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誰かの日常の話
歪んだ愛情
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カーテンを開けると白く淡い銀世界が広がっていた。今年も雪が舞う時期がやってきたのだ。まあ……外がどんな天気だろうと、僕には関係ない。
部屋の暖房をつけて布団を畳む。テーブルの上のタブレットを起動すると、献立が書いてあるメールが表示された。好きな献立を返信すると、その食事を食べることが出来る。今日の献立はさば味噌煮定食、カレーライス、親子丼だ。朝はさば味噌煮定食にしよう。返信ボタンからメールを作成し、送信する。
今僕はこの家の中に監禁されているが、好きなことができるし、食事も三食しっかり揃っている。お風呂にも入れる。僕が制限されているのは、この家の二階に登ることと、外部と連絡をとることだ。窓ははめ殺しで、割るような音がすればすぐ「あいつ」が来るだろう。
あいつとは、僕をここに閉じこめている真犯人だ。あいつは僕の家族を全員殺し、僕をここへ閉じこめた。背の低い痩せた女で、茶髪のショートボブ。名前は井篠八重という、僕のストーカー。
井篠は会社の派遣社員で、僕が教育係になっていた。告白されたが、僕は既に彼女がいたのでお断りした。その日から井篠はストーカーになった。
会社の帰りに寄った居酒屋で会い、コンビニで会い、休日にデートしていたデパートで会う。偶然ですね、と毎回井篠はにこりと笑いかける。可愛くない訳では無い。しかし、
「偶然ですね、まさか隣だなんて」
井篠が僕の家の隣に引っ越してきた時、僕は恐怖で思わずこう叫んだ。
「もう、つけ回すのはやめてくれないか」
井篠は首をかしげて、何のことでしょうと微笑んだ。その無垢な笑顔に、更に得体の知れない恐怖を感じた。
井篠が家のインターホンを鳴らし、出迎えた僕の母がナイフで刺されたのは、その日から四日後だった。急いで警察に連絡しようとした弟の首をかき切って、金属バットで対抗した父を滅多刺しにして殺した。そして僕をナイフで脅し、自分の家に引きずり込んだ。
「さて、お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
そして井篠は笑いながらそう言ったのだ。血まみれのナイフを僕に突きつけながら。
「なんでこんなこと……僕が交際を断ったからなのか」
「お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
突きつけられたナイフから家族の血が滴る。先程と全く変わらない声音。
「何考えてるんだ井篠」
「お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
「いい加減にしてくれ。警察に出頭しよう」
その瞬間、首にべたっとした感触がした。
「これからはずっと一緒なんですよ、前崎さん。私凄く嬉しいです。今日は記念日ですから、美味しい御料理を食べましょう?腕をふるいますよ。あ、今日から下の名前で……将介さんって呼びますね」
淡々と気味の悪い笑みを貼り付けながら言葉を繋いでいた。もう、抵抗出来ないと思った。首に家族の血が張り付く。初めて、本当の絶望を味わった。
それから今日で約一ヶ月になる。警察は失踪した僕が家族殺しの犯人だとみているだろう。指名手配されているのだろうか、情報が無いので全くわからない。井篠は変わらない様子で会社に勤めている。
「おはようございます将介さん、さば味噌煮定食ですよ」
爽やかに笑いながら井篠が朝食を運んできた。ふわりといい香りが漂う。井篠はいってきます、と僕の頬にキスをして家を出た。
左の頬についた井篠の微かな唾液をティッシュで拭う。自分の本当の彼女……#佳那_かな__#のことを思い出し、僕は湯気の立った味噌汁に涙をこぼした。
*****
今から一か月前、世間を震撼させる凶悪殺人事件が起こった。ある平和な家族に起こった悲劇。
母親が玄関で心臓を一突きされ、高校生の息子の首は骨に達するほど深く切り裂れ、金属バットを持って反抗しようとしていたのだろう父親は、胴体が原形をとどめないほど滅多刺しにされていた。凶器はまだ見つかっていない。
しかしこの家にはもう一人息子がいた。彼はこの事件から姿をくらましている、前崎将介という二十八歳の会社員だ。警察はこの事件の犯人は彼だと推測し、行方を追っている。
第一発見者は、隣に住む女性会社員の井篠八重。偶然にも、被疑者と同じ会社に勤めている。
一通り事件についてまとめてはみたものの、未だ前崎の行方はわかっていない。指名手配しているのに、目撃情報が何一つ入ってこないのだ。
「誰かに匿ってもらっているとしか……」
ボールペンをこめかみにカチカチと当てて唸っていると、後輩の波野が湯気が香り立つ珈琲を持ってきた。
「田牧先輩、大丈夫ですか?クマ酷いですよ」
「ああ、心配かけてすまない。珈琲ありがとう」
珈琲を飲んで背中を思いきり反らすと、びき、と音が鳴った。この一ヶ月、殆ど寝ていないせいか、酷く身体が重く、だるい。
「波野、彼女はどうだった?」
「あ、また今日も来ましたよ。事件が起きてから毎日……余程信じているんでしょうね」
彼女とは、前崎将介の恋人である水上佳那のことだ。彼はやっていません、誰かに仕組まれたんです、彼の両親の結婚記念日に、私とサプライズ計画をしていた人が、家族を殺すわけがない、弟のことも毎日話題に出るほど可愛がっていたんです……と、無実を訴えてくるのだ。
確かに前崎は会社でも人望が厚く、真面目な好青年だ。少し堅苦しいところもあったらしいが、上司部下問わず仲が良かったという。会社の人間も、信じられないと口を揃えて言っていた。
「よし、明日彼女の話を詳しく聞いてみよう。ずっと門前払いは流石に可哀想だし、今のままでは捜査も進まない」
「わかりました」
「それと……彼女が前崎を匿っているかもしれんしな」
残りの珈琲を飲み干す。波野が心配した様子で俺の事を見た。
「あの、田牧先輩。明日やることも決まりましたし、今日は少しお休みになっては」
「……ああ、そうするか」
仮眠室のソファに身体を倒す。薄い毛布をかけると、瞬く間に眠りの世界に吸い込まれていった。
次の日の朝、早速俺と波野は水上佳那の自宅に向かった。ドアから出てきた彼女は俺達を見るなり笑顔を浮かべ、直ぐに招き入れてくれた。彼女が前崎を匿っている様子はない。
「わざわざありがとうございます。やっぱり……将介のことですよね」
「はい、非常に申し訳ないのですが、捜査が全く進まないもので……」
出された紅茶の匂いが鼻腔をくすぐる。彼女は言いにくそうに口をもごもごさせている。
「何か気になることはありませんか。どんなに些細なことでもいいんです」
波野が手帳にペン先を置いて語りかける。
「私は将介が犯人じゃないと思っています。その視点から感じたことでもいいんでしょうか」
「はい、構いませんよ」
俺は紅茶にそっと口をつけた。紅茶に詳しくはないが、この葉は香りが好みだ。
「前に将介が言ってたんです。第一発見者の井篠さんって人に、ストーカーされてるって。将介とデートしていた日に、その人に一回会ったことがあるんです。ここからは私の考えなんですけど……井篠さんが、なんだか怪しく感じてしまって仕方ないんです」
同じ職場で、寮でもないのに隣同士。しかも井篠のほうが後から引っ越ししている。俺自身が怪しいと感じていた部分と繋がった。
「ストーカー……それは本当ですね?」
「はい」
「朝からありがとうございました、少し我々の方でも調べてみます。……波野、行くぞ」
水上佳那の家を出て、伸びをした。まだ時間はある。井篠八重を探ってみよう。やることができると疲れも飛ぶ。足どりは軽快だ。
「田牧先輩、まず家でも見てみます?現場ももう一度見に行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
車に乗り煙草に火をつける。煙を吸い込んで心を落ち着かせ、エンジンをかけた。
*****
刑事の二人が帰って間もなく、机の上のスマートフォンがヴーと振動した。届いたショートメールを確認する。
『彼を解放して私は逃げればいいのね?』
彼女――井篠八重からだった。
『もう間もなく警察が行くはずです。よろしくお願いします』
『了解、報酬は最初に言った口座に振り込んでちょうだい』
『長い間ありがとうございました』
二つのティーカップを片付け、ポットに残った紅茶を飲んで一息ついた。
……何もかもが上手くいった。笑いが隠しきれない。最初は無鉄砲な計画だと思っていたが、成功した。大成功だ。
事の発端は、将介に冗談っぽくこう聞いた時だった。
「もしもの話でさ、私と将介の家族が溺れてて、どっちかしか救えないってなったらどうする?」
「難しいな。なかなか選べないよ」
「選んでよー」
「うーん……佳那には申し訳ないけど、僕は家族を選ぶかもな。佳那のことは大切に思っているけど、家族には育ててもらった恩もあるし」
頭の奥が凍らされたような感覚がした。結婚の約束までしている私より、家族の方が大切なんだと思い知らされた。
「そ、そうだよね。家族の代わりは居ないもんね」
そうだね、でも勿論佳那の代わりもいないよ。そう言って笑う将介のことを見て、私は酷く怯えた。
私はいつか捨てられてしまうのではないか。やっと本気で愛せる人を見つけたのに。そう思うと、次第に彼の家族が憎くなった。
あの三人さえいなければ、私が将介の一番になれるのに。あの三人を……殺す?でも、いずれ捕まってしまう。どうすれば、どうすれば……。
昼夜ネットを駆使して調べた。どうすれば、私が殺したことがバレないか、凶器や死体の処理はどうするか。最終的に辿り着いたのは、シューと呼ばれる女の殺し屋だった。
迷わず連絡をとった。シューは、ターゲットの身辺に入り込み、隙を見て殺す大胆なテクニシャンである。その代わり、多額な報酬を積まないといけない。私の父は有名な会社の取締役で、お金の心配は要らないことが幸いした。
『恋人の家族を、ねぇ……。なかなかぶっ飛んでるわね、あなた』
『報酬はいくらですか』
『三人だからね……弾みたいところだけど、あなたクレイジーだから気に入った。一人分でいいわ、一千万でどう?』
『ありがとうございます、よろしくお願いします』
『オーケー、後払いでいいわよ。この口座に入れて頂戴』
シューはそれからすぐに、井篠八重として将介の会社にストーカーとして潜り込んだ。そして、あっという間に将介の家族を殺した。
『あなた無しではいられないようにすればいいのね?監禁でもしてみる?』
『効果は期待できますか』
『家族を殺され、ストーカーに監禁される。あなたのことをずっと考えるはずよ』
最初は死んだ家族のことで頭がいっぱいになるだろう。でも、だんだんその頭は私でいっぱいになるはず。思わず笑みが零れた。
『シュー、ありがとうございます』
『お礼は報酬だけでいいわ』
シューはこれからすぐ海外に逃げるだろう。将介から全てを聞かされ、警察はまたあの有名な殺し屋にしてやられたと思い知るのだ。
証拠もシューに言われた通り完全に削除した。入金ももう済ませてある。あとは、将介が保護されるのを待つだけ……。
夕方四時頃、ピリリリリ、とスマートフォンが鳴り響いた。さっきの刑事からのようだ。
『ビンゴでしたよ水上さん。あなたの信じる心は素晴らしい。彼は至って元気です。今から言う病院に保護されているので、会いに行ってあげてください』
ありがとうございます、すぐ向かいます。そう言って電話を切った。厚手のコートを羽織り、急いで支度する。
あぁ、今日は雪が降っていたのね。どうりで冷え込むわけよ。
「将介、待っててね」
白く淡い銀世界に踏み込んだ。二人だけの人生の、第一歩を。
部屋の暖房をつけて布団を畳む。テーブルの上のタブレットを起動すると、献立が書いてあるメールが表示された。好きな献立を返信すると、その食事を食べることが出来る。今日の献立はさば味噌煮定食、カレーライス、親子丼だ。朝はさば味噌煮定食にしよう。返信ボタンからメールを作成し、送信する。
今僕はこの家の中に監禁されているが、好きなことができるし、食事も三食しっかり揃っている。お風呂にも入れる。僕が制限されているのは、この家の二階に登ることと、外部と連絡をとることだ。窓ははめ殺しで、割るような音がすればすぐ「あいつ」が来るだろう。
あいつとは、僕をここに閉じこめている真犯人だ。あいつは僕の家族を全員殺し、僕をここへ閉じこめた。背の低い痩せた女で、茶髪のショートボブ。名前は井篠八重という、僕のストーカー。
井篠は会社の派遣社員で、僕が教育係になっていた。告白されたが、僕は既に彼女がいたのでお断りした。その日から井篠はストーカーになった。
会社の帰りに寄った居酒屋で会い、コンビニで会い、休日にデートしていたデパートで会う。偶然ですね、と毎回井篠はにこりと笑いかける。可愛くない訳では無い。しかし、
「偶然ですね、まさか隣だなんて」
井篠が僕の家の隣に引っ越してきた時、僕は恐怖で思わずこう叫んだ。
「もう、つけ回すのはやめてくれないか」
井篠は首をかしげて、何のことでしょうと微笑んだ。その無垢な笑顔に、更に得体の知れない恐怖を感じた。
井篠が家のインターホンを鳴らし、出迎えた僕の母がナイフで刺されたのは、その日から四日後だった。急いで警察に連絡しようとした弟の首をかき切って、金属バットで対抗した父を滅多刺しにして殺した。そして僕をナイフで脅し、自分の家に引きずり込んだ。
「さて、お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
そして井篠は笑いながらそう言ったのだ。血まみれのナイフを僕に突きつけながら。
「なんでこんなこと……僕が交際を断ったからなのか」
「お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
突きつけられたナイフから家族の血が滴る。先程と全く変わらない声音。
「何考えてるんだ井篠」
「お風呂と夕食、どちらにしましょうか」
「いい加減にしてくれ。警察に出頭しよう」
その瞬間、首にべたっとした感触がした。
「これからはずっと一緒なんですよ、前崎さん。私凄く嬉しいです。今日は記念日ですから、美味しい御料理を食べましょう?腕をふるいますよ。あ、今日から下の名前で……将介さんって呼びますね」
淡々と気味の悪い笑みを貼り付けながら言葉を繋いでいた。もう、抵抗出来ないと思った。首に家族の血が張り付く。初めて、本当の絶望を味わった。
それから今日で約一ヶ月になる。警察は失踪した僕が家族殺しの犯人だとみているだろう。指名手配されているのだろうか、情報が無いので全くわからない。井篠は変わらない様子で会社に勤めている。
「おはようございます将介さん、さば味噌煮定食ですよ」
爽やかに笑いながら井篠が朝食を運んできた。ふわりといい香りが漂う。井篠はいってきます、と僕の頬にキスをして家を出た。
左の頬についた井篠の微かな唾液をティッシュで拭う。自分の本当の彼女……#佳那_かな__#のことを思い出し、僕は湯気の立った味噌汁に涙をこぼした。
*****
今から一か月前、世間を震撼させる凶悪殺人事件が起こった。ある平和な家族に起こった悲劇。
母親が玄関で心臓を一突きされ、高校生の息子の首は骨に達するほど深く切り裂れ、金属バットを持って反抗しようとしていたのだろう父親は、胴体が原形をとどめないほど滅多刺しにされていた。凶器はまだ見つかっていない。
しかしこの家にはもう一人息子がいた。彼はこの事件から姿をくらましている、前崎将介という二十八歳の会社員だ。警察はこの事件の犯人は彼だと推測し、行方を追っている。
第一発見者は、隣に住む女性会社員の井篠八重。偶然にも、被疑者と同じ会社に勤めている。
一通り事件についてまとめてはみたものの、未だ前崎の行方はわかっていない。指名手配しているのに、目撃情報が何一つ入ってこないのだ。
「誰かに匿ってもらっているとしか……」
ボールペンをこめかみにカチカチと当てて唸っていると、後輩の波野が湯気が香り立つ珈琲を持ってきた。
「田牧先輩、大丈夫ですか?クマ酷いですよ」
「ああ、心配かけてすまない。珈琲ありがとう」
珈琲を飲んで背中を思いきり反らすと、びき、と音が鳴った。この一ヶ月、殆ど寝ていないせいか、酷く身体が重く、だるい。
「波野、彼女はどうだった?」
「あ、また今日も来ましたよ。事件が起きてから毎日……余程信じているんでしょうね」
彼女とは、前崎将介の恋人である水上佳那のことだ。彼はやっていません、誰かに仕組まれたんです、彼の両親の結婚記念日に、私とサプライズ計画をしていた人が、家族を殺すわけがない、弟のことも毎日話題に出るほど可愛がっていたんです……と、無実を訴えてくるのだ。
確かに前崎は会社でも人望が厚く、真面目な好青年だ。少し堅苦しいところもあったらしいが、上司部下問わず仲が良かったという。会社の人間も、信じられないと口を揃えて言っていた。
「よし、明日彼女の話を詳しく聞いてみよう。ずっと門前払いは流石に可哀想だし、今のままでは捜査も進まない」
「わかりました」
「それと……彼女が前崎を匿っているかもしれんしな」
残りの珈琲を飲み干す。波野が心配した様子で俺の事を見た。
「あの、田牧先輩。明日やることも決まりましたし、今日は少しお休みになっては」
「……ああ、そうするか」
仮眠室のソファに身体を倒す。薄い毛布をかけると、瞬く間に眠りの世界に吸い込まれていった。
次の日の朝、早速俺と波野は水上佳那の自宅に向かった。ドアから出てきた彼女は俺達を見るなり笑顔を浮かべ、直ぐに招き入れてくれた。彼女が前崎を匿っている様子はない。
「わざわざありがとうございます。やっぱり……将介のことですよね」
「はい、非常に申し訳ないのですが、捜査が全く進まないもので……」
出された紅茶の匂いが鼻腔をくすぐる。彼女は言いにくそうに口をもごもごさせている。
「何か気になることはありませんか。どんなに些細なことでもいいんです」
波野が手帳にペン先を置いて語りかける。
「私は将介が犯人じゃないと思っています。その視点から感じたことでもいいんでしょうか」
「はい、構いませんよ」
俺は紅茶にそっと口をつけた。紅茶に詳しくはないが、この葉は香りが好みだ。
「前に将介が言ってたんです。第一発見者の井篠さんって人に、ストーカーされてるって。将介とデートしていた日に、その人に一回会ったことがあるんです。ここからは私の考えなんですけど……井篠さんが、なんだか怪しく感じてしまって仕方ないんです」
同じ職場で、寮でもないのに隣同士。しかも井篠のほうが後から引っ越ししている。俺自身が怪しいと感じていた部分と繋がった。
「ストーカー……それは本当ですね?」
「はい」
「朝からありがとうございました、少し我々の方でも調べてみます。……波野、行くぞ」
水上佳那の家を出て、伸びをした。まだ時間はある。井篠八重を探ってみよう。やることができると疲れも飛ぶ。足どりは軽快だ。
「田牧先輩、まず家でも見てみます?現場ももう一度見に行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
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『もう間もなく警察が行くはずです。よろしくお願いします』
『了解、報酬は最初に言った口座に振り込んでちょうだい』
『長い間ありがとうございました』
二つのティーカップを片付け、ポットに残った紅茶を飲んで一息ついた。
……何もかもが上手くいった。笑いが隠しきれない。最初は無鉄砲な計画だと思っていたが、成功した。大成功だ。
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「難しいな。なかなか選べないよ」
「選んでよー」
「うーん……佳那には申し訳ないけど、僕は家族を選ぶかもな。佳那のことは大切に思っているけど、家族には育ててもらった恩もあるし」
頭の奥が凍らされたような感覚がした。結婚の約束までしている私より、家族の方が大切なんだと思い知らされた。
「そ、そうだよね。家族の代わりは居ないもんね」
そうだね、でも勿論佳那の代わりもいないよ。そう言って笑う将介のことを見て、私は酷く怯えた。
私はいつか捨てられてしまうのではないか。やっと本気で愛せる人を見つけたのに。そう思うと、次第に彼の家族が憎くなった。
あの三人さえいなければ、私が将介の一番になれるのに。あの三人を……殺す?でも、いずれ捕まってしまう。どうすれば、どうすれば……。
昼夜ネットを駆使して調べた。どうすれば、私が殺したことがバレないか、凶器や死体の処理はどうするか。最終的に辿り着いたのは、シューと呼ばれる女の殺し屋だった。
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『恋人の家族を、ねぇ……。なかなかぶっ飛んでるわね、あなた』
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ありがとうございます、すぐ向かいます。そう言って電話を切った。厚手のコートを羽織り、急いで支度する。
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