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2.お姫様なんて年じゃない
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流れていく景色にだんだんと家や畑等の人工物が少なくなってきたころ、ふと御者から話しかけられる。
「あの、魔女さま。もうすぐ目的地に着きますが…」
「あらそうなの?」
目的地とはこの先の不快の森と呼ばれる悪魔たちの領域、魔王領のことだ。直接城へと馬車で行くことができればそれが一番楽ではあるが、なにせ戦争が終わったばかりで老人一人だけを連れて生きて帰れるとは思えない。だから御者とはここでお別れになる。
「ありがとう。ここまでくるのだって怖かっただろうに、助かったわ」
きしきしと鳴る馬車を御者の手を取って降りる。言葉遣いや仕草からなんとなく分かっていたけれどこの御者は元よりどこかしらの貴族に使える使用人だったのだろう。息を整える馬に触れる手はとても優しく、帽子を取りこちらに礼をする格好はとても洗礼されている。
「…とんでもございません。この老いぼれであればこのまま魔王城までお連れしたいところではありますが、なにせコイツも老馬なものでして、この先までもちそうにない」
「ふふ、途中で野垂れ死なれても困るもの。…そうねぇ、あそこの川の付近に魔物避けの結界を張っておくからしばらくそこで休んでから戻るといいわ。一時間以内には立ち去るようにね」
手をかざして見えるところにある川辺に魔法陣を張る。魔物と悪人避けの結界と安らぎの魔法だ。魔素の豊富なこの土地だと妖精たちもたくさんいて結界の維持もたやすい。
「ああそうだわ。馬車の中にあるトランク、貰ってちょうだいな。大したものではないけれど売れば少しはお金になるはずよ。私にはもう必要がないものだから」
こんなご時世では宝石の類でも高くはつかないだろうが、生活の足しくらいにはなるはずだ。貴族たち皆が貧困な生活を送っているわけでないのだし、型は古いが石も大きく手入れも行き届いている。…皮肉にはなるがあの夢見がちなお姫様辺りが喜んでこの宝石たちを買うだろう。
私がそう言うなり、御者は深々と涙を流して胸に当てた帽子を強く握った。
「…多くの者はアナタ様を呪いだ厄だと誹りますが、本当は誰よりも国のことを考えて行動なさる方だと知っています。今となっては昔ですが、まだ王宮に使えて間もないころ病に苦しむ婚約者のために薬を求めたワタクシめを助けてくださったことを、この御恩を、これからも先もずっと忘れることはないでしょう。どうか、アナタ様の人生に幸多からんことを祈ります」
病に苦しむ婚約者…そうかこの老人はあの時のとロレタは思い出す。確かにはるか昔まだ若い男が人も近づかないような離宮の戸を叩きつけて何事かと話を聞いて薬を嘆願されたことがあった。あの後、男は私と接触を持ってしまったことを知られてどこかへと飛ばされていったと聞いたが…。
呪いのせいで自分が老いる感覚が無かったけれど、月日は私を置いて規則的に流れ続ける。八十五年、私は老いることなく少女のままだけれど、目の前の青年だった彼は誰が見ても今にも果てそうな老人だ。
私、年取ったわねぇなんて考えて余計に実感した。そういえば、もうそろそろ誕生日だったか…。そうしたら私は何歳になるのだろう。澄み渡る快晴と曇り交じりの空の下で自分の行く末を想い巡らせた。
「あの、魔女さま。もうすぐ目的地に着きますが…」
「あらそうなの?」
目的地とはこの先の不快の森と呼ばれる悪魔たちの領域、魔王領のことだ。直接城へと馬車で行くことができればそれが一番楽ではあるが、なにせ戦争が終わったばかりで老人一人だけを連れて生きて帰れるとは思えない。だから御者とはここでお別れになる。
「ありがとう。ここまでくるのだって怖かっただろうに、助かったわ」
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「…とんでもございません。この老いぼれであればこのまま魔王城までお連れしたいところではありますが、なにせコイツも老馬なものでして、この先までもちそうにない」
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手をかざして見えるところにある川辺に魔法陣を張る。魔物と悪人避けの結界と安らぎの魔法だ。魔素の豊富なこの土地だと妖精たちもたくさんいて結界の維持もたやすい。
「ああそうだわ。馬車の中にあるトランク、貰ってちょうだいな。大したものではないけれど売れば少しはお金になるはずよ。私にはもう必要がないものだから」
こんなご時世では宝石の類でも高くはつかないだろうが、生活の足しくらいにはなるはずだ。貴族たち皆が貧困な生活を送っているわけでないのだし、型は古いが石も大きく手入れも行き届いている。…皮肉にはなるがあの夢見がちなお姫様辺りが喜んでこの宝石たちを買うだろう。
私がそう言うなり、御者は深々と涙を流して胸に当てた帽子を強く握った。
「…多くの者はアナタ様を呪いだ厄だと誹りますが、本当は誰よりも国のことを考えて行動なさる方だと知っています。今となっては昔ですが、まだ王宮に使えて間もないころ病に苦しむ婚約者のために薬を求めたワタクシめを助けてくださったことを、この御恩を、これからも先もずっと忘れることはないでしょう。どうか、アナタ様の人生に幸多からんことを祈ります」
病に苦しむ婚約者…そうかこの老人はあの時のとロレタは思い出す。確かにはるか昔まだ若い男が人も近づかないような離宮の戸を叩きつけて何事かと話を聞いて薬を嘆願されたことがあった。あの後、男は私と接触を持ってしまったことを知られてどこかへと飛ばされていったと聞いたが…。
呪いのせいで自分が老いる感覚が無かったけれど、月日は私を置いて規則的に流れ続ける。八十五年、私は老いることなく少女のままだけれど、目の前の青年だった彼は誰が見ても今にも果てそうな老人だ。
私、年取ったわねぇなんて考えて余計に実感した。そういえば、もうそろそろ誕生日だったか…。そうしたら私は何歳になるのだろう。澄み渡る快晴と曇り交じりの空の下で自分の行く末を想い巡らせた。
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