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ヴェルメリオ編
1、冤罪からの国外追放
しおりを挟む「レオン、お前は有罪だ。反論の余地はない」
俺に向けて放たれた言葉を、一瞬、理解することができなかった。
いや、理解したくなかった。
俺は祓魔師として、アルブスという組織で働いている。
つい数時間前まで、夜勤明けでのんびりと買い物を楽しんでいた。明日は休みだから、鼻歌を歌いながら市場で食材を物色していたんだ。
いつもどおり買いだめして、次の勤務まで引きこもってダラダラするつもりだった。あの何もしなくていい開放感がたまらないんだよな。
仕事はマジメに頑張ってるので、このへんは大目にみてほしい。
それなのに、いきなり拘束されて手枷をはめられ、裁判室へと放り込まれた。そのまま公開裁判がはじまり、なぜか俺が被告人で断罪されている。
憐れんだ視線をむけられているが、まったく意味がわからない。
最初にかけられた言葉は、
「レオン、お前が悪魔族に取り憑かれていることはわかってるんだ。祓魔師が悪魔族に操られていたなんて……我らの組織アルブスの恥だ」
だった。
沈痛な面持ちで苦々しくつげられる。
「え? え? 何? 俺、別に取り憑かれてないけど」
「もはや分別もつかないのだな。お前のその不気味な黒い翼も、紫の眼も悪魔族の魔力の影響なのだろう?」
「眼? 眼は生まれた時からこの色だし、みんな知ってるよな? まぁ、翼はあんまりない色かもな」
祓魔師は『フェリガの泉』という特別な場所で、天使の加護を受けたものが就ける職業だ。
聖神力というのを使って、戦ったりすることができる。この力のおかげで、襲いかかってくる悪魔族に対抗できていた。
他にも、天使のような翼を具現化して、飛び回ったりもできるのだ。
ただ、俺の翼の色は黒だった。他のみんなは白い翼なので、かなり気味悪がられていたのは知っている。
そういや、呪われてるとか言ってたヤツもいたな。基本的に一人で祓ってたから、ほとんど気にしてなかったけど。
それにしても、微妙に会話が噛み合ってないのは気のせいか?
「お前に取り憑いた悪魔族が、我が国ヴェルメリオを乗っ取ろうとしていたのはわかってるんだ! 白状したらどうなんだ!」
「…………………………は?」
たしかに、この世界の半分を悪魔族が支配していて、人族が住む島国のヴェルメリオは常に襲撃を受けていた。
だから悪魔族を撃退できる祓魔師は、福利厚生もよく、なによりも給料が高かった。俺がこの仕事をえらんだ最大の理由だ。
祓魔師が所属する組織アルブスは、天使の加護があれば誰でも入隊できた。
幸いなことに俺も大天使ルシフェルの加護を受けられたし、弟も加護を受けられたから一緒にアルブスに入ったんだ。
そして今、総帥に次ぐ実力者、シュナイクから弾糾されているのだ。薄い金色の髪に緑色の瞳がいかにもイケメンぽくてイヤミな、偉そうなヤツだ。
俺のことなどお構いなしに裁判は進められていく。
「ニコラス、例の書類を」
「はい、こちらがレオンが悪魔族と通信していた記録です。この半年はやり取りが急増しておりました」
その資料一センチくらいあるけど、俺、悪魔族と話したことすらないのに何が書いてあるんだ?
「これを裏付ける証言をするのは、タイタラスか」
「はい、先程の資料の一部ですが、レオンが通信していた現場に居合わせていました。会話内容も相違ありません」
ていうか、お前誰だよ? タイなんとかって知らんけど? え? 会ったことある??
「シュナイク様、発言してもよろしいですか?」
「バーンズか、何だ?」
「レオンの部屋を家宅捜索した際に、このような物が出てきまして……至急こちらに持ってまいりました」
家宅捜索!? いや、ちょっと、マジでそんなことしたの!? あれとかアレとか……見つかったら恥ずかいモノが散らかってるんだけど!!
俺の焦りをよそにバーンズとよばれた隊員は、シュナイクに液体の入った茶色い小瓶を渡した。
「そうか。……これは、毒か?」
「はい、総帥が受けた矢尻に塗られていたものと、同じ種類でした」
シュナイクのヤツ、見ただけで毒ってわかるのか、すげぇな。あんな小瓶、初めて見たけど。
でもさ、やっぱり、誰かと思いっきり間違えてるよな?
「なぁ、さっきからなに言ってんだ? まったく心当たりないけど。俺の話聞いてる?」
「ここまで証拠が揃っているというのに……お前は操られていて、まともに話ができないのだな……」
シュナイクがうつむき、震える肩を落とした。
悪魔族に取り憑かれて嘘ばかりついていると言いたいのか、まったく話を聞いてもらえない。
「いやいやいや、昨日の襲撃の時もガッツリ悪魔族を祓っただろ! ノエルは……総帥は何て言ってるんだ?」
「総帥は一週間前に受けた毒矢のせいで絶対安静だ。まだ動ける状況ではない。だから私が全権を委任されている」
「え、あのケガは————」
もう聞きたくないとばかりに、シュナイクは俺の言葉をさえぎった。
「レオン、お前は有罪だ。反論の余地はない」
一瞬、理解が追いつかない。いや、理解したくなかった。
そして、この対応にさすがに怒りがこみあげる。
「はぁ!? ふざけんな! まともに話も聞かないで有罪とか何なんだよ!!」
シュナイクは眉間に深いシワをよせて無言で俺を見下ろしているだけだった。
もう、話すこともないってことかよ!?
「いい加減にしろよ! 俺が何したんだ! 夜勤明けにウキウキしながら昼飯を買い込んでただけだろ! 証拠だの証言だの、全部、ぜ————んぶ嘘だらけじゃねぇか!! 嘘つきなのはお前らだろ!!」
感情がはげしく昂り、聖神力があふれだしてしまう。すこし癖のある黒髪がゆらめき、紫の瞳が薄く光る。
俺は抑える気など微塵もなく、そのまま解き放った。
だが解放された聖神力は、スルスルと何かに吸い込まれてゆく。
なんだ……力が、抜けてく……?
「ここまでだ、レオン。お前は国外追放だ……本当に残念だよ」
そのまま上級祓魔師の証である、白い詰襟のロングジャケットをひるがえして、シュナイクは裁判室をでていった。
入れ違いにグレーの隊服を着た下級の祓魔師たちに取り囲まれる。手に持っているのは転移魔法を込めた魔石だ。
必死に逃げようとして聖神力を解放するものの、腕に嵌められた手枷が吸収してしまう。もう一度と、全力で聖神力を解放するとパキンッと音がして、すこしヒビが入った。
「おいっ! 手枷が壊れそうだぞ!」
「手枷が壊れる!? えぇ! そんな、まさか……」
「急がないと! 早くしないと誰も抑えられないぞ!!」
「っ!! あせらすなよ!」
慌てふためく祓魔師たちを横目に、聖神力を解放しまくって、ヒビを大きくしてゆく。
バキンッ! パキパキパキ……ビキッ!
転移魔法の発動が早いか、手枷を破壊するのが早いか————
「クソッ! まだか!!」
そう叫んだのが誰かわからない。
淡いブルーの光に絶望感とともに飲み込まれてゆく。足元に魔法陣が浮かびあがってるのが見えた。
————間に合わなかった……
俺はまばゆい光に目を閉じた。
***
光が落ち着いたようだったので、そっと目を開けてみる。
草も生えないような不毛な大地が、地平線まで広がっていた。
そこは海の向こうの大陸、悪魔の住処と呼ばれるルージュ・デザライトだった。
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