仮面の王と風吹く国の姫君

藤野ひま

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第ニ章

12. 怒る

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 私は待っている。
 雨の中を待っている。すぐ戻るの言葉を信じて。

 マントは冷たい雨水を通しはしなかったが、覆われてない手の先や濡れた足先は感覚が無くなりそうなぐらいに冷え切っていた。温める術もなくただ木の影に立っている。空は雨雲に覆われ、薄い灰色と雨に霞む深い森の緑色が視界に入るばかりだった。

 なんでこんな所で一人立っているのだろうとふと思う。ここ数日で自分の身に起こった変化が大きすぎて、どこか現実感がない。それなのに一方で悲壮感がなかった。むしろ心のどこか深い所で楽しいとさえ思っているのを感じる。濡れた森は美しく、私はその中に立っていた。そっと、着ている帷子に触ってみる。

 と、馬が駆けてくる音がした。私は一瞬息を止めて、そして深呼吸して背筋を伸ばす。今更ジタバタしてもしょうがない。私にできることはせいぜい、私に纏わる属性を汚す事なく守り通すことだけだ。
 でも、すぐに杞憂とわかる。

「姫様!」
「ヴィルマ!」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。カルに会えたのね?」

 ヴィルマが馬を降りて私に駆け寄る。

「はい、今は抜けれそうな道を探っていらっしゃいます。ああ、姫様、申し訳ございませんでした。私が……」
「ヴィルマは何も悪くないわよ。そうそう予定通りには行かないわ。私も足を引っ張る以外できないお姫様なんですもの」
「姫様……」

 ヴィルマはちょっと困ったように、でも優しく微笑んだ。

「姫様、なんと言えばあなたの素晴らしさをお伝えできるのかとずっと思っていたのですが、こんな状況ですし一言だけ無礼を承知でよろしいでしょうか」
「何、改まって。怖いけど、いいわよ」
「私は姫様が大好きです。姫様の元でずっと護衛させていただいていたのも命令を受けたからだけではありません」
「……うん、知ってました。ありがとう」

 知っていた。本当はヴィルマの騎士としての行先を考えると、私についてるより、王の近衛にでも入ったほうが良かったし、それができたのも知っていた。それでもそばにいたのは兄様の配慮と彼女の優しさからだった。知ってたよ。

「私は姫様の花嫁姿を陛下に報告するのが夢です」 

 私はくすくす笑ってしまった。

「ヴィルマ母親みたいよ」
「聖乙女は畏れ多いですが、陛下の……兄上様の代わりに見てくるくらいには。内緒ですが、陛下に報告して出席したことを羨ましがられたいのですよ。それくらいは姫様のために、あの方にして頂きたいのです」
「……それ、兄様には本当に内緒よ。バレたら一生ぐちぐち言われちゃう」

 私とヴィルマは顔を見合わせ小さく笑った。

「さあ、行きましょう。城までもうすぐです」
「ええ」

 ヴィルマの声に応えて手を差し出した時だった。  

 彼女は腰の鞘に収まっていた剣を抜いた。
 そして横の森から音もなく突いてきた剣を弾きかえした。

 




 
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