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お正月

三日(ⅲ)

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 男は子供たちに絡んでいて、子供たちは身を引きながら困ってオドオドしている。

「どうしたの?」

 私と董也が割り込むと一人の子が言った。

「えっと、あの、ミノルが……」
「あんた、親か? こいつがぶつかってきたんだよ。最近のガキは謝ることも知らねえ」

 親のわけないだろう、いくつだと思ってんだよ、と思いながらミノルを見ると彼は言った。

「そっちからぶつかってきたんじゃねえか。それに、謝ったぞ」

 きっとそうだと思う、そう思うのが正しいかはわからないけど。分かるのは、僅かに酒の匂いもさせているこの中年の痩せぎすの男が、まともに話し合える相手じゃないということだ。

「ああ、すみません、お兄さん、悪かったね、怪我とか無い?」

 隣で董也がニコニコしながらおっさんに話しかけた。ミノルが勢いこんで口出ししようとするのを、私は慌てて止めるとそっと距離をとらせて小さな声で子供たちに伝えた。

「ここはいいからもう皆んな帰りな」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。皆んなで帰るんだよ? 一人になっちゃう子いない?」

 それぞれに、うん、いないよ、と頷く。

「だけど、さあ、あいつ……」

 ミノルが口を挟んだ。視線の先に男二人がいる。彼の不満げな口調の、あいつ、がどっちを指しているのかはわからないが、とにかく家へ帰るように言うと、ミノルも友人達に「行くよ」と引っ張られるように帰っていく。

 その後ろ姿を見送って、二人の男の様子を伺うと、まだ董也が機嫌をとっているところだったが、だいぶ中年男の気も鎮まったのか落ち着いていた。董也は変わらずニコニコしながら絡まれている。

「あんた、いい男だな。女にモテるだろう」
「いや、そんなことないよ?」
「どっかで会ったことあるか?」
「どうだろう、ないんじゃないかな」

 早く行けや、おっちゃん、と私は内心毒づきながら遠巻きに見ていると、男は奇妙な親しさというか馴れ馴れしさで董也の肩に手を置いた。
 げ。気持ち悪い。
 思わず顔をしかめた私と対照的に董也は表情を変えない。男は董也に顔を寄せるようにしてボソボソ何か言ってる。董也は困ったような顔をして、でもまだ笑っていた。
 ……大丈夫かな。高校生の頃の彼の、知らない人に近寄られるだけで嫌そうにして距離をあけていた事が思い出される。

 やがてどう話が落ち着いたのかしれないけど、男はニヤニヤしながら離れて歩き去っていこうとした。そして道の途中に立っていた私に視線を向ける。目がどんよりと曇っていてそのくせ口元だけニヤけていて、どう取り繕っても好感が持てない。

「お姉ちゃんが兄さんの女か?親って者も大変だな」

 だから違うって。言ってることめちゃくちゃだな。よく董也、我慢して相手したよ。

「よく見りゃ姉ちゃんも美人だな」

 そりゃどうも、と心の中で苦々しく思いつつ表面上はあやふやな笑みを浮かべる。ああ、嫌。

「いいねえ、美男美女」

 その言葉とともに手が伸びてきた。


 

 



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