隣の家の渡邊くんはイケメン俳優やってます

藤野ひま

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お正月

三日(ⅱ)

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「ミノル、真面目に書きなさい」
「真面目にやってるしー」

 大柄なミノルが育子さんに怒られて言い訳しながらも小さくなっている。
 横から中腰で覗き込むと途中で失敗して集中がきれたのか、最後の方に向かうにつれて字は崩壊しており、ついでに名前を書く所に猫の絵が筆で書かれていた。

「お、猫うまいじゃん」

 私が声をかけるとニヤッと笑いかけてくる。

「ミノルのうちの猫はトラじゃなくてミケじゃないか」

 隣に座っていた細身の少年が言ってくる。 

「いいんだよ、なんでも」

 怒ったように言い返すミノルに私は言った。

「猫はうまいけどここは字を書くとこだからね。次の子達来ちゃうから頑張ってさっさと書く」

 書初めはいつもの半紙より場所を取るため時間をずらして子供達が来るようになっている。それでもいっぱいだ。学校で出された宿題を教室でやってしまいたい親子が多いのだ。

 ミノルが不貞腐れた顔で次の紙を用意し出した頃には、先に来た女の子達は書き終えて育子さんに選んでもらっていた。いつもの事でもキャアキャアと楽しそうだ。

「だいたいさ、こんなんなんの役に立つんだよ」

 ミノルが言う。

「役に立つよ」

 私が言うとギロッと大きな目を向けた。

「じゃあ、さほが書けよ」
「なんでよ、君の宿題じゃない」
「誰が書いてもわかんねえよ」
「わかるに決まってるでしょ。それに私、あんたより下手だよ」

 そう言うとミノルはマジか、とケラケラ笑って急に元気になって書き出した。全く、小学生男子ってのは……。
 それでもなんでも集中してちゃんと書けばミノルの字は自由に伸び伸びしていて、お世辞ではなく私よりいい字を書くんだよね。そういう子供の姿を見ているのは楽しいなあっていつも思う。

 そんなこんなしているうちに次の子達も少しづつ来て、賑やかになっていく。と、急にわっとした甲高い声で溢れた。

「えー、董也くん師範持ってるんだ、え、書いて書いて」
「いや、その、持ってるだけだし」
「いいじゃんいいじゃん、大人も宿題やろうよ」

 小学生女子、圧強いぜ。
 もちろん董也は固辞していたが、育子さんが横から口を出した。

「そうね、あんたもたまには書いてみなさいよ」
「母さん!?」
「こんな機会ないと書かないでしょう、さ」

 と言って自分の先生用の場所を空けた。董也は嫌そうだ。御愁傷様。

 結局、書いちゃった方が早いと判断したのか董也が書き出した。ミノル達も書き終わって覗きにいく。私は片付けをしながら視線だけ送っていると、あっという間に彼は書き上げた。小学生向けの楷書のお手本をそのまま書いただけだったとはいえ、早い。
 それを女子が手に持って掲げているのが見えた。……基本をおさえた優しげで整った、でも縮こまっていない字。ああ、董也の字だなあ。それにこれだけサッとかける所を見ると今でも書いているのかもしれない。

 周りの小学生の賛辞の中で彼は困った顔をしていた。と、おいちゃん……董也の父親が母家の続きの戸から顔を出した。

「お汁粉あったまったぞ。終わった子はおいで」

 わーいと声に被さって育子さんの「片付け終わった子からよ」の声がした。ミノルが慌てて戻ってくる。董也は母親と二、三言葉を交わして家の中へ入っていった。お汁粉配り手伝うのだろう。
 私はやってくる子達に場所を作りながら、やっぱり、習字続けとけば良かったかな、と、ちょっと思ったりしていた。




「咲歩ちゃん、手伝うよ」

 昼近くになり子ども達もほとんど書き終わった頃、外の手洗い場で雑巾を洗っていると後ろから声をかけられた。

「大丈夫、だいたい終わったし」

 私は隣に立った董也に視線を向けた。

「でも、水冷たいし、手、荒れちゃうよ、代わって」

 イヤ、むしろ貴方の方が手荒れしたらまずいのではないかな、と言う前に董也が割り込んでバケツやら洗い出す。
 その横をミノルを始めとした男子が固まって帰って行く。

「じゃなー」
「さよなら」
「気をつけて帰りなよー」
「はーい」

 一通り挨拶を交わしながら後ろ姿を見送っていると董也が笑顔で言った。

「咲歩ちゃん、いつも人気だね」
「ええ、そう? どっちかっていうとからかわれてない? いいけどさ」
「それも込みで。好かれてるなって」

 それは褒められているのかな?

「それにしてもミノルは今頃帰るって何してたんだか」
「中で食べながらずっと友達とゲームしてたよ。早く帰ると怒られるだけだからって」

 思わず笑ってしまう。家族仲が悪いわけではないだろうが、まあ、そんなんだよね、きっと。

「ちなみに、僕とやって勝ったけど」
「え? どっちが?」
「僕」
「何、大人げない事してんの」
「ゲームでは手を抜かない主義なの」

 やっぱり大人げないじゃない。だいたい董也はこんな爽やか系で売ってるくせに昔からゲームやり込んでて、結構強いはず。

 そう思ったのが顔に出たのか、董也は悪戯っぽく笑った。

「だって、生意気だったんだもん」

 ……あのねえ。まあ、相手が悪かったな、ミノル。とはいえ帰る時、楽しそうにしてたから嫌じゃなかったんだろうな、とは思う。

「そういえば、書初め書かされてたよね、上手くてびっくりした」

 私は洗った物を片付けながら話を続けた。

「ああ、こっちがびっくりしたよ。いきなりなんだもん、母さんもさあ」
「まだ書いてるの?」
「たまーにね」
「凄いな」

 ただでさえ忙しいだろうに。苦手な私からみると凄いと思う。

「出来てた事が出来なくなるの嫌じゃない? それにいつ役に立つかわからないし、さ」

 高校時代までの董也はこんなに勤勉だったろうか? 案外と思い出せない。そして大学一年の終わり以降の事は……わからない。

 私は何となく彼の整った横顔に視線が止まる。そもそも、私の記憶にある一番彼らしいイメージはこんなんじゃない。もっと弱々しくて無口であんまり笑わなくて目なんて髪で隠れて見えなくて、そんでずっと……。

「咲歩ちゃん?」

 ……そう、この声で私を呼んでいた。優しい、でも音のはっきりした声。変わらない。

 名前を呼ばれて何でもないよと口にしようとした時、近くで男の怒った声がした。それに続いて子どもの声。私と董也は目を合わせると声のした道路側に出た。
 すると、家から数メートル行った先に、一人の男と、ついさっき挨拶して帰って行った男の子たちが、道路の真ん中で立っていた。




 

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