33 / 62
33話 ライオネル様がいないと寂しいですわ①
しおりを挟むライル様に会わないまま、学院の年間行事で決められているキャンピングスクールに向かうことになった。
この行事は生徒たちの親睦を深めるためのもので、少し遠出をして二泊三日の旅行をするものだ。いつもは話すことのない生徒と親交を深めたり、また地方の平民の暮らしに目を向けて将来の領地経営に役立てたりと学べることがたくさんある。
今回の目的地は王都の南にある街、マリンフォレストだ。海と山に挟まれ観光地や避暑地として人気があり、周辺の国から訪れる観光客も多い。わたくしたちは海を見下ろすように建てられた、貴族向けの高級ホテルに宿泊することになっていた。
本当ならライル様も一緒に行けるはずでしたのに……寂しいですわ。手紙のひとつもこないなんて、あの噂に関係あるのかしら?
ライル様が学院に来なくなってもう二週間が経つ。
その間に信じられないような噂が耳に入ってきた。ライル様がマリアン様と婚約するというのだ。わたくしとの婚約が解消されたと聞いてはいないし、毎日送迎にきてくれるジークも婚約についてはなにも言及していない。
本当にマリアン様と婚約するための準備で学院に来れないの? 違う、そんなわけない。ライル様は本当にわたくしを想ってくれていた。わたくしがライル様を信じないで、誰が信じるというの!
不安で揺れるわたくしに明るく声をかけてきたのは、同室で宿泊するシルビア様だ。
「ハーミリアさん、あれを見て! 話には聞いていたけれど、海はこんなにも青くて広くて心躍るものなのね!」
「シルビア様の領地は北方の山脈付近ですものね」
シルビア様の領地は山に囲まれているから、海を見るのは初めてらしい。いつもはツンとすました淑女らしい立ち居振る舞いなのに、今は年相応の少女のようにはしゃいでいた。
「そうですわ! 後で海辺に行ってみましょう。あの大海原を前にして、そんな暗い顔をしていたらもったいないですわ」
それでもわたくしを友だと認めてくれて、ライル様がいない不安を抱えているのをさりげなく励まそうとしてくれる。素直じゃないけれど、温かい心の持ち主であるシルビア様にわたくしも笑顔になった。
「ふふ、そうですわね。後でたくさんライル様にお土産話ができるように、わたくしも楽しみませんと損ですわね」
「そうよ! ハーミリアさんはそれくらい図太くいてくださらないと、私の調子が狂いますわ」
「シルビア様のおかげで、もう大丈夫ですわ」
頬を染めて「それなら結構ですわ!」とそっぽを向いたシルビア様は、相変わらずかわいらしかった。
普段なら侍女が付き添う旅行も、学院の行事なので荷物の整理は自分でしなければならない。そういったことを経験するのもこの旅行の目的のひとつだった。
「ハーミリアさん、荷物は片付きまして?」
「はい、大丈夫です。夕食まで時間がありますし、浜辺に行ってみますか?」
今日は到着したばかりだから、次の集合は夕食時間になる。それまでは自由時間とされていた。おそらくさっさと荷物を片付けた生徒は、観光したり現地の視察をしたりと行動していることだろう。
「ええ、もちろんですわ! ハーミリアさん、帽子を忘れてはいけませんわよ。海辺は日に焼けやすいと侍女長が言ってましたわ」
「ええ、しっかりと用意できてますわ。さあ、シルビア様、行きましょう」
ホテルの正面エントランスの前には、五分も歩けば抜けられる海岸防風林がある。木々の間をすり抜けて向こう側に出れば、眼前にコバルトブルーの大海原が広がっていた。
「まああ! 海ですわ! 私絶対にここに来ようと思っていましたの!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべるシルビア様に、わたくしまで笑顔になった。
周りを見れば他にも同じ制服を着た生徒たちが海辺に来ていて、散歩したり打ち寄せる波に戯れたりと自由に過ごしている。子供のようにはしゃぐシルビア様に腕を引かれて、わたくしたちも海辺を散歩することにした。
「ねえ、ハーミリアさん、私も波打ち際で戯れたいのですけど、はしたないかしら……?」
「そうですね、侍女がいたら小言を言われるでしょうけど、今はおりませんわ」
「あら、ハーミリアさんは友は友でも、悪友ね」
「ふふ、シルビア様の友人なら、悪友でも光栄ですわ」
ふたりで笑い合って、靴を脱いでハイソックスを詰め込む。砂浜の感触に驚いたシルビア様の手を引いて、押し寄せる波に思いっ切り足を踏み入れた。
「きゃあっ! 冷たいですわっ!」
「あはっ、シルビア様、もう少し海へ入りましょう」
「ええ、でも濡れてしまいますわ」
「すぐに乾くから問題ありませんわ」
そんな風にぐいぐいとシルビア様をリードしていると、突風に煽られてわたくしの帽子が砂浜の方へと飛んでいってしまった。
「いけない、帽子が飛ばされてしまったわ。シルビア様、少し待っていてくださいますか?」
「ええ、もちろんよ」
濡れた足のまま急いで帽子の元へ向かうと、わたくしの帽子に手を伸ばす男性がいた。
燃えるような赤髪に琥珀色の瞳で、まるでライル様と正反対の印象だ。すらっとした長身だけど、剣で鍛えているのか体つきはがっちりとしていた。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました
つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。
けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。
会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
ぱんだ
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる