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ヒールという魔法
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プニルという女の子は背が高い。ベッドから足がはみ出るくらいなので一九〇センチくらいあるんじゃないだろうか。
昨日、ちらっと見た限りでは、女の子なのに盾役をやっていたようだから、他の二人よりもダメージを食らう率が高かったんだろう。
背が高いという理由だけでやらされていたんなら可哀想な話だ。望んでやってるのかも知れないからなんとも言えないけど。
女性二人が協力してプニルの革の胸当てを外すと、彼女は痛みでうめき声を上げた。シャツの肩の部分は血が乾いて傷口に張り付いてしまっているようだ。
お湯を用意して、それをシャツにかけながら少しずつ剥がしていく。やはり、痛むのかプニルはうめき声を上げ続けたが、大声を出すのは堪えているようだ。若いのに強いな。
それからシャツを切って傷口が見えるようになると、噛み付かれただけだったことが分かった。噛み千切られてないのなら大丈夫だろう。
コボルトの歯が刺さったまま残ってることもないようだ。
問題は目の方だ。
指を突っ込まれてしまったのか目から血が出ていたようで顔半分は血の跡で赤黒くなっていた。
それをお湯にひたした綺麗な布で拭き取っていく。
するとそこには、目から頬にかけて爪痕が走っていた。
それらを確認してから、肩と目に、ほうれん草を茹でたような緑色の物を乗せていく。
しかし、なんですぐに回復の魔法を使わないのだろうか。
命に別状は無さそうだけど、こんなに痛がってるのだから回復魔法でパッと治してあげればいいのに。
と思ったところで、ようやっとアトリという人が魔法を使ってくれた。
「じゃあ行くわよ。…………■■■■ヒール!」
おっと……ここまで準備をしてきて、待たせに待たせて使う呪文がヒールなのか。
でも、これで怪我が綺麗に治るのならいいのか。
ポゥ、と、傷口二箇所が魔法の効果で光って消えた。
それから緑色の物を持ち上げると、傷痕は残っているものの、傷は塞がっているようだ。
が、目は閉じられたままだ。
「次からは気をつけんだよ。って、あたしじゃなくてギフに怒られた方が効くか。じゃあ、あたしは今夜のダンジョンチャレンジに備えて寝るかんね。んじゃ。ふあ~あ」
アトリは一仕事を終えた感じで、あくびをしながら二階へと戻っていった。
「ありがとうございました!」
プニルが立ち上がってお礼を言うが、アトリは振り返ることなく二階に消えていった。
プニルはちゃんと体力が回復したらしい。
でも……。
ギルドの中を元の状態に戻す作業の途中、僕は一緒にテーブルを運んでいる人に気になったことを聞いてしまった。
「ヒールの魔法では傷痕までは治らないものなんですか?」
「ん? ああ、ヒールは失われた生命力の回復と傷を塞ぐ魔法だからな。あの娘には残念だろうが傷痕は受け入れてもらうしかないな」
「そうなんですか」
「君は大きな怪我を見たのは初めてか。まあ、命あっての物種だ。ダンジョンに入るなら気をつけてな。よいしょっ、と」
「はい」
僕らが運んでいたテーブルが最後のテーブルだったようだ。再び蝋燭に火が灯されると、明るく光っていた方の灯りが消され、ギルドの中はまた薄暗くなった。
これで一連の騒ぎはおしまい、だ。
しかし……。
僕の疑問は解消されず、ヒールという魔法についての考えがまとまらないどころか、納得がいかなくて悶々とした挙げ句、とうとう苛々してきた。
だってさ。ヒール・スクロールでも傷口が完全に治せてたと思うんだけどな。
僕の使うヒールでも傷痕は残らないし!
プニルは今、カウンターの椅子に座ってギフと話をしているところだ。
ここで魔法を使ったらバレるかな。
少し距離が離れてるからバレないよな。
別に彼女を助けたいって訳じゃない。
いちゃもんつけてきた奴の仲間だしな。
ただ、僕のヒールならなんとかできるんじゃないかな、というか、僕のヒールだと綺麗に治ったりするのかなという興味が止まらないだけだ。
だって、この世界のヒールとは、傷や体力を治癒、回復する魔法じゃないらしいからね。
ヒール・スクロールには『あるべき状態に戻れ』と書かれているのだから。
潰された眼球だって、引っ掻かれたり噛み付かれたりした傷痕だって、あるべき状態に戻すことができるなら元通りになるはずなんだよ。
そうだ。これは実験だ。いや、実験とか言ったら実験台にされる彼女に申し訳ない気もするけど……あーーっ、もういい。やろう。やってやろじゃないか!
よく分からないけど、僕はやることに決めたんだ。うん。
自己解決するが早いか、僕は口には出さずにヒールの呪文を心の中で唱えた。
彼女の目が、傷痕が、体力が元に戻りますように。
すると、彼女の目と肩の辺りがポゥと光り、暗闇にギフの厳ついオヤジ顔が浮かび上がった。軽くホラーだな。
でも、多少距離があっても魔法はちゃんと発動してくれたらしい。よかったよかった。
「え……あれ?」
「な、なんだ、どうした!?」
「あれ……? 目が、見える、かも」
「はあああ!?」
「なんだなんだ、どうした?」
「目が見えるようになったってなんだ?」
よしっ。
やっぱり、ヒールでちゃんと治せるじゃないか。
昨日、ちらっと見た限りでは、女の子なのに盾役をやっていたようだから、他の二人よりもダメージを食らう率が高かったんだろう。
背が高いという理由だけでやらされていたんなら可哀想な話だ。望んでやってるのかも知れないからなんとも言えないけど。
女性二人が協力してプニルの革の胸当てを外すと、彼女は痛みでうめき声を上げた。シャツの肩の部分は血が乾いて傷口に張り付いてしまっているようだ。
お湯を用意して、それをシャツにかけながら少しずつ剥がしていく。やはり、痛むのかプニルはうめき声を上げ続けたが、大声を出すのは堪えているようだ。若いのに強いな。
それからシャツを切って傷口が見えるようになると、噛み付かれただけだったことが分かった。噛み千切られてないのなら大丈夫だろう。
コボルトの歯が刺さったまま残ってることもないようだ。
問題は目の方だ。
指を突っ込まれてしまったのか目から血が出ていたようで顔半分は血の跡で赤黒くなっていた。
それをお湯にひたした綺麗な布で拭き取っていく。
するとそこには、目から頬にかけて爪痕が走っていた。
それらを確認してから、肩と目に、ほうれん草を茹でたような緑色の物を乗せていく。
しかし、なんですぐに回復の魔法を使わないのだろうか。
命に別状は無さそうだけど、こんなに痛がってるのだから回復魔法でパッと治してあげればいいのに。
と思ったところで、ようやっとアトリという人が魔法を使ってくれた。
「じゃあ行くわよ。…………■■■■ヒール!」
おっと……ここまで準備をしてきて、待たせに待たせて使う呪文がヒールなのか。
でも、これで怪我が綺麗に治るのならいいのか。
ポゥ、と、傷口二箇所が魔法の効果で光って消えた。
それから緑色の物を持ち上げると、傷痕は残っているものの、傷は塞がっているようだ。
が、目は閉じられたままだ。
「次からは気をつけんだよ。って、あたしじゃなくてギフに怒られた方が効くか。じゃあ、あたしは今夜のダンジョンチャレンジに備えて寝るかんね。んじゃ。ふあ~あ」
アトリは一仕事を終えた感じで、あくびをしながら二階へと戻っていった。
「ありがとうございました!」
プニルが立ち上がってお礼を言うが、アトリは振り返ることなく二階に消えていった。
プニルはちゃんと体力が回復したらしい。
でも……。
ギルドの中を元の状態に戻す作業の途中、僕は一緒にテーブルを運んでいる人に気になったことを聞いてしまった。
「ヒールの魔法では傷痕までは治らないものなんですか?」
「ん? ああ、ヒールは失われた生命力の回復と傷を塞ぐ魔法だからな。あの娘には残念だろうが傷痕は受け入れてもらうしかないな」
「そうなんですか」
「君は大きな怪我を見たのは初めてか。まあ、命あっての物種だ。ダンジョンに入るなら気をつけてな。よいしょっ、と」
「はい」
僕らが運んでいたテーブルが最後のテーブルだったようだ。再び蝋燭に火が灯されると、明るく光っていた方の灯りが消され、ギルドの中はまた薄暗くなった。
これで一連の騒ぎはおしまい、だ。
しかし……。
僕の疑問は解消されず、ヒールという魔法についての考えがまとまらないどころか、納得がいかなくて悶々とした挙げ句、とうとう苛々してきた。
だってさ。ヒール・スクロールでも傷口が完全に治せてたと思うんだけどな。
僕の使うヒールでも傷痕は残らないし!
プニルは今、カウンターの椅子に座ってギフと話をしているところだ。
ここで魔法を使ったらバレるかな。
少し距離が離れてるからバレないよな。
別に彼女を助けたいって訳じゃない。
いちゃもんつけてきた奴の仲間だしな。
ただ、僕のヒールならなんとかできるんじゃないかな、というか、僕のヒールだと綺麗に治ったりするのかなという興味が止まらないだけだ。
だって、この世界のヒールとは、傷や体力を治癒、回復する魔法じゃないらしいからね。
ヒール・スクロールには『あるべき状態に戻れ』と書かれているのだから。
潰された眼球だって、引っ掻かれたり噛み付かれたりした傷痕だって、あるべき状態に戻すことができるなら元通りになるはずなんだよ。
そうだ。これは実験だ。いや、実験とか言ったら実験台にされる彼女に申し訳ない気もするけど……あーーっ、もういい。やろう。やってやろじゃないか!
よく分からないけど、僕はやることに決めたんだ。うん。
自己解決するが早いか、僕は口には出さずにヒールの呪文を心の中で唱えた。
彼女の目が、傷痕が、体力が元に戻りますように。
すると、彼女の目と肩の辺りがポゥと光り、暗闇にギフの厳ついオヤジ顔が浮かび上がった。軽くホラーだな。
でも、多少距離があっても魔法はちゃんと発動してくれたらしい。よかったよかった。
「え……あれ?」
「な、なんだ、どうした!?」
「あれ……? 目が、見える、かも」
「はあああ!?」
「なんだなんだ、どうした?」
「目が見えるようになったってなんだ?」
よしっ。
やっぱり、ヒールでちゃんと治せるじゃないか。
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