自由に自在に

もずく

文字の大きさ
上 下
92 / 94

ミスリルキューブ

しおりを挟む
「こんにちはー」
「あ、フトーさん。その、鍛冶職人さんと(ごにょごにょ)が奥でお待ちです」
「はい?」
「あ、いえ、奥へどうぞ」
「はあ」

 ナーグマンの店に着くなり、ナーグマンが僕を店の奥へと誘う。
 ミスリル職人以外にも誰かいるのか?
 いつもはっきりと話す彼が、なにやらかなり歯切れの悪い言い方をしていたのが気になる。
 言えないけど何かを伝えようとした、みたいな。
 この謎はすぐに理由が分かった。

「まあ座ってよ」

 案内された部屋のテーブルには、先に二人の男が座っていた。
 ミスリル職人と思われる西洋人と、その隣には、ちゃんと顔を見たのは最初の一度だけだったあの男爵だ。
 この世界にガチャみたいなシステムで僕を召喚した挙げ句、スキルがハズレだからと放逐したヤツだ。

「あー、お二人ともミスリル職人の方ですか?」
「ははは。面白いことをいうね君。いいよ、つまらない物だけど君のリクエスト通り、ミスリルキューブを造ってあげるよ」

 今答えた方が、イギリス人のミスリル職人だ。どうやら言葉は現地語を喋っているようだ。だから何を言ってるのかが分かった。
 なんか、ミスリルキューブは造ってくれるらしいし、もう話は終わったかな?

「あ、ですか。じゃあよろしくお願いします。えっと、じゃあ話は終わりってことでいいですかね?」
「いや、私を無視しないでくれよ」
「いや、あなたと話すことは特にないので」
「ん~、当たり前だけど嫌われたものだな~」
「では」
「いや、待ってくれ。キミはせっかちなんだな。では単刀直入にいこう。私のパーティーに入ってもらいたい」
「お断りします」
「では命令になるがいいか? 今ならかなりの好条件でパーティーに入れてやれるのだが」
「命令、ですか」
「ああ」
「その命令に従わない場合はどうなりますかね」
「この街では暮らすことができないようになるだろうね」
「それだけですか?」
「それだけで足りないのなら……そうだな、キミは常に誰かから命を狙われる立場になるかも知れないね」
「お~怖っ」

 最後のおちゃらけは僕じゃなくてミスリル職人だ。
 しかし、向こうから頼んできてる時点で察していたけど、どうやら男爵は、一旦手放した闘士を強制的に支配下に戻す権限(権能?)は持っていないようだ。
 ならば僕が取れる態度は一つだ。

「はぁ……言うことを聞かないなら殺すと言えばいいだろ。お前自身が手を下すわけじゃないんだろうけど、お前の命令で誰かを殺すんだって覚悟くらいは持てよ」
「なんだ。雰囲気が変わったね。それがキミの本性か。いや、キミを脅しても意味がないことが分かってよかったよ。じゃあ、キミの周りの人に不幸なことが起こらないことを願うことにするか」
「また遠回しな言い方をするね。今言ったばかりだろう? もっとちゃんと自分の言葉で、お前自身が俺の周りの人間にとって害虫的な存在になるんだと、そう直接言ってこいって言ったんだけど通じてなかったか」
「言うね~」
「まったくだね。キミは随分な冷血漢みたいだ。関わった人間に何が起ころうとも構わないというんだからまったく」
「違うよ。今、お前が、俺や俺の周りにいる人間に手を出すとはっきりと言ってくるなら、この場で、お前にそれが最悪な考えだったと教えてやろうと思ってるんだ」
「キミが強いという話は聞いているよ。振るう度に魔力を消費するミスリルの武器を使い続けられる異常人だってことも聞いている。だからそこ声をかけたんだからね。でもさ、考えてもみたまえよ。キミ一人で私に敵うとでも思ってるのかい?」
 あれ?
 ミスリル製品ってそういう物だったの?
    あ、いや、今はそういうことを考えてる場面じゃないか。
 レーダーは部屋の奥にある観葉植物の影に一人、奥の部屋に二人、僕が入ってきた扉の裏側に八人のいることを教えてくれている。
 クレアボヤンスで既に確認済みだけど、ナーグマン、リン、エナの三人は五人の兵士に武器を向けられて床に座らされていた。

「それは宣戦布告と受け取っていいんだな?」
「いや、そちらから売られた喧嘩を買ってあげようというだけなのだか?」
「そうか。お前が脅してきたのは俺に喧嘩を売ったことにはならないと言うんだね? ますます話が噛み合わないな。じゃあ、俺から喧嘩を売ったってことでいいよ。それで、お前はこの喧嘩を買うんだな?」
「それを買って力を示さないと、キミは私の言うことを聞かないんだろう? なら、力で言うことを聞かせるまでだよ」

 念の為、僕はハワードさんやその付近をクレアボヤンスで確認した。
 それからついでにダンジョン攻略ギルドの面々の周りも確認しておいた。
 現時点では、彼らには特に兵士や暗殺者的な者は近付いていないようだ。

 僕は後ろの部屋にいる五人の兵士に対して麻痺の魔法超能力をかけた。彼らは突然動けなくなった為、バランスを崩して受け身も取れずに床に倒れた。
「きゃっ」
「な、何すんのよっ!」
 リンとエナの悲鳴が上がった。彼女達からすれば、自分たちの方に倒れてきた兵士に何かされるんじゃないかと不安になるのも仕方ないか。
 とりあえず、兵士が持っていた武器で怪我はしなかったようでよかった。

 彼女達の悲鳴は、もちろん、この部屋にいる男爵とミスリル職人にも聞こえたようだ。
 なんの指示もしてないのに動きがあったからだろうか。男爵は慌てて立ち上がろうとした。
しおりを挟む

処理中です...