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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん

1. 物置部屋

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 キーンコーンカーンコーン……。

 終業のチャイムと共にホームルームが終わり、二年D組の生徒達が各々放課後の準備に取り掛かる。そんな中、窓際の一番後ろの席、所謂いわゆるベストポジショニングを進級早々獲得した久我山くがやま颯空さくは、ぽかぽかと温かな陽気に身をゆだね、気持ちよさそうに眠っていた。その耳にはピアスのたぐいは見受けられずと、見た目は大分ましになったものの、相変わらず名門・清新学園には似つかわしく無い風貌をしているため、大多数の生徒から不良として恐れられていた。当然、そんな彼に話しかけようとする者など皆無。いや、皆無だった。
 過去の言い回しにしたのは、現在進行形で颯空に近づく生徒がいるからである。

「起きなさい。久我山君」

 颯空の机の前に立ったなぎさ美琴みことは、その美しい顔を盛大にしかめながら颯空に話しかけた。だが、対する颯空は全くの無反応。それに苛立ちを覚えた美琴がおもむろに右手を上にかざす。

「起きろって言ってるでしょ!」

 そのまま容赦なく振り下ろした手刀が颯空の頭に突き刺さった。否、ぽーんという情けない音とともに無残にも弾き返された。それでも、颯空の目を覚ますには十分な効果があったようだ。

「あぁ? …………って、お前か」

 一瞬、不機嫌さ全開の顔を見せた颯空だったが、自分を起こした人物を認識すると、面倒くさそうにため息を吐く。予想以上の石頭に涙目で自分の手をすりすりとさすりながら、美琴は颯空を睨みつけた。

「お前か、じゃないわよ! あんた何時間眠るつもり!?」
「んなの俺の勝手だろうが」
「一時間目の授業が始まるとすぐに机に突っ伏して、それから帰りのホームルームまでずっと寝ていたわ! しっかり見てたんだからね! もっと授業に集中しなさい!」
「いや、お前が集中しろよ」

 自分が寝ている様をずっと監視していた美琴に、颯空が若干呆れながら言う。そんな二人をクラスメートは遠巻きに奇異な目で見ていた。なんともミスマッチな組み合わせ。片や、教師からも煙たがられている不良に、片や生徒会の役員にもなっている優等生。まるで接点がない二人がここ二三日で急に会話をするようになった。クラスの注目が集まるのも無理ない話である。しかも、学園最恐の颯空に手刀を食らわせられる関係ともなればなおさらだ。

「……まぁ、いいわ。さっさと行くわよ」
「はぁ? 行くってどこにだよ?」
「なに? まだ寝ぼけてるの? 行く場所なんて一つしかないじゃない」

 そう言いながら、美琴は錆び付いた鍵を見せた。それを見て颯空が思わずうなだれる。それは清新学園の生徒会長である神宮司じんぐうじまことから渡されたどこぞの資料室の鍵だった。その教室を拠点にし、美琴の仕事を手伝いつつ、生徒会とはどのようなものか学べ、というのが誠からのお達しであった。その働きによって颯空は生徒会に入る事が許される。

「……お前一人で行けよ。面倒くせぇ」
「それじゃ意味ないでしょ? 私があなたを指導してあげなくちゃいけないんだから」

 美琴が得意げな顔で言った。憧れの誠から頼られたという事実が、彼女のやる気につながっている。

「それともなに? 久我山君は生徒会に入りたくないっていうの?」
「そんなもん決まってんだろ。生徒会なんて……」

 入りたいわけねぇだろ、と言おうとした颯空だったが、悪魔のような笑みを浮かべながら自分の生徒手帳をひらひらと振っている美琴を見て、思わず口ごもった。不良の颯空が生徒会に入りたいなどと思うわけがない。だが、美琴に弱みを握られ、生徒会に入る約束をしてしまったのだった。

「……入りたいに決まってんだろ。くそったれ」
「そう。なら大人しくついて来ることね。私の教えなしじゃ神宮司会長には認めてもらえないだろうし」

 苦虫を噛みつぶしたような表情の颯空に対し、美琴は涼し気な笑みを浮かべた。そのまま意気揚々と美琴が教室から出て行ったので、颯空も仕方なくその後を追う。そんな二人を終始見ていたクラスメート達の頭の中には疑問符ばかりが浮かび上がった。

「えーっと……あったわ。ここね」

 東棟の一階にやって来た二人は『資料室』と書かれた扉の前に立ち、美琴がカギ穴に鍵を差し込む。かちりと音がして、鍵が開いたことを確認すると、美琴は勢いよくその扉を開いた。その瞬間、襲来する埃の大群。

「ゲホッ! ゲホッ! な、なによこれ!?」
「……まぁ、資料室だからこんなもんだろ」

 大量の埃をまともに食らった美琴がてんやわんやしている中、なんとなくその未来を予想し、彼女の背中に隠れていた颯空があっけらかんとした口調で言った。

「ゲホッ! と、とりあえず窓!!」

 豪雪の中を進むように手で顔を庇いながら、美琴は資料室の中を進んでいく。ようやく窓までたどり着き、硬くなった鍵をなんとか上にあげ、窓を大きく開け放った。

「随分とまぁ立派な部屋をあてがってくれたもんだ。あのくそ会長様はよ」

 乱雑に置かれた紙の束の上に、同じくらいの厚さで埃が積もっているのを見ながら、颯空が嫌味たっぷりな口調で言う。

「そ、そうね! 流石に普通の教室と比べると狭いけど、二人で使うには十分すぎるほどの部屋だわ! ま、まさにビンテージ!」
「ビンテージの使い方間違ってんだろ。それに人間がいられる場所じゃねぇよ、ここ。十分もいれば埃で肺が埋まっちまう」
「それは掃除をすれば済む話よ!」

 美琴が教室の隅に置いてある掃除用具入れをどや顔で指差した。それすらも埃塗れでドアの開け口が目視できない。とは言え、このままここでボーっとつっ立ってて埃人間になるのも嫌なので、渋々掃除用具入れに近づき、埃を払いながら颯空はその扉を開けた。

「というわけで早速掃除開始よ! ……と、言っても、私は神宮司会長に呼ばれているので、ここはあなたにまかせるわ」
「はぁ?」

 掃除をするための箒やモップが、掃除をしなければならないほど汚れている事に顔をしかめていた颯空が、美琴の言葉を聞いて目を点にする。

「じゃ、後はよろしくね」
「え、いやちょっとま……!!」

 颯空の言葉も聞かずに、美琴はさっさと資料室から出ていき、扉を閉めた。その衝撃で掃除用具入れの上に乗っかていたバケツが落ちてくる。
 静まり返った教室に一人残され、しばらく途方に暮れていた颯空だったが、持っているビンテージものの箒を思いっきり床に叩きつけた。
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