自由に自在に

もずく

文字の大きさ
上 下
54 / 94

裸の付き合い

しおりを挟む
「手に収まらないことならやらない方がいいですよ。申し訳ないですけど、今回の話は付き合えないです」
 断られないと思っていたのか、ギフだけでなく皆が驚いた顔をしていた。
 驚かなかったのはあの三人組だけだ。
「ま、まだ言ってなかったが今回は報酬を用意してあるぜ?」
 僕は首を横に振った。
「そういう話じゃないです」
「あ、あのっ。こないだはすみませんでしたっ!」
 僕が席を立つと、この間大怪我をしてた大きな女の子が立ち上がり、腰を90度に曲げて頭を下げてきた。
「えっ、どうしたのプニル!? フトーさんに何かしたの?」
 エナがプニルに声をかけた。やっぱりエナはコミュ力高いな。このギルドの面々と、もうかなり親しくなっているようだ。
「その……」
「そのやり取り、僕が出てってからにしてもらえますか?」
 僕は腰を曲げたままの彼女の横を通ってギルドの外に出た。

「フトー、待つのですよ」
「僕にも予定があるんだけど」
「どこに行くのです?」
「温泉。汗を流してぐっすり眠りたいんです」
「おおお温泉ですか。つ、付き合うのですよ」
「ええ?」
「えーじゃないのです。ほら、いくのです」
 何やら勝手に覚悟の決まった顔をしたリンが、僕を先導するように歩きだした。

 男女が一緒に風呂に入る為には貸し切り小屋を借りなければならない。
 となると一人あたり金貨一枚が必要になる。リンが全部出そうとしたのだけど、僕は自分の分の金貨一枚を出した。想定外の出費だ。
 ここは此間ハワードさん達と行ったのとは別の温泉小屋だ。使用中だといいなと思ったけど、残念ながら借りられてしまった。
 一応、脱衣場は男女別になっていて、そこで用意されている湯浴み着に着替える。温泉は二人だけで入るには少しだけ大きく感じる広さがあった。
 僕が先に着替え終わったので、先に洗い場を使わせてもらうことにした。
 髪を洗っえいるとリンが入ってきたのだが、クレアボヤンスはとんでもないものを映し出していた。
 なんと、リンが素っ裸で浴室に入ってきたのだ。
 湯浴み着を着て頭を洗っている僕を見て、慌てて脱衣場に行こうとしてすっ転んで大事なところが丸見えだよ……。

 その後、僕は体も洗い終え、風呂に浸かることにした。
 少ししてから入って入り直してきたリンは、ちゃんと湯浴み着を着ていた。ほんにんてきには僕に見られていないからギリギリセーフの感覚なんだろう。もちろん、僕は何も言わない。だって、振り返って肉眼で見たわけではないから、言えることがない。
「はあ~。やっぱりここはいいお湯なのです」
 長い髪と体を洗った彼女は、ぎこちなく僕のすぐ隣に座ってきた。
 いつもは両耳の辺りで結んでいるので、濡れてまっすぐのストレートヘア姿に少しどきりとした。
 最初はお互いにぎこちなく、でも少しすると二人共慣れてきたのかやりとりがスムーズになってきた。
「っもう!」
「大丈夫? もう止めておく?」
「ダメッ、もう少し……もう少しだけ、頑張るぅぅぅ……ああっ、もうダメ!」
 そう言ってリンは胸を反らすようにして身体を半回転させると、浴槽の縁に倒れ込んだ。
「無理しない方がいい」
「う~負けた~のです」

 やはり裸の付き合いをしたからか、リンとはある程度普通に話せるようになった。そして、この会話の中で、何故、今回の依頼を受けてくれないのかとストレートに聞かれて、ただで話すのも面白くないので、僕より長くお風呂に入れていたら話してあげる、と言う話になってこの状況だ。
「動けないのです~」
「でも早く出た方がいいよ」
「フトー、引っ張り上げてくださいなのです」
「やだよ。引っ張り上げるのにお湯から出たら僕の負けだって言うんだろ?」
「うぐっ……でもこのままだと私は茹だって死ぬのです」
「はぁ……後で文句言うなよ?」
 正直、僕もそろそろ出ないと気持ち悪くなってしまいそうだ。かと言って負けたくもないので、僕はリンを仰向けにひっくり返して、お姫様抱っこした。
「はい。リンの負けな」
「な、な、な……」
「着替えてご飯にしよう」
 僕だって恥ずかしかったが、ここで具合を悪くする訳にはいかない。無言になってしまったリンを脱衣場まで運び、もう一つ用意されている作務衣のような服に着替えるように言った。
 僕も男用の脱衣場で作務衣に着替えて食事ができる部屋に移動した。少しするとリンがやってきて、僕の顔を見ると自分の顔を真っ赤にしていた。
「まだ熱い暑い?」
「べ~だ。22にもなってお姫様抱っこされるなんて思わなかったのです。しかもお風呂場で……責任を取ってもらうのです」
「文句言うなって言っといたのに」
「文句じゃないのです。決定事項の読み上げなのです」
「知ってる? そういうのをイチャモンっていうんだよ? イチャモンっていうのは筋の通ってない文句をつけるって意味だよ?」
「ひ、人の体に触っておいて茶化さないで欲しいのです」
「人命救助だったと思うけど」
 触ったっていっても細身過ぎてなぁ。
 でも、何を言っても言い返してきそうだし、少し放置させてもらおうかな。
 とりあえず、二人が揃ったことで食事が運ばれてきたし、今日は黙食の日にしよう。
 僕が黙ったのを良いことに、あれやこれやを言いたい放題要求し始めたリンをさらっと無視して、僕は食事を楽しんだ。
 そのうち、僕を怒らせたとでも勘違いしたのか、彼女は不安そうな顔になってきて、何故か「無視は良くないのです。言い過ぎたのならごめんなさいなのです」と言って来たので「早く食べないと出る時間になるよ」と言って食事を続けた。

 うん。
 僕も大概、女性関係はうまくやれない方だけど、彼女もなかなかに拗らせてるっぽいよね。
しおりを挟む

処理中です...