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一応の推論

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メンテナンス工程も、おおよそ完了しリフレッシュ工程に移っている。
ここまでくれば、エラーも起きず、ほぼ終わったも同然。
史恵さんと美鶴さんは、おかわりのコーヒーを淹れる為、
フィルターを交換し水を補充して、コーヒーメーカーを再度セットしている。
数分後、優雅なクラシックの電子音が鳴り、
誰ひとりとして、献身的にコーヒーサーバーを取りに行く気配がない。
三人の視線が交差、逡巡し、三人同時にマグカップを手に席を立つ。

「さて、どっから話したもんか――」
コーヒーで、ひと息つき、切り出す。
「性格で、どうやって他の場所を推測したの?」
平常時に戻った史恵さんが、いつもの調子で聞いてくる。
「ああ、性格ね。 
 それじゃあ、史恵さんは知っている?
 善光寺に行ったなら、同時に行くべき処」
素直に教えてもいいのだけど、少し史恵さんを試してみる。
「えっ、善光寺に行ったら、行くべき処――
 それこそ、御戒壇巡りとか、仲見世とか?」
先程とは違い、反発しないでしばし思考し、
一般的で模範的な答えが返ってきた。
「ふふ、私と一緒ね、史ちゃん。
 まぁ、私も聞くまで知らなかったんだけどね、
 善光寺にお詣りしたら、北向観音にもお詣りするんだって」
隣の思案顔の友人に優しく笑いかけ、
照れながら自身も知らなかったことを告白した。
「北向観音? 
 初めて聞いたけど、言葉からすると、北側を向いている観音様?」
知らない言葉が出てきたのか、ますます混乱する史恵さん。
北向観音を知らない人ならば、言葉通りに解釈するだろう。
「はは、違う、違う。 
 所在地は善光寺から離れた、
 上田市の別所温泉エリアにある寺院の名称だよ。
 善光寺は来世の御利益、北向き観音は現世の御利益。
 だから、片方だけの参拝は"片参り"になるから、
 知っている人は善光寺と北向観音、両方行くんだよ」
小難しい由来などはともかく、
この手の簡単な知識は、わりと記憶に残り、
難なく頭の引き出しから取り出し簡素に説明する。
「ああ、だから誠実な性格と分かったから、
 北向観音に向かうと思ったのね」
性格を引き合いに出したけど、
どちらかと言えば信仰心の方が大きいだろう。
「誠実は律儀でもあるからね、
 ミステリーなら、これくらいの発想は飛ばさないとね。
 そして、北向観音は、別所温泉にある。
 善光寺から、距離にしても時間にしても、
 そこに宿泊地にするのは妥当ですよ」
善光寺に比べると、認知度の問題か、
遠方の山間部にある影響か、観光客は少なかった印象がある。
どちらかと言えば、別所温泉が目的の人が多かった。
「いや~ お見事、鷹野さん。
 史ちゃんの失言なんって、要らなかったんじゃないの」
美鶴さんの関心具合をみるに、途中解答は間違ってはいない様子。
「いえ、推測の裏付けになりましたよ。
 史恵さん、なんだったか思い出しましたか?」
業務時、真剣にパソコン入力しているかのように、
真面目に聞いていた史恵さんの目がパチリした。
どうやら、思い出すことはしていなかった様だ。
「あ~ チョコレート色だったかな――」
その後は続かず、すまし顔で見返されたので苦笑してしまう。
手元のスマホを操作し、史恵さんが見ただろう画像を表示させ、
二人が見える様にテーブルに置く。
「あっ、これこれ。 時計だったんだ」
『時間のプロフィール』、サルバドール・ダリ。
二股に分かれた木に置かれた、チーズみたいに柔らかく溶けかかり、
一滴、一滴、流れ落ちそう――ダリを代表する彫刻の一つ。
「も~、史ちゃん、ちゃんと覚えていてよ。
 それにしても、鷹野さん、よく分かったね」
いま、熱心にスマホ画像を見ている史恵さんに呆れつつ、
こちらにくるりと顔ごと向け感心している。
「違うわよ、美鶴」
熱心の表情はすでに消え、
僕の素性を知っている史恵さんは冷めた視線を送ってくる。
「これって、美術品なんでしょ――
 だとしたら、これが写っている場所は美術館。
 なら、鷹野さんが知っているのも当然」
淡々と怪訝な顔をしている美鶴さんに教えてる。

自分の素性なんて他人の教えるつもりはなかったけど、
不良少女から綾乃に伝わった時点で、それは無理となった。
「じゃあ、もしかして、きのこのランプも――」
納得した美鶴さんから、ある意味"当然"の質問がきた。
「はい――これ、ですね」
スマホ画面をスクロールし、
幻想的に浮かび上がる、きのこのランプを表示させる。
「なにこれ、すごく綺麗じゃん」
隣からチラッと見た史恵さんが、すごく喰いついた。
思わぬ反応を示したので、別角度から撮った画像も見せてあげる。
『ひとよ茸ランプ』、エミール・ガレ。
わずかな期間で一気に成長し、瞬く間に消えてしまう短命なキノコ。
落とされた照明のなか、ミステリアスに輝く、
アール・ヌーヴォーのガラス工芸の名品。
「史ちゃん、こういうのが好きなの?
 こっちの画像の方を見せれば、良かったのかな」
普段は示さないのだろう、友人の美鶴さんも意外な顔をしている。
「そうね。 さっきの"時計"よりは、このランプの方が良いね。
 "時計"は、いかにも芸術って感じで解らなくもないけど、
 ランプは単純に綺麗でおもしろいね」
自身が感じるままに鑑賞するのが一番、僕はそう思っている。
現に、史恵さんは目をキラキラと好奇の眼差しをスマホに落としている。
それは、初めて知る史恵さんの一面だった。

「そんなに、気に入ったなら、鷹野さんと観に行ったら」
突如、大胆な発言に、僕と史恵さん、二人して驚き発言主を見る。
「な、なにを言っているの、美鶴――」
これまた珍しい、慌てた史恵さん――
とは言え、焦るのは、どういうことなのか。。
「だって、鷹野さんなら、道中も美術館も知っているし、
 詳しく作品の説明してくれるでしょ」
当の本人は、涼しいニコニコ顔をしている。
「美鶴さん、気軽に行ける距離じゃないですよ。
 もし史恵さんと一緒に行ったのなら、綾乃が黙っちゃいませんよ」
僕は構わない、というスタンスを維持しながらも、
史恵さんが断りやすい様に、移動距離と綾乃を引き合いに出す。
「なに意識しているのお二人さん。
 二人とも、ぜんぜん有給消化してないでしょ。
 この際、有給使って行ってきなよ」
友人のはともかく、僕の有給消化状態を把握しているとは
なかなか美鶴さんも働きが良い。
しかし、はいそうですね、とは言わないのは、
史恵さんも同じ様で苦い顔をしている。
「ほら、鷹野さんだって、一度観たモノなんて、
 もう一回観たって面白くもないだろう――」
僕の様子をチラチラ伺っていた動きが、変なところで止まった。
「どうしたの、史ちゃん」
眉をひそめ思案顔の史恵さんを、案じるように顔を覗き込む美鶴さん。
「うん――"再会"って美術品にも言えるよね」
思わず目を見張る。
それは美鶴さんも同じで手を口元に当ててる。
「やっぱり、変だよね」
僕たちの反応で、頓珍漢なことだと思ったのか、気恥ずかしそうに否定する。
「いや――史恵さん、続けて――」
あえて表情に出さず、なにか思い浮かんだろう推論を促す。
「美鶴のおじいちゃん、
 昔、"時計"や"きのこのランプ"を観ていて、それが思い出に残ってて。
 もう一回観たいと思ってたけど、その作品が移っちゃったりして行方が分からなかった。
 でも今回、美術館を訪れてバッタリ再会――
 なんてね、再会したのは美術品じゃなくて人なんだよね」
照れながら推論をまとめ、最後に打ち消した。
美鶴さんと目が合い、意思疎通を確認し、僕たちは肯く。
「ふふ、史ちゃん。 いい線、いってる♪」
パチパチと拍手をしそうな雰囲気で、にこやかに史恵さんを称賛。
「美術品にも、いろんなジャンルがありますよね。
 人物を対象にした、美術品が」
核心に迫った推論、もし"ある施設"を知っていたのなら、
史恵さんも真相にたどり着く、その可能性は多いにある。
そんな思いから、つい助言が出た。
「えっと、彫刻?」
失速した。
いや、"時計"と"きのこのランプ"が立体作品だから、
それに引っ張られてしまったのだろう。
「んとさ、今朝、彫刻以外の美術品、観たと思いますけど?」
言葉ともに視線でもヒントを送る。
思案顔で視線の先、大型の専用端末の方を見た途端に、
端整な眉目がピクリと動き、明るい表情になってこちらを見た。
「あっ、絵、自画像ね。
 じゃあ、美術館に展示されていた自画像で再会したってこと」
僕の私物の卓上カレンダー。
美術雑誌の付録だけあって、暦と共に絵画が描かれている。
今月は、鏑木清方の美人画を飾っている。
「史ちゃん、ほぼ当たり~」
今度こそ、パチパチとリズミカルに拍手が響き、満面の笑み。
「ほぼって、まだなにか答えないとダメなの?」
オーバーすぎる美鶴さんの祝福に、照れながらも不満がポツリと出た。
「ん~ 最初は、人物画で正解にしようと思ったんだけど。
 ほら、鷹野さんが、どこの美術館も分かったみたいだから」」
隣からの刺さる視線、どうやら、僕が悪者になるらしい。
「それは、"時計"と"きのこ"の美術館じゃないの?」
諦めきれないのか、小さな抵抗が起きた。
何故か、美鶴さんまでもが、僕を見ている。
真の正解を見抜いた責任を取れということか。
「"時計"はハーモ美術館、"きのこ"は北澤美術館。
 どちらも、諏訪湖の畔にありますが、
 再会を果たした美術館とは違います」
鋭い視線が、呆れと感心に変化していく。
「はぁ~ よくまぁ知っているもんだね」
「あはは――
 じゃあ、鷹野さんに最後まで話してもらいましょう」
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