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当たりチームとハズレチーム

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 声の方を振り返ると、そこにいたのはちょっとぽっちゃりした女の人だった。
 見覚えがある気がするけど、名前やどんなスキルを手に入れた人化までは覚えてない。
「あの……?」
 僕が返事をしないでいると、不安そうに更に声をかけてきた。
「あー、すみません。どなただったかなと思いまして」
「あ、名のりもしないですみません。私は堀蓮華ほりれんげと言います。この間、あなた達と一緒にこの異世界に召喚された者です」
「こちらこそすみません。ちょっと湯当たりしてしまってボーッとしてました。僕はフトウと言います」
 僕は三人掛けサイズのベンチの真ん中に座っていたのだけど、少し横にずれてホリさんに座るように促した。
「あ、お隣り座ってもいいですか?」
「どうぞ」
「じゃあ失礼します」

 隣に座った堀さんは、この世界に来てからのことを話し始めた。
 彼女たち、男爵の元に残ったハズレじゃないスキル持ちの人達は、その日はスキルの細かな確認や説明を受け、豪勢な食事での歓迎を受けたそうだ。人によってはさっそく模擬戦闘をし始めたりもしたらしい。
 次の日からは全員が、さっそく魔鉱窟ダンジョンに入らされたのだという。
 ダンジョンには不思議なルールがいくつかあって、一緒に入った先輩闘士から色々なことを教えてもらいながら地下三階まで行ったのだそうだ。
 堀さんはヒーラーという職業を獲得したレア度緑の人なんだそうだけど、治癒魔法の出番がなく、誰も怪我一つせずにレクリエーション的にダンジョン研修が進んだらしい。
 先輩闘士は山口さんという重騎士シールドナイトの女性で、彼女はダンジョンの案内をしつつ、敵の注目を引き寄せて堀さんたち新人に攻撃をいかせなかったそうだ。
 その他、時々現れる階層ボスの話や魔石の活用方法、ダンジョン内で安全に休む方法、この世界にはエルフやドワーフと呼ばれるファンタジー定番の亜人がいて、彼らは闘士と同じようにスキルを持っていること、人間はこの世界ではノマルという種族で闘士以外はスキルを持っていないことなどを一方的に話してくれた。

「でね、昨日からはもう、新しく来た六人だけでダンジョンに入り始めてて~。でも今日はお休みなんですよ~」

 あれ? 一人足りなくないか?
 ハズレ組は四人だったわけだから、十一人召喚されたんだから残りは七人のはず。
 それにしても、この人は何がしたいんだろう。
 単に自慢話をしたいだけなのか?
 ただ、僕が知らないダンジョンやこの世界の情報ことをペラペラとしゃべってくれるから聞いてるのだけど、この人が何をしたいのかよく分からない。
 とりあえず僕はうんうんと頷きながら話を聞き続けた。
 その後も、彼女は暫くの間話し続けた。
 彼女達は男爵のサポートを受けられるとはいえ、スケジュールを管理されてダンジョンに入らされる事を嘆いているのだと、ようやっと分かってきた。
 つまり、彼女は情報漏洩(提供)をしつつ愚痴を言っているだけなのだ。

「という感じで~、フトウさん達はハズレなんかじゃなくて、むしろ大当たりなんですよ~? だからわたし達の分も自由に生きてくださいね」

 そう締めくくると、彼女は来たときよりも少しスッキリした顔になってベンチから立ち上がった。
 彼女の、僕らハズレスキル組に対する思い込みについて何か思わない訳ではないけど、僕としても色々と聞けてよかった。
 お互いにお別れの言葉を言うと、彼女は立ち去っていった。
 話を聞いている間に湯当たりが治まった僕も、ベンチからゆっくりと立ち上がった。まだ少し残ってる倦怠感がだるくも気持ちいい。
 よし、それじゃあ、どこかで遅い昼飯を食べてからアパートを探してみるとしましょうかね。

 入ったお店は、硬いパンをシチューに浸して柔らかくしながら食べるスタイルのお店だった。この世界には普通に柔らかいパンも売ってるので、このお店ではわざと硬く焼いているのだと思う。
 お客さんが僕以外にいないのは、きっと昼としては時間が遅いからだろう。うん。
 ちなみに値段は銅貨六枚だ。稼ぎ次第ではこういう店にくるか自炊をする必要があるだろうな。
 でも、格別に旨いとかじゃないけど、旅先の物を食べている感じがして、なんだか少しほっこりしてしまった。さっきの温泉から少し、僕は観光気分になってしまっているようだ。
 そろそろ少し頭を切り替えて、やろうと思ってたことをやらなければ。
 そう思って席を立とうとした時、ふと、壁に貼られている紙が目が止まった。

『空き部屋あります』

 僕はすぐに店員のおじいさんに声をかけた。
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