追放された殲滅の祓魔師〜悪魔達が下僕になるというので契約しまくったら、うっかり大魔王に転職する事になったけど、超高待遇なのでもう戻れません〜

里海慧

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ヴェルメリオ編

2、悪魔たちの住処

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 俺はそっとまぶたを上げた。
 青い光は収まったみたいで、身体にも異常は感じられない。両手の自由もきくようだ。ん? 両手?

「あっ! 手枷壊せたんだ! あと十秒早く壊せてたら逃げられたのになぁ……」

 もはや手首に引っかかってるだけの残骸を、地面に落とす。頬をかする風に視線をあげて、現在地を確認しようとした————のだが。

「……ここはどこだ? ……何も……ないな」

 草も生えないような不毛な大地が、地平線まで広がっている。見渡すかぎりの荒野に、命の気配は感じられない。
 この特徴的な赤茶に染まった土は聞いたことがあった。

 あぁ、そうだ、ここは海の向こうの大陸、悪魔の住処すみかと呼ばれるルージュ・デザライトだ。

 こんなとこまで飛ばされたのかと、しばらく呆然としていた。なんとか帰れないか考えてみるけど、国の周囲に張っている結界が強力すぎる。出ることができても、戻ることは叶わない。

 訳の分からないうちに糾弾され、生まれ育った国を追放されてしまった。心当たりがあるなら、もちろん処罰を受け入れる。

 でも、俺は何もしてない————

 言いたいことは山ほどあった。ひとつひとつ、違うと証明したかった。
 だけどあの場では、俺は無力だった。
 悔しくて、悔しくて、手のひらに血がにじむほど強く握りしめる。

 それに、味方なんて誰もいなかった。
 たしかに呪われてるとか言われてたし、目を合わすだけで怯えられてたし、避けられてる空気は感じてたけど、あそこまでだったのか。
 アルブスに入隊してから頑張ってやってたんだけど……しばらく人間不信になりそうだ。

 今までの人生は山か谷かでいえば、谷ばっかりだったけど、ここまでの深い谷はなかったよな。
 むしろ谷じゃなくて断崖絶壁だな、これは。崖の上から真っ逆さまのパターンだ。断崖絶壁はキツい。いやだって直角だよ? 壁だよ?

 地面にめり込むほど、気持ちがズ————ンと沈んでいく。
 眼からしょっぱい体液がこぼれ落ちる寸前、盛大にハラがなった。

「は……まさか、そう、くるか」

 決壊寸前だった体液は、スパッとキレイに引っ込んでしまった。

 昼飯を買ってる途中だったもんな……腹減った……。

 どんな時でも腹は減る。そんな生理現象に励まされた。俺の身体の細胞ひとつひとつが、生きるために力を使っている。生きたいんだと強く叫んでいる。

「そうだよな……ここで死んだら、アイツらの思い通りだ。しぶとく生き残って絶対ぶちのめしてやる!」

 そのためには、どんな過酷な状況でも生きていかなければ。



 いや、ちょっと待て。……生き残るためには何が必要だ?

 水も、食い物もない……このままじゃ、もって一週間だ……。あいつらマジで身一つで放り投げやがった!!

 怒りやら絶望やらは遥かかなたまでふっとび、命の危機を感じる。冷たい汗が背中を流れおちた。

 この大地では薬草も木の実も採ることができない。動物といえば、襲いかかってくる魔物しかしない。
 だけど、魔物でも出てくれば食料は何とかなるかもしれない。
 聖神力を調整して、丸焦げにならない程度に焼けば食えるはずだ。

 他に何かないかと持ちものを調べてみる。
 身に付けているのは祓魔師エクソシストの黒い隊服だけだった。その下には伸縮性のよい黒のスキニーパンツと編み上げブーツをはいている。

 隊服には防御魔法が組み込まれていて、ロングジャケットは温度調整機能もついている。凍死したり、脱水にならなくてすみそうだ。

「あー、隊服着てて助かった……」

 ロングジャケットの左ポケットに手を入れると、干し肉の入った袋が出てきた。

 そうだ、買い物途中で拉致れられたんだよな。慌ててポケットに入れてそのままだったか。ナイス! 俺!

「さて……ここにいても仕方ないし、移動してみるか」

 進行方向を決めるために、聖神力を薄くひろげて悪魔族や魔物の気配を感知する。
 二キロ前方に気配を感じた。数は三つだ。

「悪魔族なら……面倒だから逃げるか。体力は温存しないとな。魔物なら優しく調理だな。よし!」

 そもそも敵意を持って襲ってくるから、迎え撃っていただけだ。俺からしてみれば、こちらから手をだす理由はない。
 聖神力を解放して、黒い翼を具現化する。六枚の翼が広がり風を受けとめた。
 ふと、自分の姿をかえりみる。全身を黒に包まれ、薄く光る紫の瞳。

 たしかに、ちょっと悪魔族っぽく見えなくもない……と思う。だけど見た目だけで決めつけるのはよくない、絶対。
 くっ! このモヤモヤは狩りでぶつけてやる!

 大きく翼をはためかせて、その場から飛び立った。



     ***



 ものすごい勢いで景色が後ろに流れていく。荒野を低空飛行して最短距離になるように飛んでいた。
 ほんの数分後、黒い塊が三つ動いているのが見えてきた。

 おぉ! いたいた!
 ……って、なんだよ! 悪魔族かよ! はぁ、見つからないうちに遠くに行こう。もう、干し肉食べよう。限界近い。

 悪魔族のいちばんの特徴、頭の角を確認してガックリと肩を落とした。
 何せ悪魔の住処というくらいだ。魔物より悪魔族の方が多いんだろう。ましてや、今いちばん数の多い種族だ。
 少し腹ごしらえしてから、次の獲物へ向かって進路を変えた。






「い……いた————!!」

 標的を何度か変えて探しまくり、ついに魔物を見つけたのだ。のっそり歩く巨体は、硬い毛皮でおおわれている。首の周りに赤い星模様がならんでいた。

 獲物は星の輪熊か! あれだけデカかったら、腹一杯食った後に干し肉も作れるなぁ……。

 腹が減りすぎて夢が広がる。まずい、よだれが止まらない。まずは、焼きすぎないように火力調整だ。

雷神の槍トール・ランス

 右手の掌にあらわれた槍状の紫雷を、狙いをさだめて放つ。紫雷は星の輪熊の背中から突き刺さり、全身をマヒさせた。やがて風に乗って焦げたような匂いが漂ってくる。

「さてさて、どんな感じかなー?」

 そっと着地して翼を消し、ウキウキしながら熊を解体しようとした、その時だった。

「なんだ!? 人族ひとぞくか! どうしてこんな所にいるんだ!?」

「うっひょー、しかもひとりだな! 熊に釣られてきてみれば珍しい獲物に出会っちゃったな!」

 ————しまった! 悪魔族に見つかった!!

 鋭い視線で声の方に振りかえる。そこには二人の悪魔族がニヤニヤしながら立っていた。
 長身の方は左手に黒い刀身の細長い剣を持っている。もう一人は両耳にリングピアスをつけていた。武器はないようだが、警戒したまま様子をうかがう。

「じゃぁ、今度は俺からな。お前は黙って見てろよな」

「わかってる。その代わり魔物は半分もらうぞ」

 ピアスの悪魔族が前にでる。両手はだらりと下げたままだ。そしてこいつら、魔物がどうとか言ってたな。俺の獲物を横取りするつもりか……ふーん、いい度胸してやがる。

「もしかして、俺を倒そうとしてる? しかも俺の獲物も横取りするつもりかよ?」

 黒髪がゆらめき、紫の瞳が淡く光る。
 俺のまとう空気が変わって、ピアスの悪魔族は一瞬足を止めた。だが、そのまま襲いかかってくる。

「だから何だってんだよな————え? いない!?」

 刃物のように鋭く伸びた爪を、俺がいた場所に突き立てて、あたりをキョロキョロ探していた。

「俺の獲物を横取りする奴は——殲滅せんめつする」

 六枚の黒い翼を具現化して、三メートル上空から言葉と共に殺気を放つ。
 腹減って死にそうなんだよ、俺は。それを横取りする奴はマジで許せない。

 俺の声を聞いて見上げた悪魔族の奴らは、目と口を大きく開いて固まっていた。

「エ……祓魔師エクソシストォォォ!? ウソだよな!?」

「おい! あの黒い翼……殲滅せんめつ祓魔師エクソシストじゃないか!? ひぃぃぃっ! 俺らじゃムリだ! 逃げるぞ!!」

「………………………………」

 今なんて? 何その『殲滅せんめつ祓魔師エクソシスト』って恥ずかしい呼び方!! 悪魔族でそんな呼び方されてたの!?
 くっ、意外と地味にダメージ喰らう……ダメだ、聞かなかったことにしよう!

 気を取りなおして、邪魔する者もいなくなったので、熊の解体にとりかかる。
 力技で関節を外して、四肢を引きちぎってかぶりつく。

「~~~~っっ!! うま————!!」

 空腹こそが最高のスパイス——わかる! わかるよ!! ただ焼いただけの魔物の肉が、こんなにうまいなんて!! 口の中で広がる肉汁がたまらんっっ!!

 ワイルドな食べ方だけど、腹いっぱいにはできそうだ……けど、だんだんと食べにくくなるな。小型でいいからナイフとか欲しい。
 あれ? あの剣……さっきの長身の悪魔族の落としものか? 慌てて逃げていったもんなぁ……いや、そんな恐ろしい存在じゃないんだけど、俺。

 手に取ってみると、それは遥か昔、火の国で作られていた刀と呼ばれる武器だった。骨董品に近いが、武器を持っていない俺には大変ありがたい代物だ。大切に使わせてもらおう。

 さっそく残りの肉をさばいて、食べやすいように加工する。大方の処理を終えて、さっきから感じていた小さな気配に視線を向けた。

「おい、隠れてないで出てこいよ。肉分けてやる」

 途端に空間がゆがんで、幼い悪魔族たちが姿をあらわした。手前にいるのが一番年長なのか、守るように立っている。それでも十歳くらいだ。後ろにはさらに幼い悪魔族の子供が四人いる。身を寄せあいながら、こちらをうかがっていた。

 ふと、幼い頃の記憶がよみがえる。双子の弟と肩を寄せあい、貧しい生活のなか支えあっていた。二人でいたから、あの状況でも乗り越えられたんだ。その時の経験から、たくさん金を稼ぐことが、俺にとって大事なことになったんだ。

「何もしないから安心しろよ。残った肉は置いてくから、好きにしていいぞ。とにかく腹一杯食えよ」

 みんなポカンとした顔で俺を見上げている。
 そんなに変なことをやらかしたか? それよりも、こんなちびっ子が腹すかしてるのは忍びないもんな。
 もうひとつ気配があるようだけど、姿を現さないな。ずいぶん警戒心が強いのか? まぁ、放置でいいか。後で一緒に食うんだろう。

「あ、そうだ。さっきの隠れる術で、この肉も隠しとけ。他の奴らに取られちまうからな。できるか?」

 コクコクと年長の少年がうなずいた。ふっと頬がゆるみ、笑顔で頭をポンポンしてやったら、驚いた顔で口をパクパクさせていた。
 黒い翼を広げて飛び立とうとした時、

「あ……ありがと……」

 と小さな声が聞こえてきた。「じゃぁな」とだけ返してそのまま次の獲物へと向かった。



 あれから十日たった。
 襲いかかってくる悪魔族は全力で瞬殺し、逃げる者はそのまま放置していた。いい加減、俺の噂がひろがったらしく、ここ三日は絡まれていない。いい感じに快適だ。

 うん、正しくは快適だった————だな。

 目の前に仁王立ちで立ち塞がる悪魔族がいる。
 腰まであるゆるくウェーブがかかった銀髪をなびかせ、夕日のような瞳の色は鮮やかだ。細い手足はすらりと伸びて、身体にフィットした黒いミニワンピースが、白い肌を際立たせている。見た目は一八歳くらいで、まさしく人外レベルの美女だ。

 しかも上位悪魔の証であるコウモリのような翼も生えている。
 ちびっ子の悪魔族たちに会ってから、ずっと俺の後をついてくる気配は、コイツだったのだ。


「ちょっと! 殲滅せんめつ祓魔師エクソシストってアンタね! よくも私の縄張りで暴れてくれたわね……許さないから!!」


 え、悪魔族って縄張りあったの!? そんなの初めて聞いたから!! ……俺、このまま生きのびるだけで、悪魔族のボスから狙われることになるのか……?

 うわぁ、めちゃくちゃ面倒くさいじゃん……と言いたいのをグッとこらえるので精一杯だった。
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