隣の家の渡邊くんはイケメン俳優やってます

藤野ひま

文字の大きさ
6 / 20
お正月

二日(ⅲ)

しおりを挟む
 冬の日差しが白いレースカーテン越しに入ってきていた。お正月って昼間でも静かだ。そう思っていると、遠くからお寺の鐘の音が聞こえた。

「……彼は完璧で、迷ってた。完璧な事に挫折しかかってた。初めは気晴らしにお酒飲みに行ってたりしただけだったのよ。元々仲良かったし。……まあ、つまりそういう事。始まるつもりはなかったのにね、って言い訳か」

 言い繕った所で変わらない。結婚はまだだったとはいえ、事実上の不倫だ。
 董也は何も言わない。優しい顔のままだ。

「呆れたでしょ?」
「別に、それはない。たださ」
「ただ。何よ」
「距離が遠いとやっぱり圧倒的に不利だなあって」
「何の話」
「僕の話。近くにいたら、絶対、本気になんてさせなかったのにって思ってさ」
「何それ」

 私は少し笑ってしまった。

「呆れた?僕が自分の事ばっかりで」
「それはない」

 董也の問いに答えてから付け加えた。

「それに、本気だったかもわかんないし」
「でも、気持ちを止めれなかったんだろ? そんな負け試合、わかってて」
「本当だよね、なんでだろ」

 私は伸びをした。それから、座っているのも辛く感じて、そのままソファに横に倒れた。
 すぐ近くの董也の体に触れないように注意して。

「……好き、でいいよ。それでいいじゃん」

 董也の声が頭の上から降ってくる。優しくて柔らかい声。この声に逆らうのは難しい、昔から。

「……可哀想だと思っちゃったのよね」
「咲歩ちゃん、助けがちだから」
「違うよ」
 
 そう、違う。

「可哀想な彼といて、可哀想な自分が癒されてたのよ」

 そこには純粋さの代わりに抜け出せない甘さがあった。お互いそうだった。そして、先に抜け出したのは彼だった。私はどうしていいかわからず、ただただ怯えていた。

「……わかるよ」
「うそ、董也は絶対不倫とかしないじゃん」

 いつも誠実であろうとするし、間違ったことしないじゃない。

「そこじゃなくてさ」

 そう言って董也は抱えてたクッションを私の顔に被せた。

「本当に終われたなら、僕はおめでとうって言うよ。そんな見知らぬ完璧野郎より、咲歩ちゃんの方が大事だからさ」
「身贔屓甚だしいね」

 私はクッションの下から答える。涙が溢れそうだった。なんでまだ出てこようとするのかな。ウンザリするほど泣いたのに。

「それに僕にとっては悪くない結果だし」
「……最悪」 

 昔から変な所で自分勝手なんだよ、董也は。そして変な慰め方をする。

「……地獄に落ちればいいのに」
「ひどいな」
「あなたじゃない」

 私は少し笑いながら答える。

「私の話。呪いをかけてるの、自分に」

 そうすれば、楽だから。

「そいつ、婚約者とは?」
「……相手と別れて、私に結婚しようって」

 元々、結婚に迷ってた、君はきっかけにすぎないから気にしなくていいと、彼は言った。それは本当だったろう。でも。

「断ったけど」

 目を瞑ると、その時の彼の顔が今でも浮かぶ。いつもの、動じない体を装おうとするその下から、失望とそして何より悲しみが見えていた。

「……彼ね、婚約破棄してかなりもめたみたい。重役の娘さんだったから昇進コースからも外れてさ。彼女は彼に夢中だったから……。私は気分転換に髪を切って、そんで終わり」

 クッションを頭に載せたまま、ソファに顔を埋める。

「咲歩ちゃん」
「……誰も幸せにならなかった」

 私は唇を噛み締める。泣いちゃダメだ。……泣いたら、董也が私を慰めなくてはならなくなる。

「……呪われてなよ」

 クッション越しに頭に置かれた手が優しく感じる。

 董也は私の最初の呪い。優しいまま、ずっと、そこにある。

「でもさ、あれだよね。その婚約者から慰謝料とか請求されたら大変だね」

 急に董也が明るい声でいった。

「よくわかんないけど、多分だけど、私の事は彼女知らないみたい。二人で会ってた期間も短いし」

 その事が嬉しい訳ではないけれど、だからといってどうしようもない。

「でも、ほら、探偵とか使ったらわかるよ、きっと」
「そうだね、その時は……きちんとするよ」
「あ、ちなみに次の僕の役、探偵なんだ。当て馬じゃなくて」

 は? 何の話?

 急な話の展開に、私は上体を起こして董也に向かって座り直した。

「なんなの?」

 董也は両手で私の頬を包み込むと楽しそうに言った。

「いや、だからさ。咲歩ちゃんが慰謝料で困ったら代わりに払ってあげられるように仕事しなくちゃなって」

 そう言って親指でゴシゴシと私の涙の後をふく。

 なんなのそれ。

 私は手を払った。

「関係ないじゃん」
「関係あるし」
「なんで」
「咲歩ちゃんの事だから」

 そう言う董也の笑顔は明るくて困ってしまう。私の呪いをとかないでくれ。

「……関係ないよ、とあには」

 彼はいきなり私を引き寄せると抱きしめた。

「ちょ、ちょっと!」
「その呼び名、久しぶりに聞いた」

 一瞬なんの事? と思う。無意識に呼んでいた。でもああ、そうね、久しぶり。久しぶりに言っちゃった。
 幼稚園の頃、とうや、と上手く言えなくて、とーやがとーあ、そして、とあ、になって、ずっとそう呼んでいた。別れるまでだったかな。

「ちょっともう、いいから。仕事しなよ」

 私は董也を引き剥がしながら言う。

「そうだった。稼がないと」

 なんかね。

「おじさんの書斎借りていい?」
「どうぞ。でも埃っぽいかもよ、年末に掃除はしたけど」

 仕事で海外に行ってから10年近く、持ち主が使っていない部屋だ。
 大丈夫、と言って、董也は部屋を出ていった。
 私はそのままソファに再び横になる。

 なんだか疲れたな。ずっと疲れてる。
 でもきっと元気になるだろう、そのうち。

 クッションを枕にしながら、さっき頭に感じた手の感覚を思い出す。

 小さく、とあ、と言ってみる。
 こそばゆくて背中がムズムズした。

 うん、二度と言わない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...