魔王様と呪われたお姫様

ごーぐる

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1.悲劇のお姫様

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 ベッカム王国王宮からは少し外れた離宮。灰色の壁と床、年期を感じる木製の机と一脚の椅子。そのうえで静かに表紙が擦れた本を手に持ち開くこともなく眺める。まだ朝日が昇ったばかりのこの時間だと薄暗くてページを捲ったところで読めはしない。明かりが焚かれることのないこの部屋の唯一の光はあの手の届きようもない高い場所にある小さな小窓だけ。まるで牢獄のようなこの部屋も今日でお別れになるのだと思うと考え深いものがあるのだなぁと徐に感じた。

「魔女様。お時間です」

 きしきしと足音を鳴らしてドアの外から下女が迎えに来たようだ。私はそっと本をしまい誘われるまま扉をくぐる。久しぶりに歩いた王宮の廊下は相変わらず煌びやかに整えられており、眩暈がした。道行く先々で使用人たちは私の姿を見るなり震えて頭を下げる。

 きっと噂通りの私の姿を見て怯えているのだろう。生まれつきのその髪を見て誰かが『呪われた姫』だと言い、そして百年ほどの月日を経るとその畏怖は『魔女様』に変化した。衰えない容姿、なんの色もない真っ白な髪、目だけは王族特有の赤紫ではあるもののそれがなければこうして生きながらえることも許されなかっただろう。…不老不死なのだから死ぬことはないだろうが。

 離宮から外へと出ると門の裏口の方へと案内される。古びた馬車と今にも息絶え絶えになりそうなほど老いた男が一人、馬も然りといった具合であったが用意してもらえるだけありがたいなと下女がトランクを馬車に括り付ける様子を眺めていると、風が吹いて帽子が飛んだ。

「あ…」

 飛んだ帽子を追いかけて目が合う。逞しくしかしまだ幼さが隠れて見える青年は、痛々しく包帯に巻かれたこの国の勇者だ。

「行ってしまわれるのですね」
「傷に触りますよ」

 まだ塞ぎ切っていないでしょうに。つい小言のように呟くと苦笑いで帽子を手渡された。

「俺が負けたせいで…なぜ貴女が…」
「…気にしないでって言っても無理でしょうね」

 青年の悔し気な表情に少し心が救われた気がする。勇者が負けた、人間族が魔族との戦争に負けた。その献上品として私は魔王に召し上げられるのだ。今王の子が王女一人しかいないこの国で、私の存在は目の上のたんこぶではあるが、都合がいい…要は体のいいお払い箱である。

「本当にいいのよ?知っての通り私は不死身だから一人魔王城に放り込まれても死にはしないし、むしろあの狭い部屋に閉じ込められるよりも自由になれるかもしれない。愛弟子を置いていくのは寂しいけれど、子はいつかは巣立っていくものだと言うし。…私この国が大切よ、だから覚悟は決まってるの」

 勇者様が愛したこの国を守るためならば、思い出も絆もすべて置いていこう。城の方から「どこなのぉ~勇者さまぁ~」と甘えた声で青年を探す王女の声が聞こえてくる。毎日追いかけられているせいなのか空色の瞳が揺れている青年が可哀そうで、私はにこりと笑ってまだ少し柔らかさが残った頬を撫でた。

「さよなら、セシリオ。どうか元気で」

 青年の必死の制止に聞く耳を持つことなく馬車に乗り込む。走りゆく馬車の中見えた体を支える杖を放り出し、崩れ落ちる青年を見て心が痛んだが、これで本当の別れだと目を閉じる。

「…待っていてください、ロレタ」

 必ず迎えに行くと走り去る馬車をいつまでも眺めながら青年は心に誓った。
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