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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん

12. 脳筋

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「きゃぁぁぁぁ! たくさん敵が来たわぁぁぁ!!」
「だ、大丈夫。落ち着いて一人一人相手すれば勝てるよ」
「そ、そうね。落ち着いてやれば……って、弓矢部隊が私を集中放火してくるぅぅぅ!!」
「み、美琴さん! 下がって!」
「いやぁぁぁぁ!!」

 美琴の悲鳴と共に、スマホの画面に『敗北』の二文字がデカデカと表示される。それを隣で見ていた颯空が呆れたようにため息を吐いた。

「お前さぁ……なんで環に手伝ってもらってるのに負けられるの? ある意味すごくね?」
「な、なによ!? 難しいのよこのクエスト!」
「お前が今やっているのは初級クエだ」

 涙目で睨んでくる美琴に冷たい声で颯空が告げる。

「も、もう少しだったね。次はクリアできると思うよ」
「下手な優しさはこいつの成長を阻害すんぞ? こんな楽勝クエスト、一人でクリアできないようじゃ群戦プレイヤーを名乗る資格はねぇ。というわけで、お前は一人で頑張れ。次は俺が環とマルチプレイするから」
「は、はぁ!? なにそれ!?」
「独り占めすんなって話だ。俺だって環と親睦を深めたいんだよ、うん」
「そんなこと言って環さんの力を借りて難しいクエストをクリアしたいだけでしょ!? 環さんに頼ってばっかで最低ね!!」
「いや、お前にだけは言われたくねぇわ」

 ぎゃーぎゃーと喚いている美琴を適当にあしらい、颯空は環にクエスト参加の要請を送信した。程なくしてパーティに環の名前が表示される。

「ついに颯空君は統一戦に挑むんだね……!」
「おうよ! さっさとこんな国なんか統一して、宇宙に飛び出してぇからな! 頼むぜ環!」
「が、頑張る!」

 環が気合の入った表情でぐっと小さな握りこぶしを作った。だが、それを颯空達が見ることは出来ない。会話自体は自然とできるようになってきているものの、まだ颯空達に顔を見せる事は出来ずにいた。いつものように颯空と美琴は廊下の椅子に座り、環は一人部屋の中で扉に寄りかかりながらゲームをしている。

「ねぇねぇ。統一戦ってなに?」
「言葉通りだよ。最後の敵を倒してこの国を天下統一する戦だ。つーか、お前はさっさと自分の進めろよ」
「いやよ。環さんがいても負けるのに私一人で勝てるわけないでしょ。あなた達が終わるのを待つわ」
「いや、レベル上げをだな……」

 苦言を呈そうとした颯空だったが、自分のスマホを机に置き、両手で頬杖をついてこちらの画面を覗き込んでいる美琴を見て言うのを止めた。

「まぁいい。今重要なのはこの城を落とすことだ。……見た感じ、めちゃくちゃ城門硬そうだな、おい」
「そ、そうだね。このお城は守りに特化したタイプだね。城門の守りに苦戦しているこちらの兵を、矢倉にいる弓兵部隊や鉄砲部隊で殲滅してくる感じかな?」
「そうなると城門突破までが勝負か……」

 颯空が口元に手を当て思考を巡らせる。圧倒的にレベルが高いのは環の方だが、このクエストを受注したのは颯空だ。そのため全軍を指揮するのは颯空の役目になる。

「……よし決めた。環の軍はしばらく待機していてくれ。城門は俺の軍が何とかする」
「わ、わかった! ……でも、颯空君の部隊に鉄盾がないように思えるんだけど」

 鉄盾とは遠距離攻撃から味方を守る役目を担う部隊。城門を破壊するまでに弓や鉄砲による攻撃が予想される以上、鉄盾がいなければ苦戦するのは必至だ。

「何言ってんだ、環」
「え……?」
「こういう時は全員破城槌はじょうついで突貫すればいいんだぜ!」
「あ、うん……そ、そうだね」

 自信満々な様子で答えた颯空に環が曖昧な返事をする。破城槌とは城門を城壁を破壊して城内に味方を引き入れる部隊。確かに全員が破城槌であれば短時間でこの堅牢な城門を突破する事が出来るだろう。だが、それがあまりにもリスキーな行為である事は、群戦素人の美琴ですら容易に理解することができた。

「……あんたさぁ、そういうのなんていうか知ってる?」
「ノーガード戦法だろ? 男だったらこれしかねぇよ」
「バカね。脳筋っていうのよ」
「脳筋……ふふっ」

 余りにも的確な美琴のツッコミに思わず吹き出してしまう環。

「笑ってんじゃねぇぞ、こら」
「あ……! ご、ごごご、ごめんなさい! べ、べべべべ別にバカにしたとかそういうわけじゃ……!!」

 ムスッとした声で颯空が言うと、環は慌てふためき、見えてないと分かっていても扉越しに何度も何度も頭を下げる。

「環さんを怖がらせてるんじゃないわよ」
「うっ……」

 呆れ顔で美琴が颯空の頭をはたいた。いつもならそんな事をされたら美琴に噛みつく颯空であったが、今回は自分が悪いと思っているのか、気まずそうな表情を浮かべている。

「環さん、そんなに本気で謝らなくて大丈夫よ。今のは冗談みたいなものだから」
「冗、談……?」
「ちっ……本気で言ったわけじゃねぇよ」

 美琴から非難じみた視線を向けられた颯空はバツが悪そうに頭を掻いた。

「冗談……そっか……」

 何かを確認するかのように環がポツリと呟く。そして、もう一度深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。そうとも知らずに騒いじゃって」
「だから、環さんが謝る事じゃ」
「ううん、違うの」

 苦笑交じりで言おうとした美琴の言葉を環が柔らかく否定する。

「私、冗談とかよくわからなくて……前にもこんな事があったんだ。相手は冗談で言ったのに私が本気だと思っちゃって、場の空気が……その……壊れちゃったことが」

 そう言いながら環は自分の二の腕をギュッと掴んだ。目に浮かぶのは自分の前で困った顔をしながら引きつった笑みを浮かべているクラスメートの姿。未だに夢に出てくる環の思い出トラウマ。それを思い出すたびに膝に顔を埋めたくなる。

「だから……私が悪いの。冗談を本気にして空気を壊しちゃった私が……」
「別に壊してねぇよ」
「そうね、壊してないわね」
「え?」

 予想外の言葉に勢いよく顔を上げた環が扉の方を見た。

「そう簡単に壊れるほどやわじゃねぇっての。こちとら喧嘩で負けた事ねぇんだぞ」
「そうよ。この男がそんな繊細な神経を持ち合わせているわけないでしょ?」
「おい、どういう意味だこら」
「そのままの意味よ」

 颯空が眉を寄せて睨みつけるが、美琴はどこ吹く風か涼しい顔で颯空をあしらう。そのやり取りはまさにいつも通り。自分に気を遣って取り繕っている様子は全く感じられない。

「とにかく、お前は細かい事をいちいち気にしすぎなんだよ。あんま気張らないでもっと適当に生きろ、バカ」
「久我山君くらい適当に生きられると困っちゃうけどね。気張るなっていうのには賛成ね」

 なんて優しい二人なのだろうか。「ごめんなさい」「ありがとう」……そんな言葉が環の頭に浮かんできたが、それは相応しくないと思った。

「……わかった。もっと適当に生きるよ」
「そうこなくっちゃな」

 どことなく決意が滲んでいる声を聞いた颯空がスマホを持ちながら小さく笑う。

「じゃあそろそろおっ始めるぜ」
「うん!」
「城門を破壊するのは脳筋である俺の仕事。そっから先は大将であるお前の仕事だ」
「分かった!」

 環が力強く返事をした。これまでの人生、誰かに後を任された事など皆無の彼女に力が入るのは当たり前の事だった。だが、力み過ぎてはいけない。最高のパフォーマンスを発揮するために頭を冷静にしていく過程で、環はある事に気が付く。

「……って、あれ? 大将って颯空君じゃないの?」
「え? あ、そうか」
「ぷぷっ……脳筋が大将じゃ部下も不憫で仕方がないわね」
「かっちーん。おうこら、表出ろお前」
「なによ! 本当の事でしょ?」
「ふ、二人共喧嘩しないで! 颯空君! 矢とか弾とか凄い受けちゃってるよ! このままじゃ城門を突破する前にやられちゃうよぉ!」
「やべぇ! 根性だ! 根性見せやがれ!」
「ゲームのキャラクターに根性求めるな!」

 うるさいくらいに騒いでいる三人の声が藤代家の廊下に木霊する。階下のリビングで寛いでいた環の母親である佳江は、嬉しそうに微笑みながらその声に耳を傾け続けていた。

 
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