僕と彼女の新婚物語

郡山浩輔

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第六話 僕、婿養子にいきます。

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 委員長と話して一時間くらいかな?吉川さんからのそのそと起きてきた。

「あ、あれ?……私どうして……?」

 寝ぼけ眼でベッドの縁に座る吉川さん、そして大きな口を開けて欠伸をする吉川さん、どれをとっても新鮮で、可愛くて、愛おしくて、やっぱり僕は吉川さんのことが一番好きなんだなと改めて実感する。
 
 こんな可愛い人と結婚の約束までしちゃったんだよね――。
 もちろん交際もせずに結婚なんて人が聞いたら「馬鹿なのか?」と言うかもしれない。でも、自分が最も好きで、最も愛おしくて、最も大切な人と一生一緒にいたい、生涯をかけて幸せにしたいと思うのはとても自然なことなんだと思う。だから人は恋をして結婚するわけで……。それにお見合いなんてそれこそ交際なしで結婚前提なわけだから、それが今の僕と吉川さんと一体何が違うのか?もちろん自分で自立していない、仕事もしていないという違いはあっても、それだけで「全く違う」とは言えないと思う。もちろん自立してなくて仕事もしてなければどうやって人を幸せにできるのか?という疑問はわかる。でも、結局人は恋から離れられない以上、仕事や自立が一番大事かというと、それはなんか違う気もしていて。甘いと言われればそれまでだけどね――。

「若菜は泣きつかれて寝ちゃったのよ、しかも立ったままで成川くんに抱かれたまま。それで成川くんがベッドに運んでくれたわけ」

 委員長がベッドに座る吉川さんのまえに行ってそう説明すると、吉川さんの顔が沸騰したかのように一瞬で真っ赤になる。

「え?わ、わ、わた、わた、わたわたわた……」

 恥ずかしがって焦る吉川さん。なんか小動物みたいで可愛い。
 こんな吉川さんを見れるのも特権ってやつなのかな。たぶん、きっとこんな吉川さんを委員長は僕よりもずっと多く見てきてるんだと思う。それがちょっと悔しいけど、でもそんなこと言ったら何も始まらない。

「ほら、まずは落ち着いて!今の若菜も成川くんに見られてるわよ?」
「もう、栞ちゃん!そんな意地悪いわないで!」

 と僕を引き合いに出す委員長。結構意地が悪い。そういや、吉川さんに僕を諦めさせるために他の男子にけしかけてたんだっけか。やっぱり委員長は意地悪だ。うん、これは決定事項。反論は、吉川さん以外認めない!



 そんなやり取りをしていたとき、ドアがノックされた。吉川さんが服や髪の乱れを整えると、いつもの吉川さんに戻って、

「はい、どうぞ」

 吉川さんの返事を受けてドアが開かれると、そこには元自衛官だというあの雪菜さんがいた。黒髪をまっすぐ方下まで伸ばし、その切れ長の目に鋭い眼光の瞳、一挙手一投足にまでピンと筋が通っているように見えるその挙動。前に父さんに連れて行ってもらった自衛隊のイベントのときに見た自衛官な人たちの挙動にそっくりだった。

「お嬢様、例の方々がおつ気になられました。旦那様もご用意できておりますのでお早めに応接室までお越しくださいませ」

 雪菜さんが吉川さんに向かって気をつけの姿勢で言う。

「例の方々ってもしかして僕の両親ですか?」

 雪菜さんに問いかけると、優樹菜さんが僕を見て一つ頷いて、

「仰る通りでございます。義人様」

 よ、義人様……なんか変な感じ……。

 雪菜さんの僕への返答を得た吉川さんは、ドレッサーに座って櫛で髪を整え、制服のシワがないことをドレッサー横の姿見で確認すると、

「では、参りましょう。栞ちゃんはここで待ってて」
「こんな面白そう……もとい若菜にとって大切なことに行かないわけには行かないでしょう?」
「面白そう?」

 委員長の失言(?)に眉をひそめて聞く吉川さん……。ちょっと怖いよ――。

「アハハ……まぁ言葉の文よ。まあ部屋の外にいるだけだから、ね?」

 顔を引きつらせながら弁解する委員長。この委員長もこれはこれでなんか新鮮だ。
 つい吹き出してしまう僕。

「成川君、失礼よ!」

 委員長に睨まれた。

「義人さんは何も悪くありません!悪いのは意地悪な栞ちゃんです!名前だけはしおらしいのに、性格はすっごく意地悪なんだから」

 プクッと頬を膨らませる吉川さん。

 この吉川さんも可愛い!

「ほら、あの場所でこんな顔しちゃ駄目よ?若菜の幸せがかかった話し合いになるんだろうし!」

 可愛い膨れっ面な吉川さんの頬を親指と中指で潰して委員長が吉川さんを諭す。
 諭された吉川さんは「うん」と頷いて委員長の手を頬から外すと、

「私、頑張って勝ってくる!」

 そういうと吉川さんの目に力が入った、ような気がした。でも、来客が父さんと母さんだとしたら、勝ち戦に持ち込むには僕が行かなきゃ話にならない。

「僕も行く。むしろ僕が行かなきゃ話は進まないと思う。話をするんでしょ?僕たちの結婚の」

 吉川さんの前に立って、僕はそう吉川さんに確認する。

「はいその通りです」
「じゃあ行こう」
「はい!」

 廊下に出て吉川さんの手を取った。
 すると吉川さんの表情に安堵感とともに瞳により一層光が入った気がした。

――よし!これは僕と吉川さん二人の戦だ!絶対に勝ちに行く!――

 歩き出そうとしたとき、雪菜さんが僕に耳打ちしてきた。

「義人様、若菜様をお願いいたします」

 耳打ちしてきた雪菜さんを見ると、雪菜さんが小さく頷いた。
 僕は頷きで返すと、雪菜さんの顔には笑顔が見えた。




 吉川さんの部屋を出て、今は応接室の前。ずっと手を繋いでここまで歩いてきた。
 たけど、ここからはお互いに同じゴールにたどり着くための戦いに行く。吉川さんと同じゴールに行くには、僕が父さんと母さんを説得して、了解を勝ち取らなきゃならない。それくらいできなきゃ吉川さんを幸せになんてできるわけがない!これは僕と父さん母さんのある意味戦争だ!

 吉川さんと顔を合わせる。
 吉川さんを見て、僕の心に熱い炎が灯った。
 そして吉川さんの目にも僕と同じ炎が灯っているのがわかる。
 二人同じ炎をもって、僕の両親を説得し僕の吉川家への婿入りの許可を勝ち取るんだ!

 僕と手を離した吉川さんが応接室のドアを開ける。
 応接室はドアから見て縦長の部屋になっていて入り口から見て左側に窓がある部屋。その真ん中にテーブルがあり、上座のソファに僕の両親、下座のソファ最奥にグレーのスーツを着た正一郎さん、真ん中に吉川さんのお父さんと思われるネイビー色のストライプのスーツに白いワイシャツ、ライトグリーンのネクタイと薄い茶色の靴下にこげ茶色の革靴の昔スポーツで鍛えたと思われる肩幅の広いがっしりタイプの男性、手前に吉川さんの顔立ちによく似たひと目で吉川さんのお母さんだと思える牡丹の花があしらわれたすこし赤い和服の女性が座っていた。
 僕の両親は、父さんがグレーのスーツに青いネクタイ、黒い靴下に黒い革靴。母さんはウグイ茶系のスーツにストッキングに黒のパンプス。

 父さんと母さんはめちゃくちゃ緊張してて、母さんも父さんもすでに手にハンカチを持っている。空調が効いててだいぶ涼しいと思うんだけど、こんな大きな豪邸ならそりゃ緊張して当たり前だよね。しかもその家のお嬢さんと結婚しようってんだから緊張しないわけがない。

 しかも僕たちが入室してもすぐには僕たちに気が付かない両親……。正一郎さんの「よう入りな」という軽い言葉で入り口にいる僕たちに気づいたようだ。

「義人……」
「義人、あんた……」

 両親が僕に声をかける。まぁ言いたいことは痛いほどよくわかるんだけど、その言いたいこととは真逆のことで僕は両親を説得しようとしているとは、たぶん夢にも思っていないだろう。

 入室した僕たちは、正一郎さんに勧められるまま、入り口近く二つのソファに右側に吉川さん、左側に僕が座る。

「では、役者も揃ったことですから、本題に入らせていただいてもよろしいですかな?」

 と、正一郎さんが話題の切り口を開いた。
 その正一郎さんの言葉にその場にいる全員が姿勢を正した。 

「まずは、私はおめでたいことだと思っておりますが、成川さん宅の義人君と、うちの孫若菜が結婚の約束を交わした事です。ひとまずこの点について成川さん方のご意見、そしてうちの息子夫婦それぞれの意見をお聞かせ願えればと。皆さんどうぞ率直な意見を出してください」

 そう正一郎さんが切り出す。
 つまり、まだ僕たちの話す出番ではないと杭を打たれた形になった。

 両家両親ともに意見を出そうか出すまいか悩んでいるように見える。
 重苦しい空気が漂う中、この状況の口火を切ったのは、吉川さんのお母さんの真理子さんだった。

「わたしは、娘の幸せを第一に考えております。ですからこの結婚に関して大賛成の立場です。成川さんはいかがでしょう?」

 吉川さんのお母さんは自分の意見を述べた後、うちの両親に意見を求めてきた。これで僕の両親がどういう意見を持っているのか、それがわかる。もちろん父さん母さんそれぞれに考え方もあるはず。

 父さんも母さんもどう答えようか思案中のようだ。
 父さんも母さんも何も言わないのかいえないのか、それとも思案中なのか、言葉が出ないことから、正一郎さんが割り込んできた。

「ちなみに私の意見も参考にしていただければ幸いなのですが、私は成川さん、お宅の息子さんをたいへん気に入っております。それはここに居る若菜の父も同じ意見のようてます」

 と正一郎さんが言うと、今度は吉川さんのお父さんの雄一さんが姿勢を前に倒して話し始めた。

「私も父同様、義人君を気に入っております。そうでなければ、大切な娘の部屋になんて行かせません。
 それに私の知る限り、彼ほど人に対して優しさを持てている若者はいないと見ていますし、彼の成績も……父が学園の理事をやっているので少し調べさせていただきましたが、彼はなかなかに詳細がありますし、少し気の弱さはありますが、人の上に立ち、人を底上げしていることができる人材であると見てもいます」

「そう言っていただけるとこの子の育て方を間違ってなかったと思えます。
 私たちもお嬢さんとの結婚に対して反対しているわではないのです。今朝お嬢さんがうちに来られたときも、よく躾けられた素晴らしいお嬢さんだと主人とも話していましたし、私達以上に息子をよく知ってくれているようですし、
 でも、気になるのは二人とも未成年だというのとなんです。これが二人とも成人しているなら私は何も言いません」

 やはりそこだよな―― 
 そこは僕も嫌というほどに考えた。
 もちろん焦るつもりはないし、婚約状態を少し長めにとって高校卒業して就職してそれから籍を入れても良いとも考えてもいる。
 でも、できれば早く結婚して少しでも早く同じ時を過ごしたい。それが我儘なのはわかってるんだけど――

 母さんの言葉に、両家の両親と頷く。
 母さんの言ってることが尤もであることはきっと吉川さんのご両親も正一郎さんも同じだろうと思う。

「とりあえず、二人の気持ちを聞いてみましょうか。私達だけで決めるというのは当事者二人の意思を無視することだと思いますので」

 と、真理子さんが僕たちに話を振ってきた。

 当然僕から話すのが筋だろうと、声を出そうとしたところを吉川さんに止められた。

 ん?なんで?

 その一瞬の後、吉川さんが僕の両親に正対して話し始めた。

「義人さんのお父さま、お母さまにまず聞いていただきたいことがございます」

 吉川さんが僕の両親に話したことを要点にまとめれば、次のとおりになる。

 ・吉川さんの家は、吉川産業という企業を経営していること。
 ・吉川家には、後継ぎとなる男子がいないこと。
 ・後継ぎには婿養子を取る以外にないこと。

 の以上三点。

 吉川産業といえば、石油から電気機器、ソフトウエアから建設という業種で公共事業も多く手がけている日本国内だけでなく世界にも広く名が知られている大企業の一つだ。
 不覚ながら、今の今までそのことに全く気がついていなかった。
 僕はそんなところのお嬢さん戸結婚しようとしていたのだ。でもだからといって吉川さんと結婚をしないなんて事はまず考えられない。家柄とか、お金持ちだからとかそういうものではない。
 単純に僕は吉川さんが、吉川若菜という女性を好きになり、愛し、この女性と一生暮らしたい、この人となら苦楽を共にして一生添い遂げていけると感じたから。
 だから、僕は吉川さんと結婚したいと思ったし、今、吉川さんの家のことを聞いてもそれは揺らがなかった。

 そして、吉川さんはその場に正座すると、

「どうか、義人さんを、お父さま、お母さまの大切な息子様を私にいただけませんでしょうか?
 私はお金があるからとかそういうことで言っているわけではありません。
 私はただ、義人さんとなら、いえ義人さんとだから、苦楽をともにして苦しいときも楽しいときも共に一生添い遂げていける、義人さんだから、私は幸せになれる。義人さんだから私は全力で義人さんを幸せにしたいのです。
 どうか、この不躾なお願いをお聞きいただけませんでしょうか?」

 そういって、吉川さんが父さん、母さんに土下座をした。

 この行動に吉川さんのご両親も驚いている。しかし、正一郎さんは一人吉川さんの行動に頷いていた。

 ただ見ていただけの僕も、父さん、母さんに正対して正座して、まっすぐに父さんと母さんを見て、

「僕はいま吉川さんの抱えることを知ったけど、吉川さんの家柄とか関係なく、僕も吉川さんだから、若菜さんだから、苦しくても一生添い遂げられる、その自信があるんです。
 僕たちはまだ若いです。成人にすらなってなければ、僕はまだ仕事たってしていない。
 でも、僕は若菜さんとだから、幸せになれるんだという革新がある。その証拠を見せろと言われてもそれをどう見ればよいのかわからない程に子供である。
 でも若菜さんと二人で人生を切り開いていきたい。
 甘いと罵ってもらってもいい。
 それでも僕の気持ちは変わらない」

 父さん、母さんの顔をもう一度見て、

「僕の吉川家への婿入りをお許しいただけないでしょうか!」

 と両親に頭を下げた。 
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