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ヴェルメリオ編
11、破滅へのカウントダウン(3)
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「アリシア様、今よろしいでしょうか?」
「シュナイクさん、何ですか? 今忙しいんですけど」
シュナイクはこの日、魔術部隊である二番隊の隊長を務めるアリシア・ヴェルデの執務室に訪れていた。総帥の腹心の一人から、毒を受けた傷の回復状況を聞き出すためだ。
大天使ガブリエルの加護を受けているアリシアは、魔道具に埋もれた執務机から、ちらりと目線だけ向けてくる。薄茶色の長い髪はいつもひとつにまとめられていて、若草色の瞳は冷たい光を湛えていた。
今も冷めた視線をシュナイクに向けている。
(いつきても居心地が悪いな、この部屋は。一八になったばかりの小娘では、管理もできんのか。まったく……ふむ、大胆な人事異動も考慮すべきだろうか)
魔道具があちらこちらに散らかっている。うっかり触ると魔術が発動してしまうことがあるので、触れないように注意を払いながらアリシアの目の前までやってきた。
穏やかな笑みを貼りつけたシュナイクは、アリシアが必ず耳をかたむける話題を振る。
「失礼しました。総帥の事でお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……何ですか?」
アリシアが総帥に熱烈な想いを寄せているのは、アルブスでは周知の事実だった。普段は冷徹なのに総帥にだけは、表情ゆたかに満面の笑顔をむけるのだ。わかりやす過ぎる。
総帥の華麗な勇姿を特等席でみるために、一番隊のうしろに陣をかまえる、二番隊の隊長まで昇りつめたのは有名な話だった。
「実は私の実家で、解毒によく効く漢方薬が手に入ったので、総帥に差し上げたいのです」
「それなら、すぐにでもお願いします!」
案の定、アリシアはすぐさま食いついてきた。
「ただ……症状によって配合を変える必要があるので、もしご存知でしたら、現在の総帥の状況を教えてもらえませんか?」
「現在の状況……? それならフィルレス隊長に聞くか、ご自身で確かめたほうが良いのでは?」
「私もそう思ったのですが、恥ずかしながら業務で手一杯で時間が取れないのです。フィルレス隊長も総帥のところにいらっしゃるか治療しているかで、なかなかお会いできなくて……」
できればフィルレスとは話をしたくない。あの生意気なガキは、私が総帥になったらすぐに辞めさせるのだ、もう機嫌を取るつもりもない。
「そうか……そうですね、では私でわかる範囲なら」
「それは助かります! それでは、総帥は起き上がれるようになりましたか?」
途端にアリシアの顔がくもる。本当に総帥のこととなると表情豊かだ。先程までの冷ややかな視線はもうない。
どうやら余程毒の効き目が強かったらしいな。このまま引退も考えられるのではないか? これは私がアルブスの総帥になる日が、近いかもしれない。ククク……これから忙しくなるぞ。
「総帥は短時間でしたら、起き上がれるようになったらしいです。最近は私もお見舞いに行けてなくて、又聞きですが」
「そうですか……あまり芳しくないですね。他には何かありますか?」
「あとは……顔色は悪いままで、毒の後遺症なのか痛みが断続的に続いて、あまり眠れていないようです」
「そんな状況だったのですね。何ということだ……では、よく眠れるように眠剤も追加したほうがいいか……」
「あ、それなら————」
***
満足ゆくまで総帥の情報を聞き出したシュナイクは、執務室に戻り今後の計画を練り直していた。
ここ五日ほどは悪魔族の襲撃もなく、大方の事務処理も終わっている。
このまま引退となると、おそらく次の総帥は現在代理を務めている私かアリシアだろう。アリシアに関してはノエルの情報を流して、アルブスを辞めて後を追うように仕向ければ解決できそうだな。
フィルレスはノエルの回復に役に立たなかったと退けさせよう。代わりの隊長を立てなければならないな、適任者は副隊長のジュリア・アイシクルか。だが、あの女も態度が悪いからな、いっそまったく別の隊員を選ぶか……。
コンコンコンとノックの音に思考を中断される。誰かと思えば、ニコラスが扉の向こうから声をかけてきた。
「シュナイク様、ご報告があります。よろしいですか?」
「入れ。報告とは何だ?」
悪魔族の襲撃がなければ、祓魔師たちにとっては束の間の休息となる。特別な報告などほとんどないはずだった。だが、ニコラスの顔色はあまり良くない。何故かタイタラスとバーンズも一緒に入ってきた。
何故、タイタラスとバーンズも一緒なのだ? 私の計画に関する報告なのだろうか?
「シュナイク様、現時点で一番隊で動けるのは四割ほどです。次に襲撃が来たら、もう凌げません」
ニコラスが告げた報告をシュナイクは理解できなかった。
一番隊が可動できるのが四割だと……? ニコラスは何を言ってるのだ?
「そんな……馬鹿なことがあるか! レオン一人抜けたところで、そこまで戦力が落ちるわけないであろう! 三番隊はきちんと治療をしているのか!?」
「はい、三番隊はフィルレス隊長を筆頭に、フル稼働で治療されています。治療を受けた者も、傷によってはすぐに復帰は難しくーー」
そこからシュナイクの耳にはニコラスの声は届いていなかった。
確かに特攻部隊の一番隊が、負傷者は出やすいものだ。だが、だからといって動けないほどの重症者が六割もいるのか!?
悪魔族との戦いは苦戦していたが……今までの戦果を考えれば、もっとやれるはずだ。誰かが手を抜くから、しわよせが来ているのだ!
「タイタラスとバーンズは動けるな? 次が来たらお前たちで前線を食い止めろ」
「はぁ!? 俺たち二人でだと!? そんな無茶なことばっかり言うな!!」
「お前こそいつも後ろにいないで出てくればいいだろう!? 副隊長様なんだから戦えばいいじゃないか!!」
「お前らはバカなのか? 指揮官が前線に出てどうするのだ。そもそも、レオンがいた時は問題なかったでは……」
シュナイクは自分の口から出た言葉で、ある事実に気づいてしまった。
何故、自分たちはこんなにも悪魔族との戦いで苦戦しているのか。
何故、こんなにも負傷者が出て一番隊の危機に陥っているのか。
そうだ、レオン。レオンだ。アイツがいた時は総帥がいなくても問題なく祓えていたではないか。
本当に、本当に一騎当千だったというのか? 今までたったひとりで? 私が入隊する前から……それなら少なくとも、五年前からになるではないか!
その間、レオンが大きな怪我をしたことなどなかった。つまり、毎回なんの問題もなく、ひとりで祓えていたのだ。
まさか、嘘だ! まさか……そんな……!!
「おい! シュナイクこそちゃんと指揮を取れよ! お前が指揮を取るようになってから、苦戦ばっかりじゃねぇか!」
「せっかく、邪魔者を追い出すのに協力したってのに……美味い汁吸うどころじゃねぇよ。話が違うだろ!」
タイタラスとバーンズがシュナイクに不満をぶつけるも、今まで気がつかなかった事実にシュナイクは呆然とするばかりだった。
これから、どうやって立て直せば良いのだ……?
シュナイクの側にいるのは、困窮状態にオロオロするばかりの補佐官ニコラスと、戦闘時の指揮に不満をもつタイタラス、恩恵を受けられず話がちがうと怒るバーンズだけだった。
ーーーーカウントダウン、2
「シュナイクさん、何ですか? 今忙しいんですけど」
シュナイクはこの日、魔術部隊である二番隊の隊長を務めるアリシア・ヴェルデの執務室に訪れていた。総帥の腹心の一人から、毒を受けた傷の回復状況を聞き出すためだ。
大天使ガブリエルの加護を受けているアリシアは、魔道具に埋もれた執務机から、ちらりと目線だけ向けてくる。薄茶色の長い髪はいつもひとつにまとめられていて、若草色の瞳は冷たい光を湛えていた。
今も冷めた視線をシュナイクに向けている。
(いつきても居心地が悪いな、この部屋は。一八になったばかりの小娘では、管理もできんのか。まったく……ふむ、大胆な人事異動も考慮すべきだろうか)
魔道具があちらこちらに散らかっている。うっかり触ると魔術が発動してしまうことがあるので、触れないように注意を払いながらアリシアの目の前までやってきた。
穏やかな笑みを貼りつけたシュナイクは、アリシアが必ず耳をかたむける話題を振る。
「失礼しました。総帥の事でお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……何ですか?」
アリシアが総帥に熱烈な想いを寄せているのは、アルブスでは周知の事実だった。普段は冷徹なのに総帥にだけは、表情ゆたかに満面の笑顔をむけるのだ。わかりやす過ぎる。
総帥の華麗な勇姿を特等席でみるために、一番隊のうしろに陣をかまえる、二番隊の隊長まで昇りつめたのは有名な話だった。
「実は私の実家で、解毒によく効く漢方薬が手に入ったので、総帥に差し上げたいのです」
「それなら、すぐにでもお願いします!」
案の定、アリシアはすぐさま食いついてきた。
「ただ……症状によって配合を変える必要があるので、もしご存知でしたら、現在の総帥の状況を教えてもらえませんか?」
「現在の状況……? それならフィルレス隊長に聞くか、ご自身で確かめたほうが良いのでは?」
「私もそう思ったのですが、恥ずかしながら業務で手一杯で時間が取れないのです。フィルレス隊長も総帥のところにいらっしゃるか治療しているかで、なかなかお会いできなくて……」
できればフィルレスとは話をしたくない。あの生意気なガキは、私が総帥になったらすぐに辞めさせるのだ、もう機嫌を取るつもりもない。
「そうか……そうですね、では私でわかる範囲なら」
「それは助かります! それでは、総帥は起き上がれるようになりましたか?」
途端にアリシアの顔がくもる。本当に総帥のこととなると表情豊かだ。先程までの冷ややかな視線はもうない。
どうやら余程毒の効き目が強かったらしいな。このまま引退も考えられるのではないか? これは私がアルブスの総帥になる日が、近いかもしれない。ククク……これから忙しくなるぞ。
「総帥は短時間でしたら、起き上がれるようになったらしいです。最近は私もお見舞いに行けてなくて、又聞きですが」
「そうですか……あまり芳しくないですね。他には何かありますか?」
「あとは……顔色は悪いままで、毒の後遺症なのか痛みが断続的に続いて、あまり眠れていないようです」
「そんな状況だったのですね。何ということだ……では、よく眠れるように眠剤も追加したほうがいいか……」
「あ、それなら————」
***
満足ゆくまで総帥の情報を聞き出したシュナイクは、執務室に戻り今後の計画を練り直していた。
ここ五日ほどは悪魔族の襲撃もなく、大方の事務処理も終わっている。
このまま引退となると、おそらく次の総帥は現在代理を務めている私かアリシアだろう。アリシアに関してはノエルの情報を流して、アルブスを辞めて後を追うように仕向ければ解決できそうだな。
フィルレスはノエルの回復に役に立たなかったと退けさせよう。代わりの隊長を立てなければならないな、適任者は副隊長のジュリア・アイシクルか。だが、あの女も態度が悪いからな、いっそまったく別の隊員を選ぶか……。
コンコンコンとノックの音に思考を中断される。誰かと思えば、ニコラスが扉の向こうから声をかけてきた。
「シュナイク様、ご報告があります。よろしいですか?」
「入れ。報告とは何だ?」
悪魔族の襲撃がなければ、祓魔師たちにとっては束の間の休息となる。特別な報告などほとんどないはずだった。だが、ニコラスの顔色はあまり良くない。何故かタイタラスとバーンズも一緒に入ってきた。
何故、タイタラスとバーンズも一緒なのだ? 私の計画に関する報告なのだろうか?
「シュナイク様、現時点で一番隊で動けるのは四割ほどです。次に襲撃が来たら、もう凌げません」
ニコラスが告げた報告をシュナイクは理解できなかった。
一番隊が可動できるのが四割だと……? ニコラスは何を言ってるのだ?
「そんな……馬鹿なことがあるか! レオン一人抜けたところで、そこまで戦力が落ちるわけないであろう! 三番隊はきちんと治療をしているのか!?」
「はい、三番隊はフィルレス隊長を筆頭に、フル稼働で治療されています。治療を受けた者も、傷によってはすぐに復帰は難しくーー」
そこからシュナイクの耳にはニコラスの声は届いていなかった。
確かに特攻部隊の一番隊が、負傷者は出やすいものだ。だが、だからといって動けないほどの重症者が六割もいるのか!?
悪魔族との戦いは苦戦していたが……今までの戦果を考えれば、もっとやれるはずだ。誰かが手を抜くから、しわよせが来ているのだ!
「タイタラスとバーンズは動けるな? 次が来たらお前たちで前線を食い止めろ」
「はぁ!? 俺たち二人でだと!? そんな無茶なことばっかり言うな!!」
「お前こそいつも後ろにいないで出てくればいいだろう!? 副隊長様なんだから戦えばいいじゃないか!!」
「お前らはバカなのか? 指揮官が前線に出てどうするのだ。そもそも、レオンがいた時は問題なかったでは……」
シュナイクは自分の口から出た言葉で、ある事実に気づいてしまった。
何故、自分たちはこんなにも悪魔族との戦いで苦戦しているのか。
何故、こんなにも負傷者が出て一番隊の危機に陥っているのか。
そうだ、レオン。レオンだ。アイツがいた時は総帥がいなくても問題なく祓えていたではないか。
本当に、本当に一騎当千だったというのか? 今までたったひとりで? 私が入隊する前から……それなら少なくとも、五年前からになるではないか!
その間、レオンが大きな怪我をしたことなどなかった。つまり、毎回なんの問題もなく、ひとりで祓えていたのだ。
まさか、嘘だ! まさか……そんな……!!
「おい! シュナイクこそちゃんと指揮を取れよ! お前が指揮を取るようになってから、苦戦ばっかりじゃねぇか!」
「せっかく、邪魔者を追い出すのに協力したってのに……美味い汁吸うどころじゃねぇよ。話が違うだろ!」
タイタラスとバーンズがシュナイクに不満をぶつけるも、今まで気がつかなかった事実にシュナイクは呆然とするばかりだった。
これから、どうやって立て直せば良いのだ……?
シュナイクの側にいるのは、困窮状態にオロオロするばかりの補佐官ニコラスと、戦闘時の指揮に不満をもつタイタラス、恩恵を受けられず話がちがうと怒るバーンズだけだった。
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