⋯その隙を逃さず、また俺は異能を発動した。

「──壱式『生剝』」
「⋯⋯!うひゃひゃ、またそれか!!」

 同じ異能を発動した俺に対し、余裕そうに笑うそいつを無視してもう一度強く刀を握りしめる。

「効かねェよ、俺にはな」

 どういう根拠を持ってそう言ってるのかは分からないが⋯意表を突くなら、確実に今だ!


「──『斬波ざんぱ』」


 直前で塗牢を解除し、思い切り刀を振り下ろす。振るった刃から紫色の斬撃がいくつも飛ばされていき⋯見事にあいつの顔面に直撃して、吹き飛ばす事が出来た。
 解放感が身体に回り、視線を下げれば先程まで絡まってきていた草木は消えている。
 吹き飛ばしたそいつは案外近くにいて、攻撃が当たった目元から頬にかけて血が大量に溢れていた。

ってぇなクソがぁ⋯!」

 そう言いつつもすぐに立ち上がり、猫背気味な姿勢で俺を睨んでくる。だがそいつはおもむろに掌を傷に当てたかと思うと⋯⋯次の瞬間には、その傷は綺麗さっぱり消え失せていた。

(⋯⋯マジか、こいつ)

反命魔律はんめいまりつ⋯⋯!」

 それは、俺が一番習得を後回しにしている異能。あの先生が習得するのはかなり面倒だと言っていた異能⋯それをいま、こいつは当たり前のように発動した。
 習得するために必要なのは、己の魔力の流れへの理解と異能のセンス⋯⋯そして、努力。

「あはっ、余裕が無くなってるなァ⋯驚いただろ?俺って結構センスあるからさぁ!」
「⋯⋯!?」

 男がそう叫ぶと同時に、空に黒い影が広がっていき⋯辺りはあっという間に暗くなってしまった。


 なんだこれは⋯⋯?
  

「余所見すんなよ⋯死ぬぜ?」
「⋯⋯っ⋯!?」

 空から視線を戻した時には既に⋯俺の顔面にそいつの拳が炸裂していた。凄まじい威力に勢いよく吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。

「がっ⋯⋯ぐ⋯」

 直前になんとか塗牢を発動したのだが防ぎきれなかったようで、鼻血が止まらない。どうやら顔の右半分へのダメージも大きいようで、そのせいか視界がぼやけている⋯右目を損傷したか⋯。

 とにかく、この傷は致命傷ではないし⋯そうだとしても俺の異能ならば治す事が出来る筈だ。
 ⋯⋯参式『吸血鬼』⋯自身の血を操れると説明したが、これは俺限定で一時的な治癒にも使える。

「──参式、『吸血ヴァンパ』」
「やらせねェよ!」
「⋯ぐッ⋯⋯がッ⋯」

 発動しようとした瞬間、既に距離を縮めていたらしいそいつによって首を絞められてしまった。発動に集中しようとしても息が苦しく、思考が乱れる。

(意識が⋯⋯っ)

 視界が黒に染まりかけた所で、軽く投げられた。先程の苦しさから思わず咳き込んでしまう。

「普通に殺すのは面白くないし、俺はもっと戦いたいからさぁ⋯」


「折角なんだしお前じゃ一生出来ないであろう大技、魅せてやるよォ⋯⋯!」


 その煽るような言葉に、慌てて視線をそいつに向けるが⋯もう遅かった。そいつの影がみるみるうちにデカく不気味に広がっていき、気持ち悪い笑みを浮かべているそいつの口が⋯開いた。


 
「──【術式展開:万命魂歪掌アビスハンド】」



 その瞬間、周りにある草木や地面、水が様々な形に変形して俺に向かってきた。
 

 そうして俺は理解する⋯⋯この瞬間、草木も岩も水も、命さえもそいつの【材料】へ成り下がったのだと。
 

 【術式展開】⋯自身から一定範囲を全て己の異能発動可能範囲にする技。習得するのに必要なのは⋯異能センスのみ。
 これに関しては、どれだけ努力しても習得出来ない人間は出来ないらしい⋯先生のように。

 四方八方から草木だったものが斬撃となって飛んでくる⋯かと思えば枝木が棘のボールとなって落ちてきた。本当に、訳が分からない。

(なんだ、こいつの異能は⋯)

 先程から変に違和感を感じる⋯こいつは結局、人々を暴走化させた犯人なのか、それともただのLUXや魔族なのか?
 分からない、何も分からない⋯が、とにかく今はこの窮地を脱するのが先だ。

 術式展開には範囲が決められている、効果時間が永遠ではないし異能が必中する訳でもない⋯これだけ聞くと弱いかもしれないが、実際は己の異能を強制的に発動し続ける事が出来て自分に有利な盤面を強引に展開することが出来る、いわば流れを変えられる手段。それだけに留まらず、いまのこいつのように相手を追い詰められる決め手としても使える万能な技。だからこそ、俺は今ピンチなのだ。

 先程と同じく壱式を発動しようとして⋯やめる。術式展開中は異能の質も上がる、どうせまた切断出来ず隙を晒すだけだ。
 ⋯⋯ならば。

「──弐式『天狗てんぐ』」

 アクアとの模擬戦で決め手のなった異能を発動する⋯切断出来ないのなら、飛ばせばいい。
 そう考えた俺は生み出したそのうちわを⋯思い切り、振りかざした。 
 アクアの時とは違い、ただの強風ではなく竜巻を発生させる。発生した竜巻は辺りを無造作に巻き込んでいき、切断出来なかった草木を吹き飛ばしてくれた⋯が、手裏剣の形をした水や棘のボールまでは吹き飛ばすことは出来ず、俺の腕や肩をかすめてきた。小さいからと侮っていたが、掠った箇所が焼き切れるように痛む。

 だがこんな事で止まれない、そう思いもう一度異能を発動しようとし


「────ぁ」
  

 動こうとした身体に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。
 

 ──魔力切れだ。
 

(くそ⋯動け、動けよ!!)

 通常、魔力切れで動けなくなることはない⋯だが今回は限界を超えていたのだろう、かなり異能を連発してしまったからだ⋯。そのため残ってる体力を無意識に魔力へと変換してしまったのだろう。だがその体力も尽き、動けなくなってしまった⋯。

「⋯⋯ま、それなりには楽しめたぜ」

 頭上からそんな声が聞こえ、なんとか顔を上げれば⋯そこには満足そうに笑っているそいつがいた。

「正直ここまでやれるとは思ってなかったよ⋯見た感じお前、若いし」

 言葉を発したいのに口を開くことすら出来ない⋯頭がジクジクと痛んでまともに考えられない。

「一緒にいたあの雌⋯嬢ちゃんはミジンコかと思うくらいだったが二階堂 優李、お前は中々に強かった。だから敬意を表して」


「─妹も、姉もさっきの雌も⋯全員殺してやるよ」


「⋯⋯⋯ッッ!!」
「あひゃ、最高だぜその顔⋯腹立つよなぁ、でも動けないからなぁ⋯可哀想に」

 そう言いながら、両腕を鎌のように変形させるそいつ⋯⋯

「⋯⋯っ、いい加減、名前教えろよ⋯!」
「おお、もう喋れるの。まぁいいぜ、俺は優しいからなぁ⋯教えてやるよ」

「⋯⋯魂魄こんぱくだ、サービスでもう一つ。俺は人間と魔族の混血なんだぜ」

「⋯⋯混け⋯!?げほっ、ごほっ⋯」
「あーもう喋んなくていいって。苦しんで死にたくないだろ、さっさともう殺してやるからさ」

 もう一度異能を発動しようとする⋯だけどやはり発動されることはなく。
 そのまま笑ったそいつ⋯魂魄の腕が俺に振り下ろされてきて⋯⋯

(まずい⋯⋯ほんとに、死──)



「──【術式展開:模影写ノ界シャドウミメシス】」



 諦めかけていたその時、突如そんな声と共に俺は誰かに引っ張られていた。目の前の地面に魂魄の鎌の形をした腕が突き刺さされ、それと同時に辺りを支配していた草木や枝は燃え、水の手裏剣は空中で凍っていた。

(⋯⋯これは⋯)

「はぁ!?誰だよ、邪魔すん⋯」

 
「どけ」


 ドゴッ、と鈍い音が傍からしたかと思うと、すぐさま身体に力が湧いてくるのを感じた。
 ようやく万全に動けるようになったかと思えば、デコピンされてしまう。なんだと思い困惑しながら顔を上げれば⋯そこにいたのは。

「弱いくせに一人で戦いやがって⋯⋯逃げて報告するべきだろうが」
「⋯⋯一葉⋯?なんで、ここに⋯」
「いや、そりゃ急に空があんななれば誰でも違和感を感じるだろ。それにこっちから途轍もない魔力の流れを感じたからな」

 「けむっ」と燃やしたことによってここら一帯を包んでいく黒煙を手で払いながら咳き込む一葉に、思わずポカンとしてしまう。

「⋯⋯お前の異能は、炎なのか?いやでもそれだけなら水は凍らない⋯」
「⋯⋯そんなことは今どうでもいい。俺の魔力をお前に譲渡しといた、もう動けるだろ。ほら⋯あいつもまだピンピンしてるぜ」

 一葉が鼻で笑いながら指さした方向に目を向ければ、一葉の言葉通り傷一つない魂魄の姿があった。

「クソがっ、邪魔しやがってよォ⋯ダサい仮面着けやがって。お前も俺とやりてぇのか?あぁ!?」

 そう叫んで突っ込んでくる魂魄⋯俺の方ではなく、恐らく一葉の方に。俺はまったく目で追えなかったのだが、一葉ははぁ、とため息を吐いて⋯。


 指先を軽く、曲げた。


 その瞬間魂魄の身体がぐにゃりと歪み、腕も脚も全てが違う方向に折れた⋯いや、曲がった。

(異能を【定義】していないのになんだあの威力⋯意味がわからない⋯)

 そして気付けば一葉は魂魄との距離を詰めていて⋯魂魄の顔面に掌を当てた。

「──『煉華獄炎れんかごくえん』」

 次の瞬間、そいつの顔面が大きく膨れだしたかと思うと爆発が生じ、とてつもない威力の炎が魂魄を焼き飛ばした。その圧倒的なまでの強さに視線を離せなくなる⋯開いた口が塞がらないとはこの事か⋯。

「なにボケっとしてんだ雑魚、早く退くぞ」
「⋯⋯え、殺したんじゃないのか」
 てっきりさっきの光景から見て殺したのかと思ったが⋯どうやら違うらしく。
「⋯⋯いや、恐らく俺の攻撃は何も効いてない。ぶち当てた瞬間に反命魔律で治癒されたのもそうだが、なんでか俺の攻撃は無効にされるらしい。さっきも血すら流れていなかった」

 確かに⋯言われてみれば、思い切り一葉の攻撃を喰らっていたというのに出血していなかった。⋯⋯いやでも待て、さっき⋯。

「いやでも俺、さっき攻撃したけど普通に効いたしめっちゃ普通に出血してたけど⋯??」
「⋯⋯意味が分からん。仮にそれが本当だとしてもどうせ戦えないだろ、俺の攻撃も何故か効かない⋯なら退くべきだ」
「いいのか⋯?あいつが暴走化の原因の可能性だって、というか多分原因なんだぞ」
「大丈夫だ、それに関してはこうする」

 一葉がそう言いながら何も無いところを手で掴んだその刹那、とてつもない魔力を感じた。

「ちょ、なにするつもりだ⋯⋯!?」
「どこに行くかは分からんが⋯恨むなよ」

 自嘲するように一葉が笑った瞬間、辺りが真っ白に輝いて思わず目を閉じてしまう。次に瞼を開けた時⋯視界は、先程と何もかもが違った。
 

 ここは⋯⋯部屋の入口?
 

「うわっ、びっくりした。おかえ⋯⋯えっ誰?」

 ソファの方から声がしたためそちらに視線を向ければ、そこには困惑した様子で狼狽えている少女の姿。髪はピンク色で長く、一つ結びにしてもなお腰付近まである長さだ。

「大きい声出してどうしたんですか星那ちゃ⋯」

 部屋の奥の方にあった扉がガチャリと開けられ、また俺の知らない誰かが姿を現す。

「⋯⋯えぇと⋯一葉君のお友達⋯?」

 部屋の空気が一瞬にして地獄になる⋯気まずいとかいうレベルじゃない、確実に変なものを見るような目を向けられていて居た堪れない。
 良く分からないがとりあえず⋯俺は口を開いた。


「⋯⋯⋯ここ、どこ?」



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