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せんとう
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ミツキは、目的があって迷宮の街、サウススフィアにやって来た。
目的が達成されれば、東の国、イースタールに帰って行くんだ。
僕は胸がチクリと痛くなった気がした。
また一人になるのが嫌なのか、それとも……
「あー、そう言えばそうだよね。うん、ちょっと行って聞いてみようか。その、僕がいいよって言っても、宿の人が駄目って言うかもしれないし、さ」
「かたじけない」
その後は、なんとなく会話もなくなり、僕らは黒うさぎ亭に移動した。
宿の主人には冷やかされたし、いくつかの意にそぐわない注意もされたけど、一万追加するだけでいいと言ってもらえた。
「ここがソルトの部屋か」
「ちょっと狭いけど、まあ、迷宮にいることの方が多いからね」
僕の部屋には物がほとんど置いて無い。
初心者の頃に買った迷宮の地図や、魔物の図鑑、剣の刃を研ぐ砥石、何本かのお酒と携帯食、それと何着かの着替えくらいか。
あとは薄っぺらい布団と枕があるだけだ。
「あ、ミツキの分の布団を買い忘れた。ちょっと待ってて、買って」
「いや、布団は不要ぞ。わしは布団などなくとも寝れる」
「いや、そう言う訳には」
「よいのじゃ……だって……」
ああ……そう、だった。
ミツキはずっとここにいる訳じゃないんだったよね。
「あー、そう言えば帰って来てからまだ風呂入ってなかったっけ。風呂だけはここのじゃなくて、銭湯を使いなよ?」
「う、うむ。そうじゃな。の、のう、ソルトよ。その、お主も一緒に銭湯に行かぬか?」
「う、うん。じゃあ、風呂入って、夕飯食べてから戻ってこようか」
「うむ、そうしよう」
僕は無理矢理話題を変えることにした。
それに、たまには垢の浮いてない風呂に入るのもいいよね。この宿の風呂は、湯船に浸かる気がしないんだよね。
とか。銭湯に行くことに対して、何かしら理由をつけて気持ちを落ち着かせている自分を滑稽に思いながら、ミツキと共に宿を出た。
「じゃあまた後で」
「うむ。なるべく早く出るようにする」
「急がなくていいよ。入浴代払うんだからちゃんと温まってきなよ?」
「それもそうじゃの。ではお主もしっかり浸かって来るようにの」
ーーーー
大鷹の嘴亭に泊まって以来の久々のお湯だ。
迷宮の中にある街、このサウススフィアはとても不思議な場所だ。
迷宮にいる魔物から魔鉱石や魔晶石を集め、それを燃料にして、外よりも豊かな暮らしができるようになっている。
魔鉱石がほとんど手に入らないイースタールに点在する町は、ここに比べるときっと何倍も不便だ。いくつかの町には温泉もあるが、この銭湯ほど整った造りではない。
ここは良い所だ。
まず、戦争がない。
人同士の争いが全く無いわけではないそうだが、敵対する者を無差別に憎まなくてはならないあの場所にくらべたら、平和だ。
もちろん、迷宮に足を踏み入れれば、魔物が現れる危険な場所だ。自分自身も慢心から危うく命を落としかけた。
迷宮は無限に魔物を生み出す場所なのだそうだ。湧き出した魔物は、放っておけば迷宮から外に押し出され、戦いを知らぬ者達にも襲い掛かるのだという。
それを抑える為、迷宮に入れる者達が、日々、魔物の数を減らし続けているわけだ。
迷宮に入って魔物と戦う者達を探索者と呼び、探索者本人は「自分の為に」戦っている。それは素晴らしいことだと思う。
それに、ここには……
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
考え事をしながらも、髪と体を洗い終わったミツキは、桶にお湯を掬って泡を洗い流し立ち上がろうとした。
その時、知り合いのいないこの街で、ミツキは誰かから声を掛けられたのだった。
「へー、そうだったんですか。ミツキさんとソルトは一時的にパーティーを組んでるだけなんですか」
ニコニコしながらそう言ったのはミントと言うおなごだった。
薄い青緑色の髪、それと同じ色のくりくりした目を輝かせているこの娘は、一言で言うとかわいい子だ。
背は小さいのに、胸は自分より大きい。
あらゆる面で、自分よりも女らしい子だ。
ソルトもこういう女らしいかわいい子が好きなんだろうか。
突然やってきて、ソルトと自分の事を根掘り葉掘り聞かれたのは、あまり気持ちの良いものではなかったし、全てに正直に答えたわけでもない。ただ、この子がソルトの事を想っている事は良くわかった。
ソルトの前のパーティーの話は、ソルトからある程度は聞いている。ソルトにとって辛い話だったようだが、このミントと言う子との間にあった問題は、どちらが悪いと言うことではなく、すれ違いが原因だったらしい事が分かったと言っていた。
彼はもう、ミントとパーティーを組む事はないと言っていたが、この子がずっとソルトを追い続けていたらどうなるか分からない。
きっと、私がここを去る時に、ソルトが一人になってしまう時に、再びソルトの前に現れるつもりなんだろう。
「ミツキさんが、探索者としてソルトを雇ってるだけって事が分かってホッとしました」
「え、あ、ああ」
私が雇ってる訳じゃないよ。
私……わし……そう言えば、ソルトに「女ですよね?」みたいに聞かれたことがあったっけ。
「はぁー。なんかホッとしたせいか、ちょっとのぼせてきちゃいました。私、お先に上がりますね」
「あ、ああ」
湯船から出ると、彼女は柔らかそうな尻をプリプリと振りながら出ていった。
自分の体を見て溜息が出てしまった。
腕を前に伸ばしつつお湯から出すと、まるで男のような鍛えられた腕が現れた。
胸は申し訳ない程度にしか膨らみがなく、その下の腹は筋肉で割れている。
侍として生きてきて、国の為にと戦場に出る為に鍛えてきた自慢の体だ。
自慢の体のはずだった。
でも、この体ではあのおなごには勝てない気がしていた。
この戦いに勝つには…………
目的が達成されれば、東の国、イースタールに帰って行くんだ。
僕は胸がチクリと痛くなった気がした。
また一人になるのが嫌なのか、それとも……
「あー、そう言えばそうだよね。うん、ちょっと行って聞いてみようか。その、僕がいいよって言っても、宿の人が駄目って言うかもしれないし、さ」
「かたじけない」
その後は、なんとなく会話もなくなり、僕らは黒うさぎ亭に移動した。
宿の主人には冷やかされたし、いくつかの意にそぐわない注意もされたけど、一万追加するだけでいいと言ってもらえた。
「ここがソルトの部屋か」
「ちょっと狭いけど、まあ、迷宮にいることの方が多いからね」
僕の部屋には物がほとんど置いて無い。
初心者の頃に買った迷宮の地図や、魔物の図鑑、剣の刃を研ぐ砥石、何本かのお酒と携帯食、それと何着かの着替えくらいか。
あとは薄っぺらい布団と枕があるだけだ。
「あ、ミツキの分の布団を買い忘れた。ちょっと待ってて、買って」
「いや、布団は不要ぞ。わしは布団などなくとも寝れる」
「いや、そう言う訳には」
「よいのじゃ……だって……」
ああ……そう、だった。
ミツキはずっとここにいる訳じゃないんだったよね。
「あー、そう言えば帰って来てからまだ風呂入ってなかったっけ。風呂だけはここのじゃなくて、銭湯を使いなよ?」
「う、うむ。そうじゃな。の、のう、ソルトよ。その、お主も一緒に銭湯に行かぬか?」
「う、うん。じゃあ、風呂入って、夕飯食べてから戻ってこようか」
「うむ、そうしよう」
僕は無理矢理話題を変えることにした。
それに、たまには垢の浮いてない風呂に入るのもいいよね。この宿の風呂は、湯船に浸かる気がしないんだよね。
とか。銭湯に行くことに対して、何かしら理由をつけて気持ちを落ち着かせている自分を滑稽に思いながら、ミツキと共に宿を出た。
「じゃあまた後で」
「うむ。なるべく早く出るようにする」
「急がなくていいよ。入浴代払うんだからちゃんと温まってきなよ?」
「それもそうじゃの。ではお主もしっかり浸かって来るようにの」
ーーーー
大鷹の嘴亭に泊まって以来の久々のお湯だ。
迷宮の中にある街、このサウススフィアはとても不思議な場所だ。
迷宮にいる魔物から魔鉱石や魔晶石を集め、それを燃料にして、外よりも豊かな暮らしができるようになっている。
魔鉱石がほとんど手に入らないイースタールに点在する町は、ここに比べるときっと何倍も不便だ。いくつかの町には温泉もあるが、この銭湯ほど整った造りではない。
ここは良い所だ。
まず、戦争がない。
人同士の争いが全く無いわけではないそうだが、敵対する者を無差別に憎まなくてはならないあの場所にくらべたら、平和だ。
もちろん、迷宮に足を踏み入れれば、魔物が現れる危険な場所だ。自分自身も慢心から危うく命を落としかけた。
迷宮は無限に魔物を生み出す場所なのだそうだ。湧き出した魔物は、放っておけば迷宮から外に押し出され、戦いを知らぬ者達にも襲い掛かるのだという。
それを抑える為、迷宮に入れる者達が、日々、魔物の数を減らし続けているわけだ。
迷宮に入って魔物と戦う者達を探索者と呼び、探索者本人は「自分の為に」戦っている。それは素晴らしいことだと思う。
それに、ここには……
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
考え事をしながらも、髪と体を洗い終わったミツキは、桶にお湯を掬って泡を洗い流し立ち上がろうとした。
その時、知り合いのいないこの街で、ミツキは誰かから声を掛けられたのだった。
「へー、そうだったんですか。ミツキさんとソルトは一時的にパーティーを組んでるだけなんですか」
ニコニコしながらそう言ったのはミントと言うおなごだった。
薄い青緑色の髪、それと同じ色のくりくりした目を輝かせているこの娘は、一言で言うとかわいい子だ。
背は小さいのに、胸は自分より大きい。
あらゆる面で、自分よりも女らしい子だ。
ソルトもこういう女らしいかわいい子が好きなんだろうか。
突然やってきて、ソルトと自分の事を根掘り葉掘り聞かれたのは、あまり気持ちの良いものではなかったし、全てに正直に答えたわけでもない。ただ、この子がソルトの事を想っている事は良くわかった。
ソルトの前のパーティーの話は、ソルトからある程度は聞いている。ソルトにとって辛い話だったようだが、このミントと言う子との間にあった問題は、どちらが悪いと言うことではなく、すれ違いが原因だったらしい事が分かったと言っていた。
彼はもう、ミントとパーティーを組む事はないと言っていたが、この子がずっとソルトを追い続けていたらどうなるか分からない。
きっと、私がここを去る時に、ソルトが一人になってしまう時に、再びソルトの前に現れるつもりなんだろう。
「ミツキさんが、探索者としてソルトを雇ってるだけって事が分かってホッとしました」
「え、あ、ああ」
私が雇ってる訳じゃないよ。
私……わし……そう言えば、ソルトに「女ですよね?」みたいに聞かれたことがあったっけ。
「はぁー。なんかホッとしたせいか、ちょっとのぼせてきちゃいました。私、お先に上がりますね」
「あ、ああ」
湯船から出ると、彼女は柔らかそうな尻をプリプリと振りながら出ていった。
自分の体を見て溜息が出てしまった。
腕を前に伸ばしつつお湯から出すと、まるで男のような鍛えられた腕が現れた。
胸は申し訳ない程度にしか膨らみがなく、その下の腹は筋肉で割れている。
侍として生きてきて、国の為にと戦場に出る為に鍛えてきた自慢の体だ。
自慢の体のはずだった。
でも、この体ではあのおなごには勝てない気がしていた。
この戦いに勝つには…………
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