僕と彼女の新婚物語

郡山浩輔

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第五話 吉川さんの家へ、そして……

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 吉川さんの呼吸に興奮した僕は、自分の体のある一点に異常を感じた。それは男の象徴たるあの一点。吉川さんに気付かれないように、ほんの少しだけ腰を引く――
 ほんの少しだけだったのに、吉川さんは僕をぎゅっと抱きしめてきて、腰を引くことを許してくれない。

 もしかしたら僕が離れていくと勘違いしたのかな?

「大丈夫、僕はここにいるから」

 そう耳にささやくと、吉川さんは少し力を抜いてきたので、吉川さんを胸に抱いて吉川さんが落ち着けるように頭をなでてみた。
 すると、吉川さんの力がスーッと抜けていって、その代わり僕の首筋や頬にキスをしてきた。それも一回や二回じゃなくて何回も。
 そして、ついに唇にキスをしてきた。
 しかも最初から口の中に舌を入れて来たのでちょっとびっくりしたけど、そのまま息の続く限り、僕たちはお互いの舌を絡めて貪るようにキスをした。

 その光景を一つの小さな目が見つめていたとは、僕も吉川さんも全く気付いてなかった。そして、それがあんなことに使われようとは、今の僕にも吉川さんにも知る由はなかった。
 

 吉川さんが落ち着いてから教室を出ると、吉川さんが僕の左腕に抱きついてきたので、腕を組んだまま、僕達は校門にむかった。
 校門前で待っていた黒スーツのレミさんたちに有無を言わされないまま車に乗せられた僕の左腕に相変わらず抱きついている吉川さん。その顔はとても安らいでいるように見える。
 時々僕と目が合うと、にっこり笑ってくれて、それがまたこの上なく可愛い。つい抱きしめたくなるけど、ここは車の中だし、前にはレミさんや黒髪の運転手の女の人もいるので、流石にやめておく。
 しかし――

「義人様、私達にご遠慮なさらず、若菜様と仲睦まじくされてください」

 とレミさんが前を見たまま、前の席と後ろの席の間に黒いでも向こうが透けて見えるガラスのような壁が後部シート部分のダッシュボードから出てきた。元々何かが飛び出していたんだけど、その正体はこの壁だったようだ。 

「この壁はこちらからは見えませんので仮にエッチなことをされていても外からは一切見えませんのでご安心ください」

 とレミさんは言うけど、

「そんなのこちらから見えてるんだから恥ずかしいし、だいいちこんなところでそんなことしないよ!」

 と返したのだけど、レミさんは――

「そうですか?旦那様はよく奥様とそちらでセックスなどされておりましたので――」
「ちょっとレミさん、それは僕に言っちゃダメなやつです!」
「それは申し訳ございません」

 レミさん、お願いしますよ……。
 そして吉川さんのご両親、あなたがた車の中で何やってんですか!


 ☆☆☆


 車がついた先は、僕の家ではなくとても大きな豪邸だった。
 車が噴水の周りを左から右回りに回って、車二台分はあると思われる屋根付きのエントランスに車が止まり、ホテルのボーイさんなような人が左側のドアを開けた。
 そのドアが開く音で残念そうに僕から離れて車を降りると、次いで僕にも降りるように吉川さんが言ってきたので、僕も吉川さんに倣って車を降りると、レミさんが「カバンを」と仰るので、言われるままにカバンをレミさんに預けて玄関を見る。
 そこには、十八人のメイド服のようなドレスを着た女性と、八人の黒スーツを着た女性、そしてタキシードを着た一人の初老の男性が玄関前にハの字に並んで立っている。
 数名のメイド服を着た女性に黒スーツを着た女性以外は、皆さんほんの少しの段差のある中にいる。多分あそこが玄関なのだろうと思う。

「吉川さん、ここはどこかのホテルか何か?」

 僕は吉川さんに聞いてみたけど、吉川さんはクスクスと笑って、

「ここは私の家です。ようこそ吉川家へ」

 と、吉川さんがスカートの裾をつまんで左右に軽く広げ、右足を少し引いて優雅にお辞儀をした。
 すると、玄関前に立つ人たちからも

「ようこそ、成川義人様」

 とお辞儀をされる。

――海外の貴族みたいだな――

 これが僕の率直な感想だった。そして、優雅に普通に戻る吉川さんがすごく輝いて見えた。

 吉川さんがお辞儀から戻ると、玄関前の人たちもお辞儀から戻った。

――やっぱりこの人たち、メイドさんとか使用人さんとかいう人たちだよね――



 僕は案内されるままに中に入り少し段差のあるところで青いスリッパを差し出されてのでそこで靴を脱ぎ差し出されたスリッパに履き替える。すると今まで履いていた靴はメイド服のようなドレスを着た女性が持っていってしまう。少し気にはなったけど、吉川さんの靴も同じように持っていっていたので、多分それがこの家のしきたりなんだろうと思うことにした。

 玄関からホールに入ったところで、一人の黒スーツの女性が吉川さんに近づいて何かを耳打ちした。
 その女性に「ありがとう」と言った吉川さんは黒スーツの女性が去っていくのを確認してから、

「義人さん、私のお部屋へ行きましょう!」

 と僕の手を取って、ホールから延びて途中から左右に分かれる階段へと引っ張って行く。

 吉川さんは僕を引っばって階段を左に上がると、上がりきってから僕の腕に再び抱きついてきてそのまま廊下を進む。
 
 それにしても、吉川さんに腕に抱きつかれて歩くことにもだいぶ慣れてきたなぁ――

 しばらく歩くと、周りとは少しだけ色の違う、ほんの少しピンク色のドアを開ける。まず驚いたことは、その部屋の大きさ。多分うちのリビングかそれ以上ある部屋の大きさに、僕は圧倒されてしまった。

 僕から離れた吉川さんが先に部屋に入って僕に振り返ると、

「義人さん、中へどうぞ」

 と右手で室内を指して中に入るよう促してくれる。
 僕は促されるままに部屋に入って、不躾ながらも部屋をぐるりと見渡してみる。
 部屋の中は、ピンク調の色で統一されていて、二つの出窓には小さなサボテンの鉢植えがあって。その向こう側にはレースのカーテン。
 そして入り口ドアの左手の少し奥には、クイーンサイズかなと思われる天蓋付きの大きなベッドがあって、ベッド横にはやはりピンク色のドレッサーがおいてあり、ドレッサーの横には大きな姿見もおいてある。母さんたちの寝室にも、ひなの部屋にもドレッサーも大きな姿見もあるから女の人の必需品なんだろうな。女の人は化粧もするし。
 そして、部屋の奥に机があって、その横には電子ピアノ。その横にはパソコンが大きなばそこんデスクに設置してある。
 更にその対面方向には大きなクローゼットがあって、廊下側の壁際にはピンク色の可愛らしいタンスがおいてあった。そしてそのタンスの上にある写真立てには、僕が初めて出た弁論大会で壇上で僕が弁論しているその写真だった。

「あ、僕が写ってる……」

 何気なくその写真のことを言うと、吉川さんが顔を真っ赤にして慌ててその写真をタンスの最上段の引き出しにしまってしまう。

 あまりと速さに僕はぽつんとなる。

「若菜、そんなにしたら、成川君が傷つくわよ」

 と聞き覚えのある声が入り口からしたので振り返ってみると、そこにはジーンズに胸に猫のイラストが入っている赤いTシャツをきた委員長がいた。
 僕は意外な人がいることに驚いて私服姿の委員長を指さして口をパクパクさせていると、委員長がくすくす笑って、

「あ、成川君は知らないんだっけ?私、若菜とは幼馴染でよく遊びに来てるのよ」

 と委員長は僕の横抜けて吉川さんのところにいって、吉川さんが仕舞った写真立てを取り出して僕に渡してくる。
 吉川さんはなにか言いたげにしているけど、委員長が僕に写真立てを渡したところで諦めた様子。

 委員長に渡された写真立ての中の僕を見て、嫌なことを思い出した。この弁論大会県の大会で、ここで選抜されれば全国の弁論大会に行く事ができたはずだったのにものすごく緊張していて上手く言葉が繋がらなくて、結果は落選、しかも最下位というおまけ付き。確か泣いてたような気もする。

 僕が思い出してしまって少し悔しさが顔に出ていたのか、吉川さんは委員長の横を抜けて僕に抱きついてきた。

「あのときの義人さんが流した涙は、とても美しかったんです!だからこの写真が私は大好きで……」

 と、吉川さんが肩を震わせて泣いていた。
 そんな吉川さんを落ち着かせようと軽く背中を抱いて頭をなでていると、

「成川君、若菜がずっと成川君を目で追ってたこと知らないでしょ」

 と委員長が聞いてきたので、僕は「うん」と頷いた。
 委員長は部屋中央にあるソファに腰を下ろして、委員長が一つため息をして話し始めた。

「若菜がね、どうしたら成川君に好きになってもらえるの?って聞いてきたことがあるの。
 でもねその時、私はあまりに頼りない成川君は諦めたほうが良いって、そう言ったわ」

 確かに今でも僕が吉川さんにふさわしいかどうかで言えば、かなり疑問は残ることは自分でわかってるつもり。だから委員長がしたことは正しいのかとしれない。すごく悔しいけど――

「でもね、その時若菜なんて言ったと思う?」

 委員長の問に答えがわからない僕は首を横に振ってわからないことを伝えた。
 すると、

「この子、そんなこと言う栞ちゃんは嫌いだ!って」

 と委員長は言って自嘲気味に笑う。

「この子はね、いつも自分が決めたことは最後まで貫き通す子なの。
 でもやっぱり私は、失礼だけど成川君よりももっと若菜にふさわしい男の子はいるはずだって……
 こんなこと話したら私若菜に嫌われると思うけど、若菜を好きだと公言してる男の子を若菜に告白するようにけしかけてみたの。そしたらこの子ったら付き合ってる人がいるからって全部断っちゃったのよ」

 と笑う委員長。

「去年だったかな、二年生の先輩がしつこく若菜につきまとっていたときがあったの。その時もこの子は「付き合ってる人がいるから」って断ってたの。それで、その先輩が若菜に付き合ってるのは誰かって強引に聞いてきたから、ついこの子は成川君の名前を出しちゃったのよ。
 それかはしばらく成川くんがその先輩に追い掛け回されていたでしょ?あれ見た若菜は雪菜さん、若菜の車の運転手さん。黒い髪の人ね。その雪菜さんにお願いして懲らしめてもらったんだって。あの雪菜さん、ああ見えて元自衛官なんですって。格闘なんとかってすごいこともやってた人みたいで、その先輩、雪菜さんにボッコボコにされたみたいでね、その後万引きとかしてたことが発覚して退学になっちゃったんだよね」

 それであの先輩急に来なくなったんだ。なるほど納得。そしてあの黒髪の雪菜さん?……あの人がひなをさくっとお姫様抱っこして車に載せたという話も、僕が吉川さんの反対側から降りようとしたときにドアを閉めて僕を少し睨んできたことも、なんか納得できた気がする。

 僕の胸で泣いてたはずの吉川さんからスースーと言う声が聞こえて来たので見てみると気持ち良さそうに立ったまま寝ちゃってる。
 なんか、なんでもありだな吉川さん。

 なんか可愛すぎてつい微笑んでしまう僕。
 もってた写真立てを委員長に渡した僕は、吉川さんをお姫様抱っこしてベッドに連れていってそのままベッドに寝かせた。

 そしてまだ話が続くんだろうなと名残惜しいけど、吉川さんの寝顔を目に焼き付けて、委員長の待つテーブルに戻ると。委員長の前のソファに座った。

「よくまだ話続くってわかったわね」

 委員長は対面に座った僕がおかしかったのか少し笑うと、

「こういう優しいところが若菜の心を掴んだのかもしれないわね」

 と、委員長は言って組んでた足を組み替えた。

 それにしても委員長って制服と私服じゃだいぶ印象変わるんだな。吉川さんも制服のときしか見てないけど、やっぱり吉川さんも私服だと変わるんだろうな。早く見てみたい気もする。

 なんて考えてたら、委員長が僕を少し睨んでいた。

「成川君、あなた今失礼なこと考えてなかった?」
「いや、別に……委員長も制服と私服だとイメージ変わるなあ、と……」
「何だそういうことね。そんなこと言ったらあなただって制服と私服じゃだいぶ変わると思うわよ?見たことないから想像でしかないけどね」

 確かに。

「あ、話の続きだったわね」

 と委員長が足を組んだまま姿勢を正すと、僕も聞く体制を作るために姿勢を正した。

「退学になった先輩のことは話したわね……」
「うん、聞いたよ。あ、僕からも聞きたいことがあるんだけど……」
「何?」
「僕が吉川さんに告白したこととかどうして知ってたの?」
「何だそんなこと?」

 委員長は軽く笑って続ける。

「私が若菜と幼馴染だってことは話したわよね?」
「うん」
「なぜ私が知っいてたかって言うと、若菜から全部聞いたからよ。
 あなたが若菜に呼び出しの手紙を靴箱に入れてたことも、あなたが若菜に告白したことも、若菜に交際じゃなくいきなり"結婚してください"って言ったことも。全部!」
「マ、マジですか?」
「マジです!」
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