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お正月

二日(ⅱ)

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「……だな」

 董也がボソッと何か言った。

「え、何?」

 見ると、難しい顔で画面を見ていた。

「ここ、がさあ。なんかね」

 ん? よくわからない。別に変な感じなかったけどなあ。

 やがてドラマはヒロインと主役が結ばれる形でとりあえず終わった。この後の話が今夜やるらしい。
 董也はテレビを消すとソファの背に頭を乗せて上を向いた。

「やっぱ、まだまだだな、僕」
「何が?」
「全然、まだ下手だもんなあ」

 あ、仕事の話か。

「そう? そんな事なくない?」
「……」
「だって今度、深夜枠で主役もやるんでしょ? 育子さんから聞いたよ。順調じゃない」
「うん、それはありがたいし、マネジメント頑張ってもらってるし、感謝なんだけど」
「何がいけないの?」
「……とりあえず、咲歩ちゃんに見て貰えないし、さ」

 私は笑った。

「いや、関係ないし」
「あるよ」

 董也は私を見る。

「あるよ。見てもらうためにやってるんだから」
「視聴率悪くなかったんでしょ」
「みんなの力だよ、特に主役の」

 董也だって貢献してると思うけどな。

「それに、身近な人に見て貰いたいし」

 そんなものかな。とは言われても。
 董也はまだ難しい顔をしてる。

「仕事好きなんでしょ?」
「好きだよ」
「じゃあ、いいじゃない。頑張っていけば。少しずつ納得できるようになっていくんじゃない?」
「そうかもしれないけど。でも、自分だけで満足しても仕方ないしね、そこは」
「でもさ、結局最後は好きだからやるもんじゃないの? 俳優って仕事は」
「……だからこそ、さ」

 董也は何も写ってないテレビ画面を見ながら言った。

「好きだからこそ、誰かの心を揺らさないと。じゃないとただのオナニーじゃん」

 そう言う瞳は真剣だった。真剣で綺麗だった。
ちゃんと悩んでるのは美しいな、とその横顔を見て思う。何だか胸が詰まって抱きしめたくなる。  
 やばい。それはダメだぞ、私。

「わかんないけど、大丈夫だよ」

 えーと、何て言えば伝わるかな。君は大丈夫だよ、って。綺麗だよって。でも、綺麗は伝わらないか。

「なんていうか、つまり」

 董也が私を見る。

「つまり、イケメンのオナニーは女子を癒すから」

 ……何言ってるの! 間違えた!

 董也が一瞬間を置いて笑い出した。珍しく声をだして笑ってる。

 いいけど。…… あー間違えたわ。あー。

「咲歩ちゃん、ごめん、めっちゃ楽しい」
「……そりゃ、どうも」

 董也はまだ笑いを残しながら言った。

「ごめん。ありがとね」
「……うん」

 董也は笑顔だ。伝わった気はしないけど、よかった。
 私はほっとして、軽くため息をついた。

「何だか董也といるとペース乱れる。今に始まった事じゃないけど」
「うん、僕もだよ」

 お互い様なら、まだいいか。とはいえ、さ。

「そう思ってるなら、いつまでも追っかけてこなければいいのに」

 私が振った甲斐がないじゃない。
 董也は微笑んだ。

「咲歩ちゃんは追いかけたことないの?」
「どうかな」

 ちょっと考えてみる。

「ないかな、ないかも」
「その、プロポーズの人は?」
「ない」
「終わり?」
「終わり」
「潔いね。女の人の方が強いのかな、やっぱり」
「それはどうか知らないけど、……課長とは初めから無いからさ」
「課長なんだ」

 あ、しまった。口滑らした。最悪。

「どんな人だったの?」
「なんでそれをあんたに言わないといけないのよ」
「ただのヤキモチ」

 董也はにっこり笑う。

「それに、咲歩ちゃんの好み知りたいじゃん」
「関係ないし」
「とりあえず、かっこいい人だよね。咲歩ちゃん見た目から入るもんね」 

 そこに自分も入ってるの、わかって言ってるのかな? わかって言ってるな、きっと。

「あーそうよ、かっこいいよ」
「話してみよ? どうせ、誰にも話してないんでしょ」

 ……そうよ。誰に話すってのよ、こんな話。

「……かっこいいし、仕事できるし。課長で上司だけど、元は同期で話は合うし」

 私はやけ気味に話す。

「昇進したんだ、優秀だね」
「うちの会社でもトップクラスにできる男だよ」
「なんかムカつくね。なんで振ったの? 僕の事でも思い出した?」
「そんなわけないし」
「すごくムカつくんだけど」

 と、董也は笑顔で言うと、不意に手を伸ばして私の頭を撫でた。

「振ったのに、未練ないのに、髪切ったの?」

 優しい声で聞く。

 ……だからさ、あんたのそういうところ、本当に苦手なんだけど。

「……完璧な人なのよ。上司としても、同期としても」
「うん」
「できるし、気さくだし、董也みたいにいい人じゃないし」
「なんか引っかかるけど、うん」
「人望もあって、次の昇進も約束されてて、……条件のいい美人の婚約者もいたの」
「………。うん」

 それだけ言って、董也は黙った。 

 
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