自由に自在に

もずく

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レベルアップしないと

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「や、やったあ?」

 坂上さんが変な声で喜びを表した。
 実はこれが彼女の仕留めた最初の一羽だそうだ。
 彼女の攻撃はスキルのおかげなのかとてもスムーズに見えたけど、それでもどこかぎこちなさがあった。
 もしかしたらウサギを攻撃することに躊躇いがあったのかも知れない。
 その証拠に、彼女は「やった」の声の後は静かになり、その顔色は少し青白い。

「やったっすね」
「おめでとう」
「凄いですね」

 僕らが声をかけたが、ちゃんと耳に届いているかどうか分からない状態だった。
 ので。
 狩りは始まったばかりだけど休憩することになった。

「分かってんだけどね~。やっぱ生き物殺すのってキツい~」
 そう言いながら、坂上さんは山口さんの太ももを枕にするようにして頭を乗せて抱きつく。

「でもやるしかないっすよ。この世界にも普通の仕事はあるから生きてくだけなら戦わなくてもいいかもっすけど、俺らは元の世界に帰る方法を探すって決めたんすから」
「そうね。恵那ちゃん、頑張りましょう? 少しずつ慣れていくしかないのよ、たぶん」
「そうだよねぇ。分かってはいるんだけどさ」

 昨日から一緒にやっているからか、彼らは既に助け合う繋がりができているようだ。
 僕はそれを見て少しホッとする。
 たぶん、僕はこの先一人でやっていくことができるだろう。
 そして、今後、彼らがどうやっていくかには僕は関わるつもりがない。でも、だからといって、袖先触れ合ってしまった彼らの今後について何も気にならないという訳ではない。
 でも、見た感じだけだけど、たぶん三人一緒なら、レベルが一つか二つ上がれば食うに困ることはないだろうと思う。

 と、なんでこんな上から目線で彼らを見てるかといえば、僕が既にレベルアップを経験しているからだ。
 昨日は《自由自在》でサクサクとコボルトを倒しまくってしまったから気が付いてなかったのだが、今、ウサギと彼らの戦いを見て分かった。
 レベルアップすると色々な力が本当にレベルアップしているようだ。
 ウサギの動きが昨日より遅く見えたし、手に持った短剣が軽く感じられる。たぶん、ウサギが僕の方に来たら簡単に倒せてしまうと思う。なんなら飛び回るウサギの耳や尻尾だけを先に切り取る余裕さえあるかも知れない。意味もなくそんな残虐なことはしないけど。

 彼らが昨日倒したのは四羽のウサギだけだ。だからまだまだレベルは上がらないだろう。
 僕はコボルトを六十匹とビッグホッパー四匹、それとウサギ一羽を倒してやっとレベル3なんだから。
 ウサギだとかなりの数を倒さないと上がらないだろうな。

「みんな、ウサギが出たっすよ。どうするっすか」

 熊野君が小さな声で教えてくれた。
 熊野君の目線の先には確かにウサギがいる。さっきのよりも二回りくらい大きいがウサギはウサギだ。
 しかし、人間に近付かなければ狙われることもないのに、なんでウサギ達はわざわざやってくるんだろうな。

「やるよ」

 坂上さんが小さな声で、でも力強く言いきった。
 山口さんもそれに応えて頷く。
 だから僕もそれに続いて頷いた。

 さっきと同じように、山口さんを起点にしてウサギを囲むように動く。
 山口さんがまた呪文を唱え始めた。たぶんさっきと同じ風の矢の魔法だ。

「……■■■■ ウインドアロー!」

 やはりというか、風の矢はまたもやウサギに躱されてしまった。
 そして今度はウサギは山口さんに向かって飛び出していった。
 そしてそのまま彼女の腹を目掛けてジャンプする。
 逃げ出したのではなく反撃だったようだ。

「ぐべぇっ!」

 山口さんの口から山口さんらしくない声が吐き出された。
 ウサギの頭は見事に山口さんの腹に命中し、彼女の体をくの字に折り曲げさせた。
 そしてウサギは宙空で体勢を変え、今度は彼女の腹を蹴ったようだ。蹴られた山口さんが、くの字の姿勢のままヨタヨタと数歩下がり、「くほぉっ」と息を吐き出して地面に倒れた。
 僕は彼女のそばまで駆け寄り、まだ空中にいるウサギに短剣で突いた。剣は見事にウサギの腹に命中し、ウサギの串刺しが出来上がった。

「杏子さん!?」
「ダイジョブっすか!?」
「大丈夫ですか?」

 坂上さんと熊野君が慌てて駆け寄ってくる。
 現状、僕が一番近くにいるので手を差し伸べてみたけど、腹の痛みと、空気を無理矢理吐き出させられたことでそれどころではないようだ。
 困った。
 こういう時に何をどうすればいいか分からない。丸薬や包帯は買ってあるが、今はそれらの出番じゃないと思う。
 やっぱり回復魔法とか手当スキルの出番なんだろうな。まあ、そういうスキルを持った人はここにはいないんだけど。
 ただ、お腹から血は出ていないようだし、若い女性におっさんの僕が触るのも憚られるし彼女も嫌だろうし、とりあえずは声をかけておこうかな。長くなったが、僕が言ったのはそう思っての「大丈夫ですか?」だった。

「ふーっふーっふーっ…………けほっ、けほっ。だい、大丈夫、です。迷惑をかけてごめんなさい」
 息を吸えるようになって少し落ち着いた山口さんが、僕の方に手を伸ばしてきたので、怪我人のそれを振り払う訳にもいかず、僕は仕方なくその手を取って体を起こすのを手伝った。
「ウサギは……フトウさんが倒してくれたんですね、凄い」
「そーそー、さっきの凄かったよね。わたしと同じソードマンなのになんであんな速く動けんの?」
「いや、それよりも山口さんのダメージの確認が先でしょう」
 僕は話題を切り替えようとしてそれに成功する。
「そうっすよ! 山口さん」
「あ、ごめんごめん。杏子さんお腹は大丈夫?」
「ええ、まだ痛いけど魔法を使うくらいなら大丈夫そう。心配させてごめんなさい。よいしょっと……いたたたた」
「あ、無理したらダメっすよ」

 山口さんは僕の手を杖代わりに立ち上がろうとして、お腹が傷んだのかまたお尻を地面に下ろした。
 そう、この間、僕の手はずっと手を掴まれたままだったのだ。
 そしてその間、彼女の手はずっと震えていたのだった。
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