自由に自在に

もずく

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ということで

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 男爵は立ち上がろうとした、けど、立ち上がることができなかった。

 何故なら、僕が麻痺の魔法をかけたからだ。
 同じタイミングで、ミスリル職人と奥の部屋にいる二人の兵士、それと観葉植物の影に隠れている軽装の兵士にも同じく麻痺させた。

 奥の部屋にいた二人は、こちら側のドアと壁に寄りかかる形で固まっている。

 観葉植物の影に隠れていた軽装の兵士が倒れてきた。兵士達はみな、マスクを被っているから怪しさ満点だ。
 男爵達は、軽装の兵士が倒れた音で驚いたようだけど、その驚きを表現することさえできない。
 このままでは話ができないので、僕は男爵の麻痺だけ解いてあげることにした。
 僕は指をパチンと鳴らす。

「……何をした」
「何も?」
「ふざけるな」
「ふざけてるのはお前だろう?」

 僕は怒りの言葉を口にした。

「勝手にこの世界に呼び出しておいて、いらないからと放りだしたのに、いざそいつが使えると分かれば脅してでも仲間に引き入れようとする。そんなクソみたいな話が通ってたまるかよ」
「キ、キミを追放したのは私じゃない! ジョ、ジョル爺だ。私はキミのことをあとから知って声をかけに来ただけだ。ああ、ただ、断られたのなら仕方ない。む、無理強いはしない。もうキミには関わらない。約束する」

 男爵は、観葉植物の影から倒れてきた兵士と、隣で身じろぎ一つしないミスリル職人を見て、自分ではどうにもできないことを悟ったようだ。

「そうか。ただ俺はお前を信用できない」
「信じてくれっ」
「それに、このまま終わりにするには気がすまない。いくつか……そうだなあ。お前風に言えば……今から言うことが守れなければ、お前やお前の周りの人間に不幸なことが起きるかも知れない」
「わ、分かった。何だ? 何を守ればいい?」
「一つ、二度と俺や俺の関係者の前に姿を現すな。お前の手下達もだ」
「わ、分かった。約束するっ!」
「二つ、二度と異世界から人を召喚をするな」
「えっ!?」

 僕はじぃ~、っと男爵の目を見つめた。

「分かった……約束しよう。でもな、私がやらなくても」
「別に俺の知らない奴のことはいいんだよ。俺は、俺の元の生活を壊したお前に言ってるんだ。俺の人生に干渉してきたお前に対して怒りを感じてるだけなんだ」

 ふぅ……怒りを口に出したら少し落ち着いてきた。
 とりあえず、今の二点について、男爵にアラートを仕掛けることにした。

 男爵が彼の手下に、僕、または僕が親しくしている人に対し、悪意のある指示を出さないか監視する。
 男爵自身が、または彼の手下が、異世界から人の召喚を行わないか監視する。

 これらの監視に引っかかった場合は、僕の頭の中に警告音を鳴らす。また、男爵を中心に半径二十メートル以内にいる者に麻痺の魔法をかける。
 男爵の手下が、手下自身の判断で何かやるケースは避けられないけど、とりあえずはこれで大丈夫じゃないかな。
 これは、この間大根を踏破した時に手に入れた《開発者デベロッパ》というスキルでできるようになったことだ。
 プログラミングのように条件や処理内容を設定して、それをインストールした物、または者に効果を付与することができる、というものだ。
 通常、僕が使っている(?)アラートは、常に自分のリソースを使ってしまうのだけど、これはインストールされた物(者)の中で勝手に動いてくれるので、僕は警報鳴動を受けるだけになるという点が違う。
 簡単に言えば、この男爵を僕自身が見張り続ける必要がない、ということだ。
 うん、便利だね。
 なんとなくすっきりしたので、僕は指を鳴らして全員の麻痺を解いた。
「っは~、っは~」という、麻痺から解放されて、ようやっと息が吸えるようになったみたいな大きな呼吸音があちこちから聞こえてきた。
 いや、息はできてたよね?

 まあいいや、と、男爵に背を向けて僕は部屋を出ようとした。
 あ、そうだ、忘れてた。
 僕が振り返ると、男爵とミスリル職人は目を見開いて怯えていた。

「ということで」

 僕はその一言を言ってドアを閉めると、呆然とした表情のナーグマン達の所に戻った。

 すると、マスクを被っていた兵士のうちの一人が、マスクを外して僕に声をかけてきた。
「フトーさんじゃないっすか! お久しぶりっす、熊野っす!」
 僕は何も答えなかった。
 彼の手には剣が握られていて、その剣はほんの少し前にナーグマン達に向けられていた物だからた。
 何も答えなかったというよりも、何も言うことができなかった。

 バッチーン!

 平手打ちが熊野くんの頬にクリティカルヒットして、彼は再び床に手を着くことになった。

「このバカシンジッ! あんたわたしだって分かってて剣を向けてたんでしょ!」

 そこには涙目になったエナが立っていた。

「ごめん……でも男爵に言われて仕方なかったんすよ!」
「じゃああんたはここに居たのがわたしじゃなくてキョウコちゃんだったとしても同じことをしたって言うのね?! 最っっっっ低!!」
「そっ……それは……」
「もうあんたが仲間じゃないってことがよ~く分かったわ。フトーさんと男爵の話も聞こえてたしね。あんたのご主人さまと一緒にさっさと帰んなさいよ!」
「エナ……それ以上は止めるのです」
「なんでよっ!」
「エナ、自分が泣いてることに気がついてないのですか? この人を責めるのは止めなかった自分のせいだと思ってるんじゃないですか? 悪いですけど私はこの子を知りません。だからこんな子の為にエナが傷付くのは見たくないのです」
「バカッ……リンの癖に……」

 パンパンッ、と僕は手を二回打ち鳴らした。

「そうですね。ここはナーグマンのお店です。僕らが出ていくのではなくて、男爵達が出ていくのが筋ですね。さあ、さっさと出てってください」
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