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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん
11. 縮まる距離
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藤代家はごく一般的な家庭だ。父親はサラリーマンとして働き、母親は専業主婦として日々家事に勤しんでいる。一人娘である環が学校に行っていない事を除けば、どこにでもあるありふれた家庭だと言える。
それは家にも表れていた。奇抜なデザインの家具などは一切ない。配置も普通。まさに万人が思い描く家のイメージのテンプレートのような家、それが藤代家だった。
だが、最近その家に少し変化が起きた。何の変哲もない木の椅子と机が意外な場所に置かれるようになったのだ。それは娘の部屋の前の廊下。おおよそ普通とは言えないその配置は、今日もそこでゲームを楽しんでいる二人の学生のためだった。
「もうっ!! なにこれっ!? 全っっっ然勝てないんだけど!?」
画面にでかでかと表示された『討死』という文字を見て、美琴が悔しそうに声を上げる。怒りにまかせて画面を指で連打する彼女を見て、隣に座っている颯空は呆れたように息を吐いた。
「たくっ……自分が下手だからって画面連打すんじゃねぇよ。目障りだ」
「なによその言い方! だって、腹が立つんだからしょうがないじゃない!」
「はっ、ガキだな」
「むきー! あんただって負けたら絶対物に当たるでしょ!?」
「俺は画面を指で叩くなんて無駄な事はしねぇ。スマホごとぶっ壊す」
「なお悪いわ!」
ぎゃーぎゃーと人の家の廊下で騒いでいる二人。最初の頃、美琴だけはかなり遠慮していたが、毎日のように足を運ぶうちに、それもなくなっていった。
「環さーん! 私のクエスト手伝ってぇ!」
「え? あ……う、うん。いいよ……?」
「おいこら環! 甘やかすんじゃねぇ! 初心者は苦労して成長していくもんなんだよ!」
「へ? そ……そうだね……」
廊下に用意された椅子に座っているのは颯空と美琴の二人。だが、会話に参加してるのは三人。もう一人は固く閉ざされた扉にもたれかかるようにして座っている藤代環だった。
「どう? はかどってる?」
勉強会の進捗を確認するかのように、環の母である佳江がティーカップとケーキをお盆に乗せてやってきた。
「お、おばちゃんさんきゅー。ちょうど腹減ってきたとこだったんだよな」
「いつもいつもご馳走になってすみません……!」
「いいのよ。気にしないで」
ニコニコと嬉しそうに笑いながら机にケーキを置いていく。やっている事は勉強ではなくゲームだというのに、佳江の心は喜びに満ちていた。
「うんめぇ! これおばちゃんのお手製なんだろ? すげぇな」
「本当! 美味しい!」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ。もっと食べたかったら言ってね。まだまだたくさん焼いたから」
「あっ、じゃあおかわりで」
「……少しは遠慮しなさいよね」
「あぁ? おばちゃんがいいって言ってんだからいいだろ」
ムッとした表情で颯空が言うと、美琴は首を振りながらこれ見よがしにため息を吐いた。
「あんた、社交辞令って言葉知ってる?」
「知るか。美味いから欲しいって言ってるだけだ」
「相変わらずガキね。一緒にいて恥ずかしいわ」
「んだとこら? ……つーか、皿が空いてるとこ見ると、お前も欲しいだけだろ?」
「なっ……! べ、別に欲し……!」
くない、と言おうとして寸でのところで美琴は言葉を止めた。本音を言えば心の底から欲しいのだが、それを認めると颯空に負けた気がするので意地を張って否定する。だが、それこそが颯空の罠。目の前で憎たらしい笑みを浮かべている男の顔を見れば分かった。
「あー? なんだって? おばちゃんのケーキなんて欲しくないって?」
「ぐぬぬぬぬぅ……! そ、そんなこと言ってないでしょ!! 欲しいわよ!! こんなに美味しいケーキ、欲しいに決まってるでしょ!! だからなに!? 文句ある!?」
「ひ、開き直ってんじゃねぇよ」
「くすくす」
腰に手を当て、鬼のような形相で詰め寄る美琴と、想像以上の勢いに押されている颯空を見て、佳江が楽しげに笑う。
「美琴さんにそこまで言ってもらえて嬉しいわ。今、おかわり持ってくるから待っててね」
「あ、ど、どうもありがとうございます!」
「やりぃ! 大きめなのよろしくな、おばちゃん」
「はいはい」
佳江はそう言うと、お盆を持って廊下を歩いて行った。それと同時にスマホの画面に向き直る二人。少しだけ静寂が訪れる。
「…………二人は仲がいいんだね」
「はぁ!?」
「へっ!?」
その静寂を破ったのは意外な人物だった。心底嫌そうな顔をした颯空と驚いた顔の美琴が部屋の扉の方に向く。
「環……あのな? 世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。わかるか? 今のは悪い事だ」
「ご、ごごご、ごめんなさい……!」
「謝るような事じゃないわ。誰にでも間違いはあるもの」
「間違い……かな?」
「えぇ、間違いよ」
にっこりと微笑を浮かべてはいるが、美琴の声には一切の反論は許さない、という意思が見え隠れしていた。それを感じた環にはさらなる疑問が湧き上がる。
「じゃあ……二人は友達じゃないの?」
「え……?」
予想外の質問に美琴はぽかんとした表情を浮かべた。環が積極的に話しかけてくるのはいい傾向だ。ここのところ話を振れば答えてくれるくらいにはコミュニケーションが図れる程度にはなってきたので、《環学校復帰計画》は順調に進んでいるといっていい。だからこそ、環からの質問には全力で答えたいのだが、なんとも難しいものを投げかけてきたものだ。
「環さん……あのね」
「寝言は寝てから言え。どうしたら俺とこいつが仲良しこよしの友達ちゃんに見えるって言うんだよ? 大体、こんな自己チュー女と仲良くなれる奴なんているわけねぇだろ」
なんと言えばいいのか言葉を選びつつ返事をしようとした美琴だったが、それよりも先に颯空が呆れた様子で答えた。その言葉にぴくりと美琴の眉が動く。
「……そうね。久我山君と私は友達関係じゃないわ。強いて言うなら私の下僕ってとこかしら?」
「はぁ!? 俺がいつお前の下僕に……!!」
「生徒手帳」
「なっ……!!」
「杠葉先輩」
「ぐ、ぐぅ……!!」
「葵さん」
「て、てめぇ……きたねぇぞ!」
美琴の連続攻撃に言葉は強いが完全に颯空の勢いは死んでいた。悠然と髪をかきあげながら美琴は勝ち誇った笑みを彼に向ける。
「なんとでも言いなさい。負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」
「くっ……この悪魔めが……!!」
ギリっと奥歯を噛み締め、颯空が顔を横に向けた。なんたる高揚感。美琴の口端が自然と上にあがる。
「……なんていうか、二人は複雑な関係なんだね」
颯空と美琴の間に起きた事を知らない環は今のやりとりに関して全く理解が及んでいなかったが、そういう風に結論づける事で無理やり納得する事にした。顔は見えないものの、なんとなくその口ぶりに歯切れの悪さを感じ取った美琴が僅かに首を傾げる。
「どうして急にそんな事を聞いたの?」
「えっ……?」
尋ねた瞬間、美琴は内心「しまった」と思った。普段通り頭に浮かんだ事をそのまま聞いてしまったが、今の言い方だと環には責めているように聞こえたかもしれない。何と言っても、他人と話すようになったのは極最近の事なのだから。
「え……あ……その……」
「あぁ、ごめんなさい。ふと思った事を聞いただけだから気にしないで?」
扉越しにも環が狼狽えているのを感じ、美琴は極力優しい声で言った。こんなくだらない事で今まで積み重ねてきた努力を水の泡にするわけにはいかない。
「……わ、私はどうなのかなって……」
「え?」
「私は……二人にとってなんなのかなって思って……」
段々と声のボリュームを下げつつ環は言った。目をぱちくりとした美琴であったが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。
「なにって、友達に決まってるじゃない」
「……友達?」
「えぇ、そうよ」
「…………」
きっぱりと美琴が言うと、環は黙りこくった。今の言葉に嘘偽りはない。確かに、環と知り合ってから一二週間程度しか経っていないが、時間など関係ない。最初は学校に行くよう説得する事しか頭になかった自分が、純粋に彼女に会いたいからここへ来ている事から考えても、環が友人なのは疑いようのない事実なのだ。
「……それはないよ」
自嘲するように笑いながら環が呟いた。
「友達なんかじゃない……友達なんておこがましい……私なんかとじゃ釣り合いがとれない……」
「どういうことかしら?」
美琴が少しだけ表情を曇らせ、硬質な声で尋ねた。その声音に小さく息をのんだ環であったが、ぎゅっと拳を握りしめる。
「……友達は対等な関係。久我山颯空君も渚美琴さんもとても素敵な人達……でも、私は二人が来てくれているのに部屋から出ることもできない情けない引きこもり。対等なんかじゃない……一緒にいる資格も……ない」
それだけ一気に言うと、環は大きく深呼吸をした。これは環が勇気を振り絞って見せてくれた彼女の心。頭ごなしに否定するわけにはいかない。とはいえ、彼女の言葉に賛同する気はこれっぽっちも起きない。だが、なんと言えばいいのだろうか。どうすれば自分を卑下する事に慣れてしまった少女にこちらの気持ちが伝わるのだろうか。
「……なーにくだらねぇこと言ってんだ、お前」
それまで我関せずといった様子でスマホをいじっていた颯空が呆れた声を出した。
「どうでもいいだろ、んなこと」
「なっ……!! どうでもいいってあなたねぇ!!」
「環」
あまりの口ぶりに言い返そうとした美琴を颯空が手で制す。普段であれば無視して意見するのだが、彼女の名前を呼んだ颯空の表情は真剣そのものだった。とりあえず、喉まで出かかっていた言葉は呑み込んでおく。
「俺はな、お前と群戦やるの楽しいぞ?」
「え……?」
「周りでやってる奴なんていなかったからな、いつも俺は独りでやってたぜ。まぁ、群戦は神ゲーだからさ? 独りでやってもめちゃくちゃ面白いのは間違いないし異論は認めない。……でもよ、他の奴と一緒にやるのがここまで楽しいとは思ってなかったわ」
その声はいつもより少しだけ優しかった。美琴は前のめりになっていた体を戻し、颯空の言葉に耳を傾ける。
「環は俺らとゲームすんの楽しくねぇの?」
「た、楽しいよ!」
「ならそれでいいじゃん。友達だとか対等だとかそういうごちゃごちゃした話は俺にすんじゃねぇよ。頭痛くなるわ。俺らはお前といて楽しい、お前も俺らといて楽しい、なら連めばいい、ってそういうシンプルな話だろ?」
「…………うん!」
顔を見なくても喜んでいるのが分かる声。颯空は軽く肩をすくめてゲームに戻る。理屈もへったくれもない暴論。だが、どうやら一人の迷える少女の心には届いたようだ。ヤンキーにしては中々良い働きをしたのではなかろうか。
「……そんなんだから学校で友達できないのよ、あんた」
「あぁ? 別に欲しくねぇよ」
「またまたー強がっちゃってー」
「うぜぇ……」
ニヤニヤ笑いながらつんつんと人差し指で肩を突っついてくる美琴を颯空が鬱陶しそうに払いのけた。
「つーか、環。呼び方長すぎんだろ。颯空でいいよ」
「あっ、それ私も思った。いちいち苗字まで付けなくていいわ。美琴って呼んで?」
「え……あ、うん……さ、颯空君と、み、美琴さん……」
顔を真っ赤にしながら環がぎこちない口調で二人の名前を呼ぶ。その様子を実際には目にしていないが、美琴はなんとなく想像する事ができた。
この調子で行けば『天岩戸』作戦、どうやら上手くいきそうだ。
それは家にも表れていた。奇抜なデザインの家具などは一切ない。配置も普通。まさに万人が思い描く家のイメージのテンプレートのような家、それが藤代家だった。
だが、最近その家に少し変化が起きた。何の変哲もない木の椅子と机が意外な場所に置かれるようになったのだ。それは娘の部屋の前の廊下。おおよそ普通とは言えないその配置は、今日もそこでゲームを楽しんでいる二人の学生のためだった。
「もうっ!! なにこれっ!? 全っっっ然勝てないんだけど!?」
画面にでかでかと表示された『討死』という文字を見て、美琴が悔しそうに声を上げる。怒りにまかせて画面を指で連打する彼女を見て、隣に座っている颯空は呆れたように息を吐いた。
「たくっ……自分が下手だからって画面連打すんじゃねぇよ。目障りだ」
「なによその言い方! だって、腹が立つんだからしょうがないじゃない!」
「はっ、ガキだな」
「むきー! あんただって負けたら絶対物に当たるでしょ!?」
「俺は画面を指で叩くなんて無駄な事はしねぇ。スマホごとぶっ壊す」
「なお悪いわ!」
ぎゃーぎゃーと人の家の廊下で騒いでいる二人。最初の頃、美琴だけはかなり遠慮していたが、毎日のように足を運ぶうちに、それもなくなっていった。
「環さーん! 私のクエスト手伝ってぇ!」
「え? あ……う、うん。いいよ……?」
「おいこら環! 甘やかすんじゃねぇ! 初心者は苦労して成長していくもんなんだよ!」
「へ? そ……そうだね……」
廊下に用意された椅子に座っているのは颯空と美琴の二人。だが、会話に参加してるのは三人。もう一人は固く閉ざされた扉にもたれかかるようにして座っている藤代環だった。
「どう? はかどってる?」
勉強会の進捗を確認するかのように、環の母である佳江がティーカップとケーキをお盆に乗せてやってきた。
「お、おばちゃんさんきゅー。ちょうど腹減ってきたとこだったんだよな」
「いつもいつもご馳走になってすみません……!」
「いいのよ。気にしないで」
ニコニコと嬉しそうに笑いながら机にケーキを置いていく。やっている事は勉強ではなくゲームだというのに、佳江の心は喜びに満ちていた。
「うんめぇ! これおばちゃんのお手製なんだろ? すげぇな」
「本当! 美味しい!」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ。もっと食べたかったら言ってね。まだまだたくさん焼いたから」
「あっ、じゃあおかわりで」
「……少しは遠慮しなさいよね」
「あぁ? おばちゃんがいいって言ってんだからいいだろ」
ムッとした表情で颯空が言うと、美琴は首を振りながらこれ見よがしにため息を吐いた。
「あんた、社交辞令って言葉知ってる?」
「知るか。美味いから欲しいって言ってるだけだ」
「相変わらずガキね。一緒にいて恥ずかしいわ」
「んだとこら? ……つーか、皿が空いてるとこ見ると、お前も欲しいだけだろ?」
「なっ……! べ、別に欲し……!」
くない、と言おうとして寸でのところで美琴は言葉を止めた。本音を言えば心の底から欲しいのだが、それを認めると颯空に負けた気がするので意地を張って否定する。だが、それこそが颯空の罠。目の前で憎たらしい笑みを浮かべている男の顔を見れば分かった。
「あー? なんだって? おばちゃんのケーキなんて欲しくないって?」
「ぐぬぬぬぬぅ……! そ、そんなこと言ってないでしょ!! 欲しいわよ!! こんなに美味しいケーキ、欲しいに決まってるでしょ!! だからなに!? 文句ある!?」
「ひ、開き直ってんじゃねぇよ」
「くすくす」
腰に手を当て、鬼のような形相で詰め寄る美琴と、想像以上の勢いに押されている颯空を見て、佳江が楽しげに笑う。
「美琴さんにそこまで言ってもらえて嬉しいわ。今、おかわり持ってくるから待っててね」
「あ、ど、どうもありがとうございます!」
「やりぃ! 大きめなのよろしくな、おばちゃん」
「はいはい」
佳江はそう言うと、お盆を持って廊下を歩いて行った。それと同時にスマホの画面に向き直る二人。少しだけ静寂が訪れる。
「…………二人は仲がいいんだね」
「はぁ!?」
「へっ!?」
その静寂を破ったのは意外な人物だった。心底嫌そうな顔をした颯空と驚いた顔の美琴が部屋の扉の方に向く。
「環……あのな? 世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。わかるか? 今のは悪い事だ」
「ご、ごごご、ごめんなさい……!」
「謝るような事じゃないわ。誰にでも間違いはあるもの」
「間違い……かな?」
「えぇ、間違いよ」
にっこりと微笑を浮かべてはいるが、美琴の声には一切の反論は許さない、という意思が見え隠れしていた。それを感じた環にはさらなる疑問が湧き上がる。
「じゃあ……二人は友達じゃないの?」
「え……?」
予想外の質問に美琴はぽかんとした表情を浮かべた。環が積極的に話しかけてくるのはいい傾向だ。ここのところ話を振れば答えてくれるくらいにはコミュニケーションが図れる程度にはなってきたので、《環学校復帰計画》は順調に進んでいるといっていい。だからこそ、環からの質問には全力で答えたいのだが、なんとも難しいものを投げかけてきたものだ。
「環さん……あのね」
「寝言は寝てから言え。どうしたら俺とこいつが仲良しこよしの友達ちゃんに見えるって言うんだよ? 大体、こんな自己チュー女と仲良くなれる奴なんているわけねぇだろ」
なんと言えばいいのか言葉を選びつつ返事をしようとした美琴だったが、それよりも先に颯空が呆れた様子で答えた。その言葉にぴくりと美琴の眉が動く。
「……そうね。久我山君と私は友達関係じゃないわ。強いて言うなら私の下僕ってとこかしら?」
「はぁ!? 俺がいつお前の下僕に……!!」
「生徒手帳」
「なっ……!!」
「杠葉先輩」
「ぐ、ぐぅ……!!」
「葵さん」
「て、てめぇ……きたねぇぞ!」
美琴の連続攻撃に言葉は強いが完全に颯空の勢いは死んでいた。悠然と髪をかきあげながら美琴は勝ち誇った笑みを彼に向ける。
「なんとでも言いなさい。負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」
「くっ……この悪魔めが……!!」
ギリっと奥歯を噛み締め、颯空が顔を横に向けた。なんたる高揚感。美琴の口端が自然と上にあがる。
「……なんていうか、二人は複雑な関係なんだね」
颯空と美琴の間に起きた事を知らない環は今のやりとりに関して全く理解が及んでいなかったが、そういう風に結論づける事で無理やり納得する事にした。顔は見えないものの、なんとなくその口ぶりに歯切れの悪さを感じ取った美琴が僅かに首を傾げる。
「どうして急にそんな事を聞いたの?」
「えっ……?」
尋ねた瞬間、美琴は内心「しまった」と思った。普段通り頭に浮かんだ事をそのまま聞いてしまったが、今の言い方だと環には責めているように聞こえたかもしれない。何と言っても、他人と話すようになったのは極最近の事なのだから。
「え……あ……その……」
「あぁ、ごめんなさい。ふと思った事を聞いただけだから気にしないで?」
扉越しにも環が狼狽えているのを感じ、美琴は極力優しい声で言った。こんなくだらない事で今まで積み重ねてきた努力を水の泡にするわけにはいかない。
「……わ、私はどうなのかなって……」
「え?」
「私は……二人にとってなんなのかなって思って……」
段々と声のボリュームを下げつつ環は言った。目をぱちくりとした美琴であったが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。
「なにって、友達に決まってるじゃない」
「……友達?」
「えぇ、そうよ」
「…………」
きっぱりと美琴が言うと、環は黙りこくった。今の言葉に嘘偽りはない。確かに、環と知り合ってから一二週間程度しか経っていないが、時間など関係ない。最初は学校に行くよう説得する事しか頭になかった自分が、純粋に彼女に会いたいからここへ来ている事から考えても、環が友人なのは疑いようのない事実なのだ。
「……それはないよ」
自嘲するように笑いながら環が呟いた。
「友達なんかじゃない……友達なんておこがましい……私なんかとじゃ釣り合いがとれない……」
「どういうことかしら?」
美琴が少しだけ表情を曇らせ、硬質な声で尋ねた。その声音に小さく息をのんだ環であったが、ぎゅっと拳を握りしめる。
「……友達は対等な関係。久我山颯空君も渚美琴さんもとても素敵な人達……でも、私は二人が来てくれているのに部屋から出ることもできない情けない引きこもり。対等なんかじゃない……一緒にいる資格も……ない」
それだけ一気に言うと、環は大きく深呼吸をした。これは環が勇気を振り絞って見せてくれた彼女の心。頭ごなしに否定するわけにはいかない。とはいえ、彼女の言葉に賛同する気はこれっぽっちも起きない。だが、なんと言えばいいのだろうか。どうすれば自分を卑下する事に慣れてしまった少女にこちらの気持ちが伝わるのだろうか。
「……なーにくだらねぇこと言ってんだ、お前」
それまで我関せずといった様子でスマホをいじっていた颯空が呆れた声を出した。
「どうでもいいだろ、んなこと」
「なっ……!! どうでもいいってあなたねぇ!!」
「環」
あまりの口ぶりに言い返そうとした美琴を颯空が手で制す。普段であれば無視して意見するのだが、彼女の名前を呼んだ颯空の表情は真剣そのものだった。とりあえず、喉まで出かかっていた言葉は呑み込んでおく。
「俺はな、お前と群戦やるの楽しいぞ?」
「え……?」
「周りでやってる奴なんていなかったからな、いつも俺は独りでやってたぜ。まぁ、群戦は神ゲーだからさ? 独りでやってもめちゃくちゃ面白いのは間違いないし異論は認めない。……でもよ、他の奴と一緒にやるのがここまで楽しいとは思ってなかったわ」
その声はいつもより少しだけ優しかった。美琴は前のめりになっていた体を戻し、颯空の言葉に耳を傾ける。
「環は俺らとゲームすんの楽しくねぇの?」
「た、楽しいよ!」
「ならそれでいいじゃん。友達だとか対等だとかそういうごちゃごちゃした話は俺にすんじゃねぇよ。頭痛くなるわ。俺らはお前といて楽しい、お前も俺らといて楽しい、なら連めばいい、ってそういうシンプルな話だろ?」
「…………うん!」
顔を見なくても喜んでいるのが分かる声。颯空は軽く肩をすくめてゲームに戻る。理屈もへったくれもない暴論。だが、どうやら一人の迷える少女の心には届いたようだ。ヤンキーにしては中々良い働きをしたのではなかろうか。
「……そんなんだから学校で友達できないのよ、あんた」
「あぁ? 別に欲しくねぇよ」
「またまたー強がっちゃってー」
「うぜぇ……」
ニヤニヤ笑いながらつんつんと人差し指で肩を突っついてくる美琴を颯空が鬱陶しそうに払いのけた。
「つーか、環。呼び方長すぎんだろ。颯空でいいよ」
「あっ、それ私も思った。いちいち苗字まで付けなくていいわ。美琴って呼んで?」
「え……あ、うん……さ、颯空君と、み、美琴さん……」
顔を真っ赤にしながら環がぎこちない口調で二人の名前を呼ぶ。その様子を実際には目にしていないが、美琴はなんとなく想像する事ができた。
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