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幼少期編

21 お帰り

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ちくちくとハンカチに刺繍をしながらフェルたちと喋っていると、あっという間に二つの刺繍ハンカチができた。
コツは身体強化を少しかけてスピードをあげることだ。
常人ならば私の手元は見えないことだろう。
効率廚な機械もびっくりだろうか。

そうして作り終えた頃にはちょうど太陽が頂点にくるかこないかくらいになっていた。
四季もあるし、ここは大分日本に近い土地らしい。

と、二人にハンカチを渡したところでチェニーが扉をノックした。
「お嬢様、奥様がお帰りになりました」
「わかりましたわ、すぐに出ます」

本当にいつも都合がいいタイミングで知らせに来るよなぁとメイドのハイスペックさに感心して、玄関へと向かうと、すでにお父様とお兄様がいた。
どうやら、私が最後らしい。
出遅れてしまったようだ。

「遅刻してしまいましたか?」
「いや、問題ない。まだ馬車から降りたばかりらしいからな」

もちろん、うち広いから、門といっても過言じゃない塀から歩いたら数分かかる。
中まで馬車を入れてしまってもいいのだが、今日はなぜか外で降りたらしい。

心なしかお父様がそわそわとしている。
お父様はその理由を知っているのかもしれない。

「……お父様、後ろめたいならば最初からしなければいいのですよ」
私の言葉にお父様はビクッと体を少し強ばらせた。

「もし、もうしないとここで誓うならば、これから起こることに対して味方になってあげなくありませんが……」
「……ほ、本当か!?」
「ええ、ただし。ーーーにいに?」
「うっ……」

「私のメイドたちに図書室を禁止させましたね?次やったら絶交です。お父様もにいににそういう権利を与えないようにしてください。そういうことしちゃうなら、嫌いになりますよ?一生口きいてあげませんから」
「ぜ、絶交……」
「い、一生?!」

妖精たちはこの茶番が面白いらしくクスクスと笑っている。
いや、冗談じゃないよ。

お父様たちはまったく同じリアクションをする。
親子だね、そんなところ似なくていいのに。

「わ、わかった……。話をのもう、だから、嫌いなんて言わないでくれ……」
お父様は子犬のようにシュンと項垂れた。
イケメンと相乗効果でお父様が可愛く見える。

ま、実際中身は私の方が年上だしね。
精神年齢的には私の方がお姉さんなのよ、ふふん。

『それはそうと、母親が来たみたいだぞ』
リバートは扉に目線を向けた。
『了解しました』

「お父様、にいに、お母様がお帰りのようです。笑顔でお迎えしましょう」

「只今、奥様がお戻りになられました」
メイドの一人が声をかけると使用人たちが玄関に勢揃いする。
そして扉を開ける音を合図に一礼。

「お帰りなさいませ、奥様」
「ただいま戻りました」
使用人たちは軍隊のように息が揃っている。
すごー。

続いて私とお兄様も一礼。
「お帰りなさいませ、お母様」
「お帰りなさい、母上」
「お帰り」

「ただいま、良い子にしていたかしら?」
良い子にしていたか、それを言うときお母様の目はお父様とお兄様に向いていた。
やっぱり、知ってるねこれは。

「は、はい!もちろんです母上!なぁ、サラ?!」
蛇に睨まれた蛙だな、こりゃ。
「はい、そうですわね、にいに。お父様もにいにも良い子でしたよ」

するとお母様は意外そうな顔をした。
「あら、じゃあサラちゃんがもうお仕置きしちゃったのかしら?」

まぁ、堂々としていらっしゃるわ、お母様。
「はい、実は。ですのでほどほどにしてくださいませ?」
「ふふ、タファくんには最初からそのつもりよ」

には、ね。

「…え、俺は……?」
「あなた、口調」
「は、はい……」

完璧に尻に敷いているじゃないか、お母様。
うちの上下関係が見える瞬間だよね。

「……お母様。私、お父様と約束してしまいましたの。ですのであんまりいじめてあげないで下さいませ?」
「あら、サラちゃんのお願いは珍しいわね。いいわ、今回は許してあげる。次はないわ」
お母様はお父様の頬にキスを落とす。
そして、お父様がその流れのままお母様の頬に優しく手を添えて、顔を近づけて……。
うひゃぁっ、子供は見ちゃだめよ。

私は目線だけを二人からそっと外す。
すると『うむ、キスか』とか『久しぶりに見たな』と上から聞こえてきた。
や、やめてくれぇ……。
ただのキスなのだが、なんともういういしいサラ(精神年齢58)の春だった。
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